年々華やかさと影響力を増す「アジアのベストレスラン50」。今年春にマカオで行われた2019年アワードから読み解く、アジアのガストロノミーの最前線を、「食べロググルメ著名人」で世界一のフーディと言われる浜田岳文さんに語ってもらいました。

「アジアのベストレストラン50」とは?

「アジアのベストレストラン50」とは、アジア6地域×評議員各53人=計318人による投票制で決まる、レストランランキング。世界のベストレストランのアジア部門。評議員はレストラン関係者、ジャーナリスト、フーディで構成され、一人10票を自国のレストランと他国のレストランに投票し、票の集計結果がそのままランキングとなる。“食のアカデミー賞”とも喩えられるように、そのランキングは、食のトレンドそのものになるほどの影響力を持つ。

アジアの最旬グルメ事情がわかる、5大トピックス

TOPICS1. 4年ぶりにトップが交代! 「ガガン」の後にシンガポール「オデット」が1位獲得

今年1位に輝いた、「オデット」のジュリアン・ロイヤーシェフ。

4年連続1位と、揺るぎない人気を誇っていたタイ、バンコクの「ガガン」。シェフのガガン・アナンド氏は、インドにルーツをもち、インドのストリートフードを前衛的な技法でイノベーティヴな料理に仕上げて提供しています。今年中には閉店とも言われていた「ガガン」、今回は1位が動くのでは?というのが、大方のフーディやジャーナリストの見解でした。その後8月末に閉店し、秋の移転、再オープンへ向けて準備が進んでいるそうです。昨年2位だった「傳」、3位だった「フロリレージュ」の実績に、もしや今年は1位になるのでは?の期待を持った人も少なくないはずです。

傳(出典:俊太郎さん)

しかしながら、下馬評は高かったものの大方の予想を覆し、関係者も驚くシンガポール「オデット」が1位に輝きました。個人的にはとてもすばらしいレストランで1位にふさわしいと思いますし、最近発表されたレストランガイドでも最高評価を獲得したばかりです。ただ欧米のフーディの間からは、アジア50でフランス人シェフのフランス料理店が1位を獲ることを疑問視するツイートが多く発せられました。このランキングをデスティネーションレストランの評価として見た場合、アジアで最も行くべきお店がフレンチなのはどうなのか?という疑問は出てくるかと思います。ではなぜ、1位に押し上げられたのか?  理由としては、「レストラン アンドレ」(※シンガポールのガストロノミーを牽引してきたアンドレ・チャン シェフのイノベーティヴフレンチのレストラン。シンガポールの店を閉めるも、自らのルーツである台湾の流れを汲む店のプロデュースなどで活躍。)の閉店などにより、シンガポールからランクインするレストラン数が絞り込まれ、結果として票が集まったということ。また評議員の1/3が毎年入れ替わる構造上の問題もあります。結果として、世界を意識したデスティネーションレストランというよりは、アジアに住む審査員にとってアクセスが良く、通いたいと思えるレストランがトップに入った、という解釈もできるかと思います。

TOPICS2. 地方のレストランの高評価をインバウンドにつなげる

La Cime(出典:かなやさん)

日本勢の王者奪還(2013年の初回はNARISAWAが1位)は、来年以降への持ち越しとなりましたが、今回のアジアのベストレストラン50で最も収獲と思えたことの一つは、東京以外のレストラン(大阪「La Cime(ラシーム)」14位、福岡「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」24位)の高評価でしょう。これは、着実にインバウンドが日本各地の美食を求めてきていることの証です。東京の一極集中という構図が動き始めていることでもあり、食のデスティネーションが日本全国にあるということを知らしめるには、大変によい機会になったと思います。また、地方のレストランのモチベーションを上げるにも大いにプラスになると思われます。

ガストロノミー界における「日本料理 龍吟」の功績

写真中央/アイコニック賞を受賞した「龍吟」の山本征治シェフ。

今回最もうれしく、感動したシーンは、日本料理 龍吟の山本征治さんが、今年から新たに設けられた「アイコニック賞」を受賞した瞬間でした。アイコニック賞とは、料理業界において、特定のジャンルの発展など、著しい貢献のあった料理人に贈られる賞。クリスタルトロフィーを手にした山本さんのもとへ、龍吟で研鑽を積んだシェフたち香港「ーTa Vie」(50位)の佐藤氏、台湾「祥雲龍吟」(31位)の稗田氏、「茶禅華」(23位)川田氏、東京「ブルガリ イル・リストランテ ルカ・ファンティン」のルカ・ファンティン氏(18位)]が、山本さんに内緒で誂えた「龍吟」と染抜いた風呂敷を手に檀上へなだれ込んだシーンでした。

龍吟(写真:お店から)

山本さんの、素材のポテンシャルを極限まで引き上げるための飽くなき探求が料理業界へ与えた影響は大きく、アジアのみならず世界のシェフからも称賛されています。アジアの食のリーダーである日本の、そして日本料理のシェフが記念すべき第一回のアイコニック賞を受賞したことは、実に意義のあることだと思います。日本料理界に、龍吟に続けという若い人がもっと出てきてほしいですね。

茶禅華のランクインの意味

茶禅華(写真:お店から)

