新連載〈小池克臣と行く、和牛百景〉

和牛の魅力ってなんだろう。美しいサシ、脂の旨みといったお肉そのもののおいしさはもちろん、料理人、生産者など和牛をとりまく物語も見逃せない。今や世界中の“おいしい共通語”となった、和牛〜WAGYU〜がおいしく食べられる名店を“肉バカ”こと小池克臣が探す、食べる、紹介する!

第1回 浅草で愛される焼肉店 「本とさや」

焼肉激戦地、西浅草の路地裏に佇む名店。のれんに引き戸の入口がノスタルジーを誘う店構え。

「煙もくもくの店内で楽しむ昔ながらのスタイルが、ノスタルジックでいいんです」。高級レストランの牛肉料理も良く知る小池克臣さんが、「仕事で疲れた時、帰りが遅くなった時、吸い寄せられるように足が向いてしまう」というのが、ここ。肉ラヴァーからご近所さんまで、多くの客をひきつけてやまない東京・西浅草の老舗焼肉店だ。

七輪を囲む昔ながらの焼肉店で、迫力満点の分厚い焼肉を頬張る

「おいしい店なら、ほかにもある。うちの店で大切にしているのは、家族や同僚と来て、七輪を囲んで肉を焼いて、笑顔で帰って。“また、誰か連れてきたいな”と思ってもらうこと」。そう語るのは、店の活気に負けじとエネルギッシュな店主の三浦英一さん。取材に訪れた日も、平日の16時だというのに、のれんをくぐれば、1階席は客でいっぱい。もくもくの煙もなんのその、皆、ほろ酔い気分で実に楽しそうに焼肉を頬張っている。この雰囲気こそ、「本とさや」の唯一無二の魅力だ。

1階の座敷席は、煙もまた店の味わいのひとつに。現在は板張りだが、かつては畳敷き。エアコンもなく、夏場はまるで海の家のようだったとか。

もちろん、肉のうまさは言うに及ばず。牛カルビの、男気炸裂の厚切りぶりが人気に拍車をかける。厚切りのワケは、「そもそも創業者の親父が、ビフテキ世代。焼肉といえば、安い薄切り肉が当たり前だった時代に、“ステーキみたいな焼肉を出したい”と始めた店だから」と、三浦さん。そんな創業時の心意気はいまも変わらず。程良くサシが入った分厚い牛カルビは、炭火で表面をカリッと焼いて頬張れば、口中で肉汁がガツンとはじける。

その姿からタコカルビとも呼ばれる、ワイルドな骨付きカルビは、焼肉好き垂涎の名物。

和牛は、5~6軒の精肉店から、サシの入り具合などを見ながら仕入れている。三浦さんいわく「そのまま焼いて、塩・コショウで食べても充分おいしい肉」なので、あえてタレはあっさりめに。「昨日、今日、明日と、3日連続で食べても飽きない味に仕上げている」そうだ。

ウルテ、ハツ、ミノなど、ホルモン類も充実。
創業当初から、芸能関係の常連客が多かったそうで、タレントやスポーツ選手のサインが所狭しと!

家族全員で始めた店のモットーは「お客さんも、店の者も楽しく」

創業は1970年代初頭。現在の場所から少し離れた台東区千束で、三浦さんの父親が「とさや」という名で始めた。ステーキのような高級肉を出す焼肉店は、当時はまだまだ珍しく、瞬く間に冷蔵庫が連日、からっぽになる繁盛店に。一時は赤坂や横浜に姉妹店を出すほど流行っていたというが、好事魔多し。新しい事業でつまずいて億単位の借金を抱え、店も人手に渡ってしまう。その後、心機一転、家族全員で始めたのが、この「本とさや」だ。

以前は、三浦さんの母親の指定席だったという店先のベンチ。いまは、三浦さんが早めの夕食をとる、お気に入りの場所。

高校時代はラグビー、高校卒業後は留学先のアメリカでアメリカンフットボール。「焼肉屋より断然スポーツ」だった三浦さんも、「家族が生きていくためには、やらなきゃいけない」と、20代半ばで店に入る。以来、「本とさや」で約40年。現在は店主として、店を切り盛りする。そんな三浦さんの心に、いまでも残っている父の言葉がある。「ライバル店が潰れた時に喜んだら、親父にめちゃくちゃ怒られました。どこの店も流行って、店の者が楽しそうに仕事をしていれば、もっとお客さんが来るようになるんだ、って」

