肉や魚、さらに卵、乳製品、はちみつも口にしない「ヴィーガン(完全菜食主義者)」。なんとなく知っているけどストイックそうだし、自分とは関係ないと思っている方も多いのでは? しかし、日本でもヴィーガン料理を提供するお店が増えてきたことで、「日本の外食産業における新時代が到来している」と語るのは、タベアルキストのマッキー牧元さん。
そこで食べログマガジンでは、どんどん身近になってきたヴィーガンについて、マッキーさんと一緒においしく学ぶ連載「ゆるやかなヴィーガン食の始め方」をスタート。ヴィーガンはもう他人事ではなくなってきたのだ!
〈ゆるやかなヴィーガン食の始め方〉
NYでのヴィーガンとの出会い
ヴィーガン料理に興味を持ったきっかけは、ニューヨークだった。去年の5月に行き、そこで初めて魅力に気づかされたのである。
ヴィーガン料理の時代が来ることは、数年前から言われていた。しかし日本にいては実感がない。ベジタリアンや更に厳しいヴィーガンはごく一部のレストランの話で、料理もどちらかというと味が乏しいイメージを勝手に抱いていた。また欧米と異なり、ビジネス的にも日本でのヴィーガンレストランは難しい。
ニューヨークで訪れたのは、ミシュラン三つ星の「Jean-Georges」が展開している「abcV」というレストランだった。客席の雰囲気が素晴らしい。100席はある店内は満席で、皆が大声で喋り、笑い、楽しそうにお酒を飲み、料理を食べて、おいしい喧騒に包まれていた。勝手にイメージしていた、陰気臭く静かなイメージは微塵もない。
おそらくほとんどのお客さんは、ヴィーガンではないだろう。「今週は肉を食べたから、週末はヴィーガン料理を楽しもう」という雰囲気があって、ヴィーガンレストランに来ている自分たちがイカしているといった気分に満ちているのだった。こういう人たちをアメリカでは、“フレキシタリアン”と呼ぶのだという。
さらに料理に驚いた。本場のヴィーガンは、おしゃれでPOPでないと、流行らない。一皿の量がしっかりとあり、代用品ではないおいしさがないと、ウケない。主となる野菜に敬意を表し、その野菜以上の仕事はせずに、野菜や豆の味を輝かす。どの皿にもそんな魅力に満ちていた。
ベルーガキャビアに見立てたレンズ豆のサラダ、レタスのカップにアボカドなどがのせられ、タコスのように包んで食べる料理。丸ごとじっくりローストされ、様々な薬味が散らされたカリフラワーなど、おなじみの野菜が緻密な計算で調理され、違う魅力を輝かす。さすがヴィーガン先進国は違うと痛感させられたのである。
日本にも変化の兆し
多分料理だけなら、日本でも実現できるだろう。しかし商売も兼ねるとなると、客側にヴィーガンに対する認識が低い日本では、しばらく時間がかかるのでないかと思われた。ところが最近、ヴィーガンコースを提供するレストランが増え始めてきたではないか。
明らかに日本の外食産業における新時代の到来である。ヴィーガンの客だけでなく、普段肉食をしている我々も、ヴィーガン料理のおいしさを発見し、ファンとなる時代がやってきたと言えよう。
おいしさだけではない。以前「コロナで飲食店はどう変わるか。我々客はどう変わらなくてはいけないか〜本質の時代へ向けて〜」という記事に書いたが、我々はコロナ禍に遭遇して価値観が変わりつつある。レストランに行くことが、おいしいものを食べにいくだけではなく、“社会にとっていいことをする”という意味を見いだす場所であるという認識は、広まっていくはずである。そういう意味でもヴィーガン料理の意義は深い。
Vol.1「Salam(サラーム)」|東京・広尾
本コラムでは、我々に新たなおいしさと価値観に出会わせてくれる、ヴィーガン料理とレストランを紹介していこうと思う。第1回は、広尾に新しくできた「EAT PLAY WORKS」をコンセプトにデザインされた複合施設に開店した「Salam(サラーム)」にしたい。
最初にここを選んだ理由は2つある。第一に、総料理長の米澤文雄シェフである。米澤シェフはJean-Georgesにてニューヨークではスーシェフを、東京ではシェフを務め、最新ヴィーガン料理の要素と哲学を理解している。シェフを務める青山一丁目のニューヨークスタイルレストラン「The Burn」でもヴィーガンコースを出し、出版したレシピ本「ヴィーガン・レシピ」は大いに売れている。