ニューカマーが2軒加わったことも、日本にとっては明るいニュースでしたが、なかでも、茶禅華の23位ランクインは大きな価値があると思っています。実は、アジアのインバウンドが日本のダイニングシーンの中で、最も興味のないジャンルが中国料理。本場の中国料理を食べ慣れているアジア人にとって、日本の中国料理は日本人向けに味つけされていて、物足りなく感じることが多いようです。それは、よほどの理由がない限り、日本人が海外を旅するときに、現地向けの日本料理店に行かないのと同様です。そうした状況の中で、これだけ上位へ食い込んだのは大したものです。アワードのあとに香港「ネイバーフッド」(37位)のシェフと話していたら、「素材の可能性を引き出すために、そぎ落としていく、『茶禅華』川田シェフの考え方や技法は香港のシェフも見習うべきものがある」と、言っていました。長い歴史を持つ国の料理に、日本人が影響を与えるということはなんともうれしく、日本人の料理のリミッターの一つをはずした快挙と言えるでしょう。

TOPICS3. 日本はレストランの層が厚いため苦戦。シェフの発信力も問われる時代に

26位の「レフェルヴェソンス」シェフ。

また、今回の日本勢の10位台、20位台への食い込みには目を見張るものがありました。14位「ラシーム」から、18位「ブルガリ イル リストランテ ルカ・ファンティン」、23位「茶禅華」、24位「ラ メゾン ドゥ ラ ナチュール ゴウ」、25位「鮨 さいとう」、26位「レフェルヴェソンス」と続きます。まさに美食大国日本の面目躍如といった結果ではありましたが、いずれの店も、もっと高く評価されてもいいところばかりです。

鮨 さいとう(写真:お店から)

また、国内には同レベルのすばらしい店がまだまだあります。そう、日本は層が厚すぎて票がばらけてしまうという問題があるのです。そうした状況で10位台、20位台の店をさらに上位へ押し上げるためには、より多くのインバウンドを呼び込むしかないのです。日本はアジアの東の端。西の端である、インドやスリランカの評議員はまだまだ来ていないはずですから。同時に、上位入賞店は、積極的にコラボレーションをするなどして、自身の店の魅力を発信しているところばかりです。アジアのベストレスラン50においても、シェフの発信力が問われる時代になっていることは否めません。

TOPICS4. アジアガストロノミー全体の底上げがさらなる魅力を生み出す

アジアのガストロノミーが一部だけのものではなく、確実に広がり、ボトムアップしている証が随所に見られました。その一つがマレーシアの初ランクインです。「デワカン」(46位)のモダンマレーシア料理を通して、クアラルンプールは美食都市としての注目が高まるはずです。また、「One to Watch」という注目の新人賞にランクインしたのが台湾の「JL Studio」。

JL Studio(出典:浜田岳文さん)

シェフのジミー・リムは、シンガポーリアンでありながら、敢えて同じアジアの台湾、しかも台北ではなく台中にレストランをオープン。シェフが生み出す、シンガポール料理の再構築は、自国シンガポールにもないくらいにイノベーティブで、しかも一口食べただけでわかるくらいに完成度が高い。それは、欧米の星付きレストランが二番手・三番手のシェフを送り込んで、支店を開いて成功するという、ひと昔前の列強諸国的なダイニングシーンが転換しつつあり、本当の意味でアジアにガストロノミーが育っていることを意味するものだと思います。

「アジアのベストレストラン50」がもたらしたものとは?

どのような形式であれ、レストランランキングには、批判がつきものであることは否めません。しかしながら、断っておきたいのは、「アジアのベストレストラン50」は、単純にアジアのおいしい店ランキングではないということです。自分の料理や料理哲学を世界に知ってもらうために努力した料理人、そして料理界の発展に貢献した料理人が、認められるためのランキングなのです。このアワードは、世界に伝えたいメッセージを表現する場としては、やはり最強です。ですから、自分の料理を世界へ発信したいという強い意志を持った料理人には、ぜひ、チャレンジしてもらいたいと思いますね。また、そのエンターテインメント性から、食のアカデミー賞やワールドカップに喩える向きもありますが、どちらかというと、各国の代表が参加するオリンピックに喩えるのがより相応しいでしょう。単純においしさを基準としてアジアのレストラン50軒をリストアップしたら、日本のレストランが過半数を超えてしまいます。実際、OAD(Opinionated About Dining)という、世界のフーディが選ぶアジアのレストランランキングでは、日本が7割を占める結果となりました。「アジアのベストレストラン50」はそのような結果にならないよう、審査員を各地域に均等に配分するなどして、票が特定の国に集中しない仕組みになっています。結果として、ガストロノミーの発展途上国で孤軍奮闘しているレストランにスポットライトを当てることにつながっています。日本人としては、日本のレストランに一軒でも多くランクインしてもらいたいと思いつつも、シェフ同士の国境を越えた交流を通じてアジア全体の食の底上げにつながればと願っています。

 

解説してくれたのは……浜田岳文さん

1974年兵庫県宝塚市生まれ。米国・イェール大学卒業(政治学専攻)。大学在学中、学生寮の不味い食事から逃れるため、ニューヨークを中心に食べ歩きを開始。卒業後、本格的に美食を追求するためフランス・パリに留学。外資系投資銀行と投資ファンドにてM&A・資金調達業務とプライベート・エクイティ投資に約10年間携わった後、約2年間の世界一周の旅へ。帰国後、資産管理会社(ファミリー・オフィス)社長を経て株式会社アクセス・オール・エリアを設立、代表取締役に就任。
南極から北朝鮮まで、世界約120カ国・地域を踏破。現在、一年の4カ月を海外、6カ月を東京、2カ月を地方で食べ歩く。

取材・文:小松宏子