フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、東京・白金高輪「やきとり 陽火」。オープン半年未満ながら、食通たちの間で話題というその焼き鳥店の魅力に迫る。
【森脇慶子のココに注目 第30回】「やきとり 陽火」
「陽火」と書いて“はるか”と読む。ちょっぴりポエジーなネーミングのこの店は、あの「鳥しき」の流れを汲む目黒の名店「やきとり阿部」の姉妹店。今年7月のオープンからまだ半年も経っていないにもかかわらず、早くも焼き鳥通らの注目の的となっている。
同店を任されたのは「やきとり阿部」の立ち上げから4年間研鑽を積んだ北出晃浩さん。30歳の若さながら、和食店での経験やソムリエの資格を持つ利け者だ。もともと職人に憧れていたそうで、19歳のとき、串焼き店でのアルバイトがきっかけで飲食の世界に入った北出さん。それからは様々な店での経験を経て現在があるそうで、お客様に喜んでいただくことが一番の喜びと語る。
サービスの道に進むのも考えたというだけに、ホスピタリティもバツグン。寿司屋だった以前の趣を残した店内は、どこか和食店を思わせる清廉とした趣が漂う。
コースは、本店同様ストップをかけるまで次々に焼き鳥が出てくるお任せコースのみ。野菜串も含めれば常時30本あまりを用意している。最初にその日の突き出しと胡瓜の浅漬が出て、いよいよコースの始まりである。
鶏は、クセがなくそれでいて滋味豊かな福島の伊達鶏。口切りは、北出さん自身が一番好きな部位のセセリ。曰く「肉と脂のバランスがいい。よく動かす首の肉なので適度に歯応えもある。(コースの)一本目に出す串なので肉を食べた!という実感を味わってもらうのにも適した部位だと思います」とのこと。
しっとりしつつも程よい食感のふりそで(手羽元と胸肉の間の部分)が出た後は、銀杏等の旬野菜や中がまだ半熟のうずらの玉子で箸休め。その後、ハツ、レバー、ボンジリ、かしわなど脂のあるもの、さっぱりしたもの、歯応えのあるもの、タレ味、塩味等々が緩急自在に焼かれては皿に置かれていく。口直しには大根おろしならぬガリというのもユニークだ。
いずれの串も、一串のボリュームがしっかりとあり、焼きたてをすかさず頬張れば、肉を噛みしめる快感の中、肉汁が口中に溢れ出る。北出さんによれば「鳥しき系(の焼き方)は、強火の直火、備長炭のすぐ上で焼いていくような感じなので熱の入り方が早い。ですから、肉のカットが小さいとすぐに火が入ってしまい、パサつくんです」とのこと。
串打ちひとつにしても、肉の繊維の方向を考えて打つだけではなく、焼き台に合わせた打ち方まで考慮して仕込んでいるそうで「焼き台の手前と奥では火の当たり加減が違う。だから、一本の串の中でも上下で肉の大きさを微妙に変えているんです」とも。
本店から譲り受けた甘さ控えめのタレも旨いが、ここでは塩味の串が中心。その塩も、塩味の柔らかな宮城の塩と強めの九州の塩をブレンドする気の配りよう。更には、内臓系には臭みが気にならぬよう酒を、ボンジリのような脂のある部位なら芳ばしさを出すため醤油を軽く刷毛で一塗りなどなど、きめ細かな心配りが一串一串の感動を呼び起こしている。
一串は約250〜500円。人によるが、平均して10本前後が大体の相場だそうだ。さて、焼き鳥を堪能したなら締めの食事も見逃せない。親子丼、そぼろ丼、卵かけご飯に焼きおにぎり、そして煮麺(にゅうめん)と充実の内容だが、個人的な一押しは“煮麺”。この、だしが素晴らしい。
聞けば鶏ガラ3羽分と手羽元などを約5〜6時間かけて煮込んだ白湯と、カツオと昆布のだしを半々で割っているそうで、旨味のバランスが見事。ともすれば鼻につきやすい鶏臭さは皆無。まろやかな白湯のコクに滋味豊かなカツオと昆布のだしが合わさることでより深みのある味わいが生まれ、極細の素麺に品良く絡む。
ソムリエの資格を持つ北出さんだけにワインも充実。好みと予算を言ってお任せするのが賢明だろう。グラスワインは、800円〜1,500円。赤白各2種類が揃っている。