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フレンチの名店で腕をふるったシェフが開いた小さなお店
六本木の「コジト(cogito)」や麻布十番の「カラペティ・バトゥバ(QUAND L’APPETIT VA TOUT VA!)」など、フレンチの人気店で腕を振るってきた馬堀直也さんが、赤羽橋の商店街の一角に自身の店を開いた。カウンター10席、4名用のテーブル席ひとつの小さな店だ。シェフの気さくな人柄にふれながら、確かな技術に裏打ちされたフレンチを堪能する贅沢なひとときが待っている。
ゲストを笑顔にするため、“ひとつまみ”に心を砕く
「ユヌ パンセ(UNE PINCEE)」は、赤羽橋駅から徒歩3分、麻布十番駅から徒歩10分の立地にある。アラカルトでの注文が基本で、夜24時まで営業しているので遅い夕食にもぴったり。近隣に住む女性がひとりで訪れ、ワインと軽めの食事を楽しむ姿もよく見かける。店名の“ユヌ パンセ”とは、フランス語で“ひとつまみ”の意味。フランス料理のレシピ本にはよく登場する言葉だ。
「料理はひとつまみの塩で、味がまったく変わってきます。また店も、ひとつまみのエッセンスが加わることで、雰囲気がよくなったり会話がはずんだりすると思うんです」と馬堀さん。気軽に立ち寄れて、誰もが笑顔になれる場所を目指している。
春を感じさせる、彩りにあふれた前菜
アラカルトでの注文が基本で、小さなおつまみ、前菜、メイン、リゾット、デザートから好みの品を選ぶことができる。小さなおつまみの「キャロットラペ」や「オリーブマリネ」は300円、「鴨のスモーク」は500円と、お手頃なメニューが揃っているところがうれしい。前菜、メイン、リゾットは2名分のポーションだが、おひとりさまなら1名分のポーションにして半額で提供してくれる。
この日、前菜から選んだ一品は「鳥取 イナダのマリネ デコポンとグリーンペッパーマスタードのドレッシング」。茹でた菜の花に、マリネしたイナダをのせて、フルール・ド・セル(天日塩)をひとつまみ。さらにカブのマリネをのせてミモレットチーズを振りかけている。
真っ白な皿を彩るように盛られた、グリーンの菜の花、桜色のイナダ、白いカブ、明るいオレンジ色のチーズというコントラストが、春の訪れを感じさせる。
春先のイナダは、味がしっかりしていて脂分は軽やか。デコポンを使った爽やかなドレッシングとよく合う。こちらの品は、すべての食材をひと口でいただくのが正解。菜の花のほろ苦さ、カブのシャキっとしたみずみずしい食感、チーズのコク、イナダのうまみとデコポンの香りが見事に調和する。
桜色に染まった仔羊ローストに、マジョラムの香りを添えて
メインの「ニュージーランド産 仔羊のロースト 軽いスモーク」は、スプリングラムにマジョラムソースを合わせた逸品。スプリングラムとは、春から初夏の栄養価が最も高い時期の牧草を食べて育った生後3ヶ月から5ヶ月までの仔羊のことで、クセがなくやわらかい肉質が特徴。180度のオーブンで3分火を入れたら取り出し、70度に保温して3分ほど休ませる。これを4~5回ほど繰り返し、丁寧にゆっくりと火を入れてレアに仕上げていく。最後に鉄製のフライパンで軽く焼き色をつけて完成。ソースには甘くスパイシーな香りのハーブ・マジョラムを使い、さらにレモンのシロップ煮とキクイモのピュレを添えた。
皿に盛った野菜は、シェフが以前から懇意にしている栃木県の西洋野菜農家「越雲農園」から届いたもので、味が力強く濃い。この日の野菜は、ケールとルタバガの2種。ルタバガとはカブに似たアブラナ科の根菜で、ホクッとした食感とやさしい甘さがおいしい。
甘く爽やかなマジョラムの香りが鼻腔に抜け、やわらかな肉を噛むとミルキーなラムの風味が広がっていく。レモン煮をつけてさっぱりと食したり、キクイモのピュレをつけて土の香りをプラスしたりするのもよい。ちなみにキクイモのピュレは、バターも生クリームも使用していない。自然の味だけで、コクも甘さも十分に感じられる。
最後までいただいても、食べ疲れることのないひと皿だ。
苺の甘い香りにうっとり、愛らしいミルフィーユ
同店を訪れたなら、ぜひ頼みたいのがデザート。特にこの時期の「加藤さんの苺のミルフィーユ アマレットのアイス」のおいしさは格別。キルシュで和えた苺、キャラメルのカスタード、アマレットのアイスクリーム、パイ生地、オレンジのチュイールを重ねて層にしたミルフィーユだ。栃木県の「加藤いちご園」から届く苺は、甘さと酸味のバランスがよく、何より香りのよさが違う。苺の甘い香りは、人々を幸せにしてくれる。「この特別においしい苺を、皆さまに食べていただきたいという思いで作っています」と馬堀さん。
ミルフィーユといえば、食べづらいデザートの代名詞。どうやって皿を汚さずにいただこうか頭を悩ませる人が多いだろう。このように最初から崩して盛りつけてあれば、マナーを気にすることなく、苺、クリーム、パイ生地を一緒にスプーンにのせて食べられる。この気配りが、女性にうれしい。
フランスやロンドンの名店で腕を磨いた、馬堀シェフの実力
シェフの馬堀さんは、フレンチ一筋に料理の道を歩んできた。高校卒業後、自由が丘「プティ・マルシェ」で4年修業をし、銀座「レザンジュ」、広尾「マルシェ・オー・ヴァン・ヤマダ」を経て、29歳でフランスへ渡る。パリ郊外の街・フォンテーヌブローの「レ・プルミス」で1年半、ロンドンの二つ星店「ハイビスカス」で1年半の経験を積んでいる。帰国後に代官山「マダム・トキ(Madame Toki)」で副料理長を3年、六本木「コジト(cogito)」や麻布十番「カラペティ・バトゥバ(QUAND L’APPETIT VA TOUT VA!)」で活躍してきたのはご存じの通り。
今、馬堀シェフが目指すのは、基本に忠実で、奇をてらうことのない料理。フレンチの基礎となるコンソメは、必ず自分の手でひく。準備段階で決して手を抜かないからこそ、おいしい料理が完成する。
料理を引き立てる、ワインの品揃えにも注目
ワインはフランスを中心に、イタリアやアメリカなど幅広く用意。王道の銘柄も自然派ワインもあり「おいしければ、産地や製法は問わずにセレクトしている」そう。
グラスワインもボトルワインもあえてリストは作らずに、ゲストと相談しながら選んでいくスタイルだ。
例えば前菜の「鳥取 イナダのマリネ デコポンとグリーンペッパーマスタードのドレッシング」なら、イナダやチーズに負けないワインを選びたい。この日は、洋ナシやパイナップルなどトロピカルな要素もありながら、うまみがぎゅっと詰まった「Come walk with me and wonder a little 2018」を合わせた。またロゼや軽めの赤ワインなども選択肢のひとつ。
スタッフがワインを何種類か提案してくれるので、好みのものを選ぶとよいだろう。
地元の人々に末永く愛されるお店に……
今、同店には「カラペティ・バトゥバ(QUAND L’APPETIT VA TOUT VA!)」からのファンだけでなく、地元の人々が馬堀さんの料理を目当てに集まりはじめている。
塩の“ひとつまみ”まで手を抜かない丁寧な仕事は、どこに行ってもどんなスタイルでも人々を魅了し続けるだろう。
※価格はすべて税込