神戸を代表するフランス料理の名店が東京へ移転

2020年8月、港区麻布台にオープンした、わずか8席の小さな店が注目を集めている。それもそのはず、オーナーシェフの山口義照さんは言わずと知れた名店「コート・ドール」で修業を積んだ人物で、1999年に神戸で自身の店「レストラン パトゥ(Patous)」を開き、神戸を代表するフランス料理店としての地位を確かなものにしていた。ところが開店から20年という節目の年に神戸の店を閉め、この度、東京へ移転してきたのだ。

ベテランシェフが心機一転、わずか8席の小さな店でゲストをもてなす

飯倉片町の交差点から徒歩3分の場所に佇む「レストラン パトゥ(Patous)」。

「レストラン パトゥ(Patous)」は、六本木一丁目駅、麻布十番駅からそれぞれ徒歩8分。六本木駅、神谷町駅から徒歩10分の立地にある。まるで都会のエアポケットのような静かな一角だ。

客席との間に壁を設けない、アイランド型のキッチンを採用。

扉を開けて目に飛び込んでくるのは、大胆に配されたオープンキッチン。木目をいかした暖かな配色で、客席とキッチンとを隔てるものは何もない。神戸の店は全18席の広さだったが、こちらは全8席。ゲストとの距離は非常に近くなった。

「親しい友人の自宅で行われる食事会に招かれたような、そんな空間をつくりたかったのです」とオーナーシェフの山口さんは話す。

白を基調とした清潔感のある客席。店名の“パトゥ”は、純白の大型犬「グレート・ピレニーズ」の愛称。

キッチンの真向かいにある客席は白で統一されており、大きな窓から射し込んでくる日の光も心地よい。手入れの行き届いた空間に身を置くと自然と背筋が伸びてくる。どんな料理が楽しめるのか、いやが上にも期待が高まる。

今回は、土日のみいただけるランチコース6,000円をご紹介。アミューズ、オードブル、スープ、魚料理、肉料理、デザートの6品で、はじめて店を訪れる人も気軽に楽しめて満足できる内容になっている。この中から、料理の一例を紹介していこう。

シンプルでありながら、香りのアクセントを巧みに使った品々

ランチコース6,000円からオードブル「タブレ」。クスクスを使ったサラダに、北海道産のホタテ、石川産の甘えび、長崎産のケンサキイカをのせている。

この日のオードブルは「タブレ」。クスクスと刻んだ野菜を混ぜ合わせたサラダで、丹波篠山産のミントやパクチーなどを使った爽やかな香りが特徴。さらにトマト(シシリアンルージュ)、アボカド、ホタテ、甘えび、ケンサキイカをのせて、多彩なひと皿に仕上げている。フレンチドレッシングの酸味と、新鮮な魚介のマッチングがすばらしい。

普通に食べていると気づかないかもしれないが、ホタテと甘えびは軽く炙り、ケンサキイカは少しだけ炒めることで、甘みを引き出し食感を高めている。このさり気ないひと手間に、山口さんの料理への姿勢が表れている。

「バターナッツのスープ レモングラスの香りをつけて」。丹波篠山で収穫されたバターナッツを使用。

次に供されたのは「バターナッツのスープ レモングラスの香りをつけて」。バターナッツとは、ひょうたん形のかぼちゃのことで、その名の通りナッツのような風味を持っている。スープの中央にのせられているのは、レモングラスで香りをつけて泡状にした牛乳だ。

バターナッツの自然な甘さとレモングラスのフレッシュな香りが組み合わさり、「濃厚でありながら軽やか」という絶妙な味わいを実現させている。

「牛乳にはレモングラスのほか、ベルガモットとラベンダーを加えています。味としては感じないほどのごく少量ですが、これを加えることでレモングラスに含まれるイネのような独特な香りを中和させ、爽やかさを際立たせることができます」と山口さん。

巧みな火入れこそが、山口シェフの真骨頂

火入れの巧みさが光る「寒ザワラのポワレ ウイキョウソース」。明石産のサワラを使用している。

山口シェフの火入れの巧みさは、「コート・ドール」を思わせるものがある。この日の魚料理は「寒ザワラのポワレ ウイキョウソース」。低温で火入れした寒ザワラの皮目に少しだけ小麦粉をふり、さらにフライパンでじっくり焼き上げる。皮目はパリッとしていて、身は驚くほどふっくら。上品かつ奥深い寒ザワラの風味を、ダイレクトに感じられる一品だ。

