フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、いま最も食通からの熱い視線を集める中華料理人の一人である篠原裕幸氏がオーナーシェフを務める「ShinoiS(シノワ)」。本場・中国でのシェフ経験から生み出される感動のコース料理をご覧あれ。

【森脇慶子のココに注目 第22回】ヌーベルシノワ「ShinoiS」

中華料理で沸いた2019年。その一年を締め括るかのような一軒が、11月16日、東京・白金台にオープンした。表通りから一歩入った路地に建つ目立たぬビルの二階。看板もなくひっそり佇む、「ShinoiS」がそれだ。11月某日、Facebookでオープンの告知をするや、瞬く間に年内満席となった人気ぶりに、フーディーらの注目度の高さがうかがえよう。

 

それもそのはずで、オーナーシェフは、日本中華料理界の若手実力派No.1とも囁かれる篠原裕幸氏。西麻布「香宮」でシェフを務めていた2015年には、日本最大級の料理人コンペティション『RED U-35』に参戦。見事グランプリに輝いたことは、今だ記憶に新しい。修業時代から“香港でシェフになる”ことが夢だった篠原シェフ。グランプリ受賞後の2016年には香港ならぬ上海に渡り、現地のクリエイティブエグゼクティブシェフとして活躍。数々の経験を積んだ後、今年の6月に帰国。満を持しての独立を果たした。

Sugar Ray
出典:Sugar Rayさん

こぢんまりとした店内は、シンプルながらも、中国的なエッセンスがさりげなく散りばめられ、シックな趣を醸しだしている。洒落た個室もあるが、特等席はやはり7席のカウンターだろう。料理はおまかせ。20,000円の季節のコースと干し鮑付き28,000円の2種。私が訪れた11月某日の季節のコース内容は次の通りだ。

 

  • 前菜三種(芝士春巻、杏仁豆腐、鮑魚双味)
  • 斎酸辣湯(野菜コンソメサンラータン、衣笠茸、ツバメの巣)
  • 黒酢毛蟹(毛蟹、黒酢甘酢生姜)
  • 皮蛋雪氷(皮蛋、シークワーサー、海月)
  • 清蒸石斑(ハタ、豆鼓、腐乳)
  • 香糟鷄片(ホロホロ鳥、海老芋、紹興酒酒粕)
  • 焦醤羊肉(白神ラム、焦がしねぎ醤油、宝珠茸)
  • 今天麺飯(炒飯、ラーメン お好きなだけお好みで)
  • 甜品
「前菜三種」の鮑魚双味から、蒸鮑と鮑の肝と白菜の餃子

「19歳で中華の道に入り、香港と広東料理が大好きで、広東料理ばかりをずっと追いかけてきました。でも、大陸に渡り、様々な地方の料理に触れるうち、広東以外の料理にも興味が湧くようになりました。広東料理しかやらないなんてもったいない。そう思うようになったんです」と篠原シェフ。元々、フレンチや和の技法やエッセンスを中華に取り入れてきた彼のこと、今度は現地の大陸中華の洗礼を受け、ますます料理の幅が広がったようだ。

「香糟鷄片」

例えば「香糟鷄片」。見た目、パスタを連想させる一皿は、一見、創作料理のように見えるが、実は四川の古典料理。四川で食べた料理を、篠原流にアレンジしたものだ。本来は、鶏肉を滑らかなぺーストになるまで包丁で叩き、薄いクレープ状に焼いて作るが、篠原シェフは、より香りと旨味のあるホロホロ鳥を使用。その骨から取ったスープと卵白、片栗粉を合わせてミキシングし、ぺースト状にしたものを従来と同じ手法で仕上げている。そして、隠し味に加えているのは、上海や北京料理で用いられる紹興酒の酒粕「酒醸(チュウニャン)」。ここに、篠原シェフならではのクロスオーバーがある。

ウェイク
「芝士春巻」   出典:ウェイクさん

また、シグネチャーメニューのひとつ「芝士春巻」は、洋とのコラボレーションが意表をつく前菜。カラリと揚げられた春巻の上には、燻製にしたキャビアとコンテチーズが振りかけられているのだ。揚げたてをかぶりつけば、口中でサクサクと崩れゆく春巻の皮の中から、麺のような太さのフカヒレが顔を出す。そのザクっと噛む快感とともに、ややねっとりとしたテクスチャーも舌に感じる。後味にかすかに残るチーズの風味が、どことなくモダンな印象を残す佳品だ。

皮の中にはフカヒレがたっぷり

「シュモク鮫とヨシキリ鮫、2種類のフカヒレを使っている」そうで、旨味をしっかり持たせたいと、上湯ではなく、老鶏と豚の背脂と背ガラで取った白湯で煮込んでいる。味のアクセントとして選んだキャビアは、燻製にしてある種の生臭さをカバー。全体の味のバランスの取り方も見事だ。しかも、中身はフカヒレのみ、の潔さ。約40gをぎっしりと詰め込んだ贅沢さには、思わず笑みがこぼれる。

モラヴィア
「水仕込みの干し鮑」   出典:モラヴィアさん

一方、「水仕込みの干し鮑」は、和食にも通じる引き算の手法で作り上げる一皿。従来のように、金華ハムや老鶏でとる上湯やオイスターソースで煮込むのではなく、鮑を水で戻したときの戻し汁のみで調味。調味料さえも加えず、そのものの持ち味のみで食べさせる潔さだ。

ウェイク
出典:ウェイクさん

その他、季節の野菜のみで作るコンソメ仕立ての精進「野菜コンソメサンラータン」のように、わかりやすく馴染みのある料理に一捻りを加えた一皿一皿が秀逸だ。奇をてらっているようで、実は、伝統に根ざした中国料理。そこに、中国料理の技術と歴史に敬意を払いつつ、現代だからこそできる中華料理を探求したい――そんな篠原シェフの思いが込められている。

 

※価格はすべて税抜、サービス料別

 

 

取材・撮影・文:森脇慶子