〈今夜の自腹飯〉

予算内でおいしいものが食べたい!
インバウンドの増加や食材の高騰で、外食の価格は年々あがっている。一人30,000円以上の寿司やフレンチもどんどん増えているが、毎月行くのは厳しい。デートや仲間の集まりで「おいしいものを食べたいとき」に使える、ハイコスパなお店とは?

食堂感覚で気軽に楽しませる和食店

「おばあちゃんの原宿」とも称される東京の巣鴨地蔵通り商店街は、いまやおばあちゃんのみならず、幅広い世代の人たちで賑わう観光地となっている。そんな大勢の人たちであふれる通りから脇道に入り、さらに少し歩いて路地裏に入ったところにあるのが「食堂 あさぬま」だ。十分注意しないと、うっかり見落としてしまう。そんな分かりにくい場所に同店はある。

 

外観は木の温もりのあるデザインで、入口横の小さな電飾看板に“食堂”と掲げるものの、中を覗くと一般的な食堂のイメージとは少し趣が異なっている。店内は落ち着いた造りで、手前に数席のカウンター席があり、その奥にはテーブル席が。食堂というより、むしろ和食店といった方がぴったり。そう、同店は「料亭の味をリーズナブルに」をコンセプトにしており、純粋な食堂というより「本格和食を食堂感覚でカジュアルに楽しませる店」と解釈した方がしっくりくる。そんな店なのだ。

一見、高そうに見える店構え。“食堂”の文字とのギャップに客も興味津々。

何を頼むか迷ったら「おまかせ四品」がオススメ!

店主の淺沼朋彦さんは様々な店で修業を積み、中でも客単価20,000円の高級和食店に長らく勤め、料理長として腕を振るった。だが、独立するなら若い人にも親しんでもらえる和食店にしたい。そんな思いから、手頃な価格で和食を楽しんでもらい最後にそばで締める店を目指したのである。そば打ちの技術を身につけるために、そばの名店として名高い「手打そば 菊谷」でそばづくりの手ほどきを受け、2019年11月に独立を果たした。

店主の淺沼朋彦さん。長年の和食のキャリアにプラスし、そばの名店でそばづくりの手ほどきを受けて独立を果たす。

店は10人も入ればいっぱいになる狭さで、「手打そば 菊谷」で一緒に働いていた藤井さんと2人で切り盛りする。小さな店ゆえ料理の品数も絞り込み、酒のつまみとなるメニューでは、“お刺身” “焼き物” “一品”のカテゴリーで計15品ほどの料理を提供。この中から4品の料理を組み合わせた「おまかせ四品」が、一番人気商品である。内容は前菜、お造り、焼き物、煮物で、煮物が蒸し物になることも。価格はこれで2,800円。「おまかせ四品」は同店のことを知ってもらう自己紹介的商品であり、何を注文すればよいのか迷ったら、これを頼めばまず間違いない。そんな立ち位置のメニューだ。

何を頼めばよいのか迷ったら、「おまかせ四品」を注文すれば間違いなし。

ごま豆腐で店の確かな力量をアピールする

「おまかせ四品」の内容は季節などで異なるが、例えば、ある日の内容は、“前菜”は「ごま豆腐の助子玉〆」を。ごま豆腐は精進料理の一つで、その店の力量を推し量る料理ともいわれており、同店もその魅力を遺憾なく発揮している。浅煎りの練りごま、吉野葛、昆布だし、酒、味醂、砂糖、塩、薄口醤油を鍋に入れて加熱し、硬さを整えながら練って、型に流して冷し固める。スケソウダラの卵巣の助子はだし、薄口醤油、味醂で炊き、卵でとじて、炊いた昆布、三つ葉とともにごま豆腐に添える。

 

ごま豆腐は盛り合わせる具材と一緒になって味が完成するよう心がけており、そのため、ごま豆腐単独の味が主張しすぎないよう気を配り、絶妙なおいしさに仕上げている。浅煎りの練りごまを用いるのはこのためで、逆に暑い季節などは深入りの練りごまを使用し、ジュンサイや叩いたオクラなどと合わせてさっぱり楽しませる提供法を検討中だ。同じ料理でも季節で表情が異なる。まさに、和食ならではの楽しみ方といえる。

“前菜”の「ごま豆腐の助子玉〆」。一緒に合わせる具材で、ごちそう感もグンと高まる。

お造り、焼き物、煮物も、客を唸らせる要素がいっぱい

一方、“お造り”は「キンメとイサキの焼霜造り」を提供。カウンター越しに鮮やかな手つきで刺身を引き、皮目をバーナーで炙る。刺身のみずみずしさと、皮目の香ばしさが一体となり、アルコールがすすむ。こうした調理風景を一挙手一投足、余すところなく楽しめるのも、カウンター席ならではの醍醐味である。

“お造り”の「キンメとイサキの焼霜造り」。炙った皮目の香ばしさとの対比で、刺身のみずみずしさがよりいっそう引き立つ。

“焼き物”は「信州ぎたろう軍鶏塩焼き」。ぜひとも食べて欲しい売りものだけに、これのみ固定でメニューに組み込む。ひと口大に切った軍鶏のムネ肉2個、モモ肉1個、皮2個を串に刺し、炭火でじっくり焼き上げる。同じく炭火焼きした長ネギ、油通ししたナスとピーマンとともに染付の高台皿に盛る。ぎたろう軍鶏は、南アルプスのふもとの抜群の環境下で育てられ、歯応えもあって、ひと口噛むごとに素材のうまみをしっかり実感することができる。また希望があれば炭火焼の焼き魚などにも変更可能で、肉料理が苦手な客にも柔軟に対応している。

