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おしゃれフードトレンドを追え! Vol.40
お店選びのカギは、お酒の充実度とつまみのおいしさ
「最近は断然、日本酒が好き」というファッション業界人が増殖中だ。そして、私も御多分にもれずハマり始めており、友人との食事も日本酒のおいしいお店を選び、家で飲むのはもっぱら日本酒になった。
数年前からか、東京ファッションウィークの会場では「獺祭(国内外で人気が高い山口・旭酒造の純米大吟醸)」が振舞われるようになった。ファッション系のパーティには必ずシャンパンというのがお約束だったので、日本酒なんて新鮮! と思ったのが数年前のこと。今ではファッションショーの前後に一杯というのが、年に2回のルーティンになっている。日本酒=オシャレというイメージがすっかり定着し、もう誰も「渋い飲みもの」なんて言わなくなった。
2016年より開催されている中田英寿さんが主催する日本酒イベント「CRAFT SAKE WEEK at ROPPONGI HILLS 2019」は連日大混雑、過去最大の盛り上がりを見せたそうだ。ユニクロのUTでは日本全国から崇高な酒造りの歴史を持つ酒蔵をセレクトし、そのデザイン性や哲学や思想をデザインにしたコラボレーション企画「SAKAGURA」をスタート。酒蔵モチーフのTシャツは海外で驚くほどの売れ行きだ。金沢の老舗酒蔵、福光屋の有機純米酒ブランド「禱と稔(いのりとみのり)」のラベルデザインをファッションブランド「ミナ・ペルホネン」のデザイナー・皆川明さんが手がけたことも、この春話題になった。
都内では数年前から日本酒を受け入れる土壌ができていたように感じる。例えば下町にある角打ちを前面に出した酒屋が流行っていた時期もあり、地酒を取り扱う店も話題になった。その後お酒のムーブメントは地酒→ワイン(感度のいい人々にはナチュラルワイン)→ハイボールと流れてきた。そして今、日本酒バルと呼ばれるお店が増え、さらに日本酒の輸出は絶好調、先日は海外出張の際に「磯自慢(地元静岡のお酒)」をお土産にしたのだが、予想以上に相手が喜んでくれた。
米と水に麹、杜氏の技術と自然の生み出す化学の結晶である日本酒。自然とその土地、人の智と微生物との絶妙なバランスがなければ美酒は生み出せない。極めてシンプルな素材の中に果てしない可能性を持つ日本酒に、ある種のストイックさを感じて、クリエイティブ系の人たちは魅了されてやまないのだ。
しかし初心者にとって日本酒はなかなかハードルが高い。銘柄が多く、また製造法も多様、どうやら辛口とか甘口といった言葉だけで味を表現するのは間違っている(邪道)らしいし、素人にとってはなかなかとっつきにくく難しいイメージがある。しかし、酒選びのプロのいる店なら自分の好みの酒にきっと出会えるはずだ。
日本酒の可能性を広げる伝道師:ジェム バイ モト(恵比寿)
料理人や蔵元の方々に愛される日本酒のスペシャリスト千葉麻里絵さんが店長を務めており、千葉さんの酒に対する熱い情熱と創作料理、そして銘酒のラインナップが多くの人を惹きつけているジェム バイ モト。ガラス窓のエントランス、コの字形の木のカウンター、アンティーク調のおしゃれな内装、小さめの可愛い洋酒グラスというスタイルは日本酒=和風という固定観念を裏切ってくれる。おつまみのメニューもユニークで日本酒とのペアリングも楽しめ、ブルーチーズのハムカツ+どぶろくといった風に意外な組み合わせで日本酒の幅広さを感じさせてくれる。
