新店が続々とオープンし、白熱する寿司界
江戸前寿司の勢いが止まらない。
ここ数年、世界的な寿司ブームの煽りを受けてか、新旧合わせた寿司の名店、高級店が群雄割拠。いずれも予約が取れない盛況ぶりだ。いい加減、そろそろ店も頭打ちになってくるかと思いきや、さにあらず。
去年の暮れから今年にかけ、新店が続々とオープン。