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若者たちに客上手になってもらうべく、タベアルキスト・マッキー牧元さんが、食に関する知識から攻略法までお届けする連載。裏テーマは“青年よ、大志を抱け”。大変お待たせいたしました。今回は、“鮨屋編 其の1”の続き、「鮨屋が怖くなくなる、10の秘訣」をご紹介します。
外食力の鍛え方〜客上手になろう〜
1. 一軒の店に通う
もし僕がこういう仕事をしていなかったら、1〜2軒のすし屋に絞って、浮気はしない。すし屋に限らないが、多数の店を食べ歩いていては、客上手にはなれない。どんな店でもいい。ご主人との相性、値段設定、味、場所など、気に入ったら、その店だけに通いつめることをお奨めする。
様々な鮨屋に行きたい気持ちはわかる。しかし一軒で四季を通じての握りを食べることにより、自分の中に「鮨屋の基準」が出来上がる。もし毎月通えるなら、それは「あなたの店が好きです」と毎月ラブコールしているようなもの。結果としてご主人と仲良くなれば、一歩突っ込んだ深い鮨の魅力を知ることに繋がる。僕も30代後半の頃、日本橋の「千八鮨」(閉業)に通い、江戸前の仕事のことや魚の香りや味など、多くのことをご主人から学んだ。それらが今の基本となっている。
2. 若い店主の店を選ぶ

老練のご主人の前では、やはり緊張するものである。僕も初めてなら緊張する。でも最近は、若い職人の独立が増えた。自分と年齢が近い職人なら、緊張も和らぐ。例えば銀座の「鮨 たかはし」はどうだろう。27歳で独立し、現在30歳の高橋さんは、恐らく東京の鮨職人の中では、最年少であろう。人柄もよく、しかも銀座である。彼と仲良くなり、銀座に行きつけの鮨屋を作るなんてかっこいいではないか。
3. 昼のお決まりを狙う
毎月通う予算がないなら、昼の安いコースや一人前のおきまりの握りをやっている店を探して、昼だけ通ってもいいだろう。

例えば名店と知られる、「新ばし しみづ」は、昼のお好みが8,800円。

同じく新橋の「鶴八 分店」は、4,850円で10貫と巻物がいただける。昼は価格も雰囲気も、夜より入りやすい。僕自身も、鮨屋に通い出した時は、こういう昼のランチからスタートした。そして4、5回通うと覚えてくれるので、夜に訪れた。もうご主人とは顔見知りであるから、緊張はなかったことを思い出す。
4. お好みなら、トロと雲丹、赤貝以外を全部おまかせ
もしお任せコースがなく、お好みだけの店なら、高価な種を避けることで、予算を抑えられる。一概には言えないが、上記の他に鮑やシマアジなどは高価である。
5. 現金を多目に携える
カードが使える店でも、現金を多く持参することで気持ちに余裕ができる。
もし可能なら、支払い時には現金で払おう。カードは手数料を店側が負担するので、店としては現金の方が嬉しいのである。現金で払った方が「この若者わかっているな」と、心証が良くなる可能性が高い。僕も若い頃、このことを先輩から教わった。また料理人の方々と食事に行くことが多いが、彼らは同業者に気を使って、必ず現金で支払う。予算は、食べログに表示されている予算+一人一万円持っていけば、まず安心である。また予約時に予算を伝えれば、尚安心していけるだろう。
6. 一番上等な服を着る
高価という意味ではない。男性ならTシャツ、もちろんハーフパンツも避ける。スーツでなくともネクタイを締めなくともいいが、洗濯したてのシャツにジャケットを羽織ろう。自分自身もコレで気持ちの背筋が伸びて、余裕ができ、堂々と食事が出来る気分になる。
僕らの若い頃は、最初から一人で行くということはなく、上司なり先輩の行きつけに連れて行ってもらったので、彼らの恥をかかせてはいけないという心理が働き、身なりをきちんとしていった。
最近では、一流の鮨屋でTシャツ姿、帽子をかぶったままで食べている方も見かけたことがある。誰かに迷惑かけているのではないので、いいじゃないかという意見もあろうが、もしその一流の鮨屋に、一年間貯めたお金で、きっちりとした身なりで来たカップルがいたとしたら、彼らはどう思うだろう。折角のハレの日を台無しにされたようで、彼らは興ざめするだろう。そういう人には、職人もやる気が芽生えない可能性がある。
レストランとは、公共の社交場であるということを、忘れてはいけない。
7. 出されたらすぐ食べる
鮨屋の「大原則」である。にぎり寿司は置かれた瞬間から魚は乾き、温度も変わっていく。握られた瞬間が一番おいしい。おいしい瞬間を逃さず食べていますよというメッセージを、職人に送ろう。
8. 箸に自信がなければ、手で食べる
寿司を食べるのは、箸でも手でもいい。どちらが粋で、正当であるという決まりはない。しかし箸使いに不安を抱えていては、味もわからなくなってしまう。その際は手で(手や箸の食べ方は次号以降に解説する)。
ちなみに僕の場合は「手」で食べる。それはパンやおにぎり、あるいはバナナを、フォークナイフや箸を使って食べると味気ないのと同様、「手の味」というものがあると思うからである。
9. 口に入れたら目を閉じる
試しに目を閉じて噛んでみよう。鮨の握りというのは、瞬く間に口の中から消えてしまう。僕自身も、意識を集中させないと、「あれ? もう食べてしまった。おいしかったけど、どんな味だっけ」と思う瞬間がある。握りも一瞬、食べるも一瞬というこの料理の性格上、仕方ない部分もあるが、目を閉じると口の中で噛んでいる時間がゆっくりとなっていくような感覚が生まれる。酢飯や魚の味や食感、口の中での消え方などが、視力に邪魔されない分よくわかる。試しにいつも飲んでるジュースでも牛乳でもやってみると、その効果に気づくだろう。最初はわかりづらいかもしれないが、懸命に味や香りを探ろうという気さえあれば、必ず出来るようになる。実際僕自身もここぞという時は目をつぶり、よくよく味わってみる。目を開けると、そこには少し嬉しそうに微笑んでこちらを見つめている職人がいたりする。そう、これは、真剣に食べていますよというメッセージなのである。
もっとも、カウンターに座った客が全員目をつぶって食べていたら、コレは異様なので、ここぞという種だけに絞ってやってみよう。
10. ほめるなら香りを
食べたらなにか言わなくてはいけない、という強迫観念がある人が多いように思う。しかし本当においしいと思ったら、何も言わずににっこり笑うだけでいい。あるいは「おいしい」と一言呟くだけでいい。それでもなお、なにか言いたい方は、味でなく香りをほめる。それも「爽やかな香りですね」とか「血の香りに満ちています」等と具体的には言わない。「いい香りですね」。コレでいい。
また香りを口に出すということは、自分でも香りを集中することにもなる。香りに意識するようになれば、魚をより愛すようになる。
以上、いかがでしょうか。次回は「忘れちゃいけない、鮨屋のマナー」を話そうと思います。