第二に、中近東の料理を出していることである。日本では中近東料理はメジャーではないが、欧米ではカフェでも中近東料理が置かれている。またスーパーでは、当たり前のように数種のフレーバーのフムスが売られている。肉も食べるが、豆食主体、様々なスパイスを駆使したヘルシーな中近東料理は、間違いなく今後の世界のトレンドである。
ヴィーガンと中近東料理、最強の2つを併せ持ったサラームは、東京の外食市場の中で、最先端の刺激を得られるレストランなのである。それでは、その料理をご紹介しよう。
ヴィーガン×中近東料理の刺激的なメニュー
「トウモロコシの冷たいスープ ピスタチオと豆乳ヨーグルト」。一口でトウモロコシの優しい甘みが舌に広がり、後から豆乳ヨーグルトの柔らかな酸味とローストしたカシューナッツの香ばしさが追いかける。
もう一口飲むと、甘みの後から酸味が現れた。ゆかりのような酸味は、中東一帯に自生するウルシ科の植物の実を乾燥させ、粉状にしたスパイス“スマック”である。この甘味の後の酸味が、食欲をグッと掻き立てるのだ。
「キヌアのタブレ、トマトと胡瓜と茗荷、スイカ 紫蘇」。クスクスとキヌアのサラダである。夏を運ぶきゅうりやスイカの香り、トマトの甘酸味など、様々な風味や食感が入り組んで実に楽しい。
「マッシュルームのクベ、ヴィーガンアリッサマヨネーズ」。クベとはコロッケのような料理で、サクッと香ばしい衣が弾けると、ボロネーズソースのように感じる濃縮したマッシュルームの旨味が現れて、思わず顔がほころぶ。まろやかにからむ豆乳による、辛いマヨネーズソースもいい。
「カリフラワーのロースト、アボカド オレンジとティロカフェテリ」。ローストされて甘みを増したカリフラワーがなんとも素晴らしい。そこへ辛味を加えたフェタチーズの旨味、アボカドのコク、オレンジ香などが、精妙に絡み合う。
「枝豆のファラエル、ビーツフムスとブラックタヒニ」。枝豆団子に、ビーツ風味のフムス(豆のペースト)とパンである。団子の優しい甘みとフムスの素朴な甘みを合わせた、しみじみとしたおいしさが広がる。
「茄子、ズッキーニとハーブ豆乳ヨーグルト、ローストアーモンドハラスパイス」。黒コショウ、コリアンダー、 パプリカ 、 カルダモン 、ナツメグ、 クミン 、 クローブ、シナモンなどが入ったミックススパイスを使用していて、揚げたナスの甘みに複雑な香りがからむ。今まで知っていたナスの味でありながら、異国の香りが胸をときめかせる不思議な魅力を持つ料理である。
「ケールとフェタのスピナコピタ」。本来はほうれん草とチーズをパイ包みにしたギリシャ料理だが、こちらはパリッとパイ生地が砕けると、ケールのほろ苦さとフェタの優しい甘みが抱き合う。
「コシャリ、ベースのスパイスオクラとフライドオニオン スパイストマトソース」。エジプトの国民食的なご飯料理。バスマティライスにレンズ豆やひよこ豆など、複数の素材が醸し出すバランスが楽しく、スプーンを持つ手が止まらなくなる。スパイスを利かせたトマトソースもたまらない。
こうした料理に、青唐辛子のホットソースや、青唐辛子・ハラペーニョ・香菜などを使った自家製調味料のズーグを頼んで、つけて食べると、さらにコーフン度が増すのでおすすめである。
デザートは、「ピーチのコンポート」を選んだ。ローズウォーターのグラニテやルバーブが添えられる。ねっとりと舌にしなだれるグラニテと桃のコンポートは、色っぽく、エキゾチックな風を運んでくる。
食べてみて感じるのは、単なる中近東料理に終わらずに、様々な味や香り、食感を巧みに混ぜ込んで、主素材の魅力を引き上げる点が見事であること。それはモダン中近東料理とも言える、「サラーム」のすべての料理のおいしさに共通する秘密である。
そして、気がつけばヴィーガンである。これら料理をビオワインと合わせて楽しむ。めくるめくスパイスの香りとワインの出会いも自然で、穏やかでありながら刺激的な、忘れられない時間を過ごすことができよう。
※価格はすべて税抜