三浦さん制作のCDタイトルは、“焼肉もロックも強火が一番!”。そのココロは、どちらも「熱くなきゃ!」。題字は店の常連だという、ぐっさんこと、山口智充さんだそう。

店は人なり。三浦さんは、66歳にして青春真っただ中だ。45歳で音楽に開眼、自分で曲を作り、ライブも開催する。「いまどきの人は、熱さとか青春とか、ダサイっていうじゃない。でも、人生、夢追えば、青春。年は関係なし! いくつになっても、自分が楽しいと思うことをいっぱいやらなきゃダメ!」

左は、三浦さんの片腕、店長の尾太賢作さん。高校生の時、アルバイトで「本とさや」に入って、ずっとこの店とともに歩んできた。
厨房脇の細い通路を通り抜けて、「店を出る時はみんな笑顔に」が、三浦さんの思い。

小池さんのお気に入りメニュー&食べ方

おすすめの食べ方

2センチはあろうかという、分厚い特上カルビ。

白いご飯に目がない小池さん、ここの焼肉もやっぱりご飯と。「オシャレな空間で、希少部位を1枚ずつワインと楽しむのもいいですが、ご飯茶碗片手にタレの焼肉を思い切り頬張るのは、理性が吹き飛ぶおいしさです」。でも、これ、まだ締めではありません。

 

小池さん

タレとサシの甘みが口の中で混ざり合うことで生まれるおいしさは、サシの入った極上の肉を焼いてこそ味わえます。

オーダー必至の肉皿

 

小池さん

絶対に食べてほしいのは、特上カルビと特上骨付きカルビ、そして上ハラミ。特上カルビは、細かくサシが散りばめられたお肉を厚切りで。骨付きカルビは、骨の周りならではの肉の旨みが口いっぱいに広がります。そして上ハラミを食べることで、仕入れの凄さが伝わります。

その姿から、タコカルビとも呼ばれている、特上骨付きカルビ 2,800円。
特上カルビ 2,800円。
和牛上ハラミ 2,300円。

ネギを軽くあぶって上ロースと頬張る、上ロースグイも人気。そのほか、上タン塩など、メニューはすべて半人分からオーダーできるので、いろいろな部位を味わうことができる。

必食のシメ

肉ラヴァー必食のシメ、青春ラーメン 1,800円。
 

小池さん

裏メニューですが、誰でも頼めます。ユッケジャンスープをベースにしたラーメンで、驚くことに、上ロースがチャーシューがわりにふんだんにのっています。ダシがしっかり出たスープのうまみもさることながら、やはり極上の上ロースのおいしさがたまりません。

焼肉屋だから、うまいスープはある。チャーシューがわりの肉もある。そんな発想から生まれたラーメンは、いくつになっても青春している店主、三浦さんのまかないから生まれたメニュー。それゆえ、青春ラーメン。麺はやや太めの中華麺で、野菜もたっぷり。

必食の箸休め

とさやサラダ 800円。

牛肉も厚切りなら、サラダも山盛り。醤油ベースのあっさりとしたドレッシングでレタス、キュウリ、長ネギなどの生野菜を和えたシンプルなもので、口中がリセットされ、焼肉の合間に格好。オーダーする人が意外に多いという、隠れ人気メニューだ。

DATA

※価格は全て税別

教えてくれた人

小池克臣(こいけ・かつおみ)

横浜の魚屋の長男として生まれるも、家業を継がずに、外で、家で、肉を焼く日々を送る。焼肉を中心にステーキやすき焼きといった牛肉料理全般を愛し、ほぼ毎晩、牛三昧。さらには和牛そのものの生産過程や加工、熟成まで踏み込んで研究を続ける肉の求道者。著書に『肉バカ。No Meat, No Life.を実践する男が語る和牛の至福』(集英社刊)。公式ブログ「No Meat, No Life.」。

取材・文:齋藤優子

撮影:山田英博