“焼き物”の「信州ぎたろう軍鶏塩焼き」。炭火でじっくり、ふっくら焼き上げる。

“煮物”は「白菜と蛤の小鍋仕立て」。農家から直接仕入れる新鮮な白菜を、軍鶏ベースのだしでくたくたになるまで炊いて甘みを引き出す。小さな土鍋に盛ってハマグリとともに軍鶏だしのスープで炊き、水菜を飾る。ふたを開けると大きなハマグリが目に飛び込んできて、これが料理の主役と思いきや、白菜を食べるとそのおいしさにこちらも負けず劣らず主役であると納得させられる。さらには両者をバランスよくまとめた軍鶏のスープも隠れた主役だと実感。いやはや、何とも贅沢な一品だ。

“煮物”の「白菜と蛤の小鍋仕立て」は、ハマグリ、白菜、軍鶏スープが絶妙なバランスで共存する。

たった2品選べば“そば会席”が完成

アルコールは日本酒に力を入れており、グランドメニューと差し込みメニューで計10種ほど揃える。一合(500円~)とその半分の五勺(250円~)の2サイズがあり、好みの銘柄をじっくり飲むのも、いろんな銘柄をあれこれ楽しむのも思いのまま。料理ごとに相性のよい銘柄をお店の方に選んでもらうのもオススメだ。酒器は足のないワイングラスを使用し、繊細な飲み口で楽しめる。

日本酒に力を入れ、グランドメニューと差し込みメニューで計10種ほど揃える。

“お刺身” “焼き物” “一品”のカテゴリーから厳選した「おまかせ四品」で和食の奥深さを体験したなら、最後は“食事”のカテゴリーから「手打ち蕎麦」を楽しみたい。同店のそばは、店主の淺沼さんが「土の香りがする、そばらしいそば」と惚れ込んだ、栃木県益子町産の常陸秋そば粉を用いて二八そばに仕上げる。締めにちょうどいいように分量は茹でる前で60gと小ぶりで、大盛は倍の120gである。

「手打ち蕎麦」750円。最後は、のどごしのよい手打ちそばで締めたい。

このように「おまかせ四品」と「手打ち蕎麦」を注文すれば、ちょっとした“そば会席”ができあがる。店側としては、最初からコース仕立てで提供してもよいのだが、それだと初めての客にはハードルが高くなってしまう。だからといって、全部アラカルトから選ぶのも、これまた慣れぬ客には少々ハードルが高い。そこで、その中間ともいえる、料理がある程度まとまった「おまかせ四品」と締めの「手打ち蕎麦」のたった2品選ぶだけで“そば会席”が完成。これなら何ら気後れすることなく、若い人でも和食に親しめる。何ともうれしい、店側からの気配りだ。

「おまかせ四品」2,800円。相性のよい日本酒とともに楽しみたい。

低いハードルと広い間口でこれからの和食ファンを開拓する

それでもまだ気後れしてしまうというのなら、まずはランチの利用から始めてみるのも一考。ランチメニューは「軍鶏炭火焼御膳」と「軍鶏つけ蕎麦」の2種を提供。ランチでも、ぎたろう軍鶏と手打ちそばの両方を楽しみたいなら、まずは「軍鶏つけ蕎麦」を体験したい。これは、そば、ぎたろう軍鶏の炭火焼き、小鉢が付くもの。そばは茹でる前で120gで、炒めた長ネギが入った温かいつゆにつけて食べる。加熱することで甘みの増した長ネギが辛めのつゆとよく合い、そばを軽くつけてたぐれば、これが実にうまい。

 

ぎたろう軍鶏の炭火焼きはそのまま食べてもいいし、つゆに入れてそばと一緒に食べてもいい。小鉢も付くため、これらをつまみに日本酒でちょいと一杯も楽しめる。そう考えるとランチのセットメニューだが、お盆にのった“ミニそば会席”にも見えてくるから不思議だ。

「軍鶏つけ蕎麦」1,100円。小鉢はその時々で異なり、写真は「ワカサギの酢炊き」。

「食堂 あさぬま」は、本格和食を食堂のような気どりのない雰囲気の中で楽しませる店。ゆくゆくは現在の売り方と並行し、常連客には予算と食べたいものを聞いてそのリクエストに応える売り方も行なっていきたい意向だ。10人も入ればいっぱいになる店なので、まず予約が確実。また事前に予約すれば、ランチ時の「おまかせ四品」と「手打ち蕎麦」の注文も可能となる。入店のハードルを下げ、間口を広げた先にある大きな可能性。5.5坪という狭さは、逆に臨場感という強い武器にもなる。これからも和食の魅力を、超・至近距離から分かりやすく伝えていく。

カウンター6席と、奥に4人がけテーブル席を1卓配する。
【本日のお会計】
■ディナー
・おまかせ四品 2,800円
・手打ち蕎麦 750円
 
■ドリンク
・立山 本醸造 500円
合計 4,050円
 
■ランチ
・軍鶏つけ蕎麦 1,100円

※価格はすべて税抜


 
取材・文:印束義則(grooo)
撮影:松村宇洋