この日はココナッツ風味の煮込み、ハマグリ揚げ、カルパッチョ、ジュンサイとミョウガの酢の物などとそれらに合わせお酒を頼んでみた。メニューを見ても分からない、そして自分の好みすらわからない!という私でも、拙い言葉で好みの味を伝えたり、提供されたお酒にコメントしたりするだけで、理想のお酒に出会うことができた(その名は「而今」)。通な人はもちろん、日本酒初心者にも多種多様な方法で日本酒の魅力を伝えてくれる、全ての客に優しい店。できる限り新鮮な状態で飲み切るために4合瓶のみを揃え、-5℃の冷蔵庫で徹底したお酒の管理のもとに、惚れ抜いた蔵元の銘酒だけを出す。日本酒愛に溢れた千葉さんの店、きっと日本酒の新しい魅力に気づかされるはずだ。彼女出演の映画、漫画本も出ているので見ると興味がわくはずだ。
和のつまみと店主の愛溢れる日本酒トーク:ウメバチ(渋谷)
渋谷駅からすぐ、看板のない隠れ家的な日本酒バー。日本酒は常時50~60種類のストックがあり、うち10種類をフレッシュなラインアップでローテーションしているそうだ。店主の梅澤さんは、もともと日本の伝統や文化を伝えるプロジェクト「富士虎」の一員として、全国各地の酒蔵や工芸作家を訪ね歩いており、そこで出会った料理や酒、器を店で出している。その土地で愛されている味を知ってもらいたい! との思いで現地の酒屋から仕入れた、味わい深く珍しい日本酒が魅力。ここでしか味わえない酒がある! とおいしいもの好きたちが殺到している。
朝絞めの鶏を仕入れ、刺身や鍋などで提供しているが、中でも人気なのがささみ昆布〆だ。しっとりみずみずしい肉の食感と、噛むほどに鶏と昆布の旨味が滲み出て日本酒がどんどん進む。もも、レバー、ハツなど新鮮な鶏刺しも絶品。塩やワサビを付けて、キリッと強めで清やかな純米吟醸とともに。パクチーしゃぶしゃぶやクレソンしゃぶしゃぶ、舞茸のにゅうめんなど〆におすすめな温かいメニューも健康的で大人にはうれしい。
そば屋なのにつまみのレベルがピカイチ!:そば処 福島屋(駒場東大前)
ファッション業界の若手スタイリストやエディターたちに絶大な支持を誇る町のおそば屋さん。人気の理由を聞くと、「とにかくつまみがうまいから!」「つまみを食べすぎてそばまで辿り着かない」そうだ。美食ストリートとして近年話題の淡島通り沿いの店、外観はいたって普通のそば屋、中に入っても田舎のそば居酒屋風の渋い雰囲気だ。客層はご近所の子連れファミリー、アパレル系若手メンバー、奥の席には70オーバーと思われる男性の集まり。雑多な雰囲気が自然で心地よい。
日本酒の種類は、有名どころの地酒が7種類、迷わせないけれど大事な銘柄は押さえていて好感度は高い。特記すべきはつまみメニュー。かつお土佐造り、霜降り馬刺身、イワシのなめろう、ズワイガニほぐし身かにみそ入り、モツ煮込み、チーズメンチ、納豆オムレツと魚料理からお子様メニューまでなんでも来い。何を頼んでも想像を超えるレベルの高さで驚く。私は水ダコポン酢、モツ煮、トウモロコシとソラマメの天ぷら、刺身など軽く抑えて〆のそばをいただくことに成功した。グラスで日本酒2杯、つまみからそばまで食べて1人4,000円ほど(3人で訪問)。安く飲みたいアパレル系男子たちに人気なわけだ。
日本酒の魅力を知ってからというもの、行きたいお店が無尽蔵に増えて、スケジュール組みに苦戦している。代々木八幡の「酒坊主」はマストだと聞くし、予約の取りにくい名店「産直屋 たか」にも行かねば。神泉の「うつらうつら」も気になっている。来週は女友達と「七草」に、再来週は目黒の「コメコメ」に訪問予定。この通り、ディナーの予定のほとんどが日本酒のお店で埋まっている。一緒に行くのは、仕事関係の友人たちだ。
ミニマムな材料から果てしなく広がる世界に夢を感じていたり、まだ詳しい人が多くない日本酒に、先んじて詳しくなりたい!という開拓者精神もあったりする。まだまだおしゃれ業界の人々は日本酒初心者。新しいおいしさを知ってワクワクしているところだ。