京都を訪れたら必ず食べたい、「祇園さゝ木」の鱧の炭火焼き

開店以来十数年、予約のとれない超繁盛店として、「祇園さゝ木」の人気は衰えることを知らない。「The Tabelog Award」を5年連続受賞し、「食べログ 日本料理 WEST 百名店 2021」にも選出されている。名物料理は数あれど、鱧料理はその最たるもの。主人・佐々木 浩氏が、特別に力を入れて選んでいる素材の一つである。

鱧で感じる京都の夏

鱧といえば、夏の京都には欠かせない素材だ。なにしろ、祇園祭りは別名鱧祭りと呼びならわされてきたくらいだから。なぜ、それほど珍重されてきたのかといえば、海の遠い京都まで、夏でも生きて運ぶことができた唯一の魚だったからだ。そんな鱧の生命力にあやかり、酷暑の京都を乗り切ろうとしたのだろう。ところがその滋養に反して、身は純白、味わいは淡く品がいいのに旨みが強い、まさに京の夏の美味の花形だ。

祇園祭りにつきものといっても、実は旬が長い魚で、出始めは5月末から6月。その頃はまだ脂ののりが乏しいが、「梅雨の水を飲んでうまくなる」という諺があるほどで、夏へ向けてどんどんと美味しくなる。その後、出産を機に味が落ちるが、9月に入ってまた脂がのり、出始めの松茸と合わせるなどという、粋な食べ方も楽しまれる。

産地は淡路島の南側の沼島沖が最上級とされる。沼島の鱧は、頭が小さく胴太で皮が薄く、ほどよく脂がのり、肉質が非常に良いとされる。それは沼島周辺の海底が非常に柔らかな泥で覆われ、餌となる海老などが豊富で鱧の生育に適していいるからだ。韓国済州島沖でとれる鱧も皮が柔らかく、重用されている。素材にもはやりすたりがあるようで、15年~20年ほど前は、京都中、韓国産を使っていたが、昨今は淡路島産ですと、胸を張る店も多い。佐々木氏は淡路産、韓国産の両方を仕入れ、状態を見極めながら使い分けているという。

朝9時の「祇園さゝ木」の厨房におじゃますると、カウンターに鱧を並べて、数人の板前が一斉に骨切りしている。シャッ、シャッ、シャッと心地よい音が響き、白く光る鱧の身に、見るまに細かな切れ目が入っていく。小骨が多く、食することが難しかった鱧を、夏の主役に昇格させたのが、この骨切りという技だ。「古くから1寸(約3.03cm)の間に27回包丁が入れられたら名人と言われています。その数で腕の良し悪しを競ったんです。技術を習得し、自分のものにするには10年はかかりますね。先輩たちの技を見、盗み、鱧という魚の骨のつき方、構造を覚え、ひたすら数をこなしていくしかないんです」と佐々木氏は言う。

店主が行き着いた新たな調理法で、その旨味を最大限に味わえる

では、供し方はというと、昔から今に至るまで、「落とし」といって、骨切りした鱧を熱湯にくぐらせて牡丹の花のように開かせ、椀だねとしたり、引き上げたものを氷で冷やし、梅肉を添える食べ方が主流だ。「落としでは、湯の中にせっかくの旨みが流れてしまう。そこが大変にもったいないと思っていました。焼き霜といい、直火で網の上で炙って食べる方法でも、いったん氷水にとって身を締めるため、同じく旨みが抜けてしまう。そこで、バーナーで直に炙ることを考えたのですが、これだと、旨みは保てるものの、ガスのにおいがついてしまうんですね」。

考えあぐねたある日、白くきれいな灰になる備長炭を眺めながら、その白さと鱧の白さを重ね、備長炭に直接のせてはどうだろうかと、思いついたという。早速、軽く塩をふってのせてみると、高温の備長炭の上で見るまにくるりと皮が丸まる。皮めに炭の香ばしさがつくと同時に、身の部分のたんぱく質にゆるやかに火が通り、瑞々しさを残したまま甘みがぐっと増していく。「ほんまに美味しいですよ」と差しだされた一切れを口に入れると、香ばしさと強烈な旨みでいっぱいになる。これまでの鱧がなんであったのだろうかと思えるほどの口福であった。

さて、仕上げ。そのまま涼やかなガラス器に盛り込み、みょうがを添え、軸三つ葉を散らし、好みですだちを搾っていただく。まさに、鱧という素材そのもので勝負する一品だ。こうした料理を自信を持って出すことができるのも、鱧の選びと扱いにゆるぎのない自信を持っているからにほかならない。

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撮影:久保田康夫

取材・文:小松宏子