合わせているのは、ウイキョウの根のピューレと、葉の部分でつくったソースで、アニゼット(ハーブやスパイスを使ったリキュール)で香りづけしたもの。かすかなほろ苦さが、魚のうまみをより引き立てている。

主張しすぎず、料理に寄り添うワインをセレクト

グラスワイン1,000円~。ボトルワイン6,000円~。

ワインはフランスをメインに、「主張しすぎず、料理に寄り添うこと」を基準に選んでいるそう。リストは用意せずに、ゲストの好みや予算に合わせて提案していくスタイルだ。ちなみに、ワインのセレクトとサービスを担当する山口ゆかりさんはシェフの奥さま。ゲストとの距離が近すぎない、丁寧な接客が評判だ。

写真は左からシャンタル・レスキュール「Côte de Beaune La Grande Châtelaine 2018」、ジャン・マルク・ボワイヨ氏による「Puligny Montrachet Premier Cru – Les Referts 2015」、レ・アフィラント「Côtes du Rhône Villages Les Cros 2016」、フランソワ・ゲ・エ・フィス「Chorey Les Beaune」。大人を満足させる銘柄がそろっている。

上質な食材を最高の状態で提供するために……

オーナーシェフの山口義照さん。生粋の職人で、人柄はおだやか。

山口さんは「コート・ドール」で修業をした後にフランスへ渡っている。4年の滞在で三ツ星「マルク ヴェイラ」をはじめとする4つの店で働き研鑽を積んできた。修業を通し学んだのは「素材を見極める力」だったと語る。

さらに、「コート・ドール」を辞めてフランスへ行くまでの間はフランス食材の輸入会社でアルバイトをし、帰国してから「レストラン パトゥ」をオープンするまでの1年間は神戸市中央卸売市場で勤務した。目利きや、食材の扱い方を習得するのはもちろんだが、質のよい食材を手に入れるためのコネクションづくりという意味も大きかった。

真っ白な皿に、美しく盛られた料理。土日のみ供されるランチコースは6,000円~10,000円、シェフのおまかせコースは15,000円~25,000円。

山口さんがつくり出すのは、食材の味をシンプルに感じられる料理である。だからこそ、素材の質に心を砕く。その上で、つくり置きはせず、それぞれの食材が最もおいしくなる瞬間を見極めてゲストへ提供するのだ。

「複雑なものではなく、シンプルにおいしい料理をつくりたいと思っています。大切にしているのは香りと酸味です。香りは人に強い印象を与えますし、ほどよい酸味は食欲をそそります。ふとした時に、“またあの料理が食べたいな”と思いだしてもらえるような、記憶に残る料理を目指しています」

「ただ、おいしいものを食べてもらいたい」

店を訪れるのは近隣の住人が多いが、なかには神戸から新幹線に乗ってやって来るファンもいる。

レストランとしての質の高いサービスを行っているのは当然ながら、同店には知人の食事会に招かれたときのような、心地よい空気が流れている。日常にも、記念日にも訪れたくなる特別な場所である。今回は手軽に楽しめる土日のみのランチコースを紹介したが、平日の夜に供される「シェフのおまかせコース」もシンプルながらも丁寧につくられた逸品を存分に堪能できる。

最後に読者へのメッセージを求めると、山口さんからこんな答えが返ってきた。「僕の料理はインスタ映えするものではないので、そういった期待はしないでいただけるとありがたい(笑)。ただ、おいしいものを食べにきていただきたいのです」

まさに質実剛健。派手さはなくとも、素材には一切の妥協をせず美味を追求する。山口さんの柔和な眼差しの奥に、料理人としての矜持が見えた。

※価格はすべて税抜

※時節柄、営業時間やメニュー等の内容に変更が生じる可能性があるためお店のSNSやホームページ等で事前にご確認をお願いします。

※外出される際は、感染症対策の実施と⼈混みの多い場所は避けるなど、十分にご留意ください。

※本記事は取材日(2020年11月6日)時点の情報をもとに作成しています。

取材・文:梶野佐智子(grooo)
撮影:大鶴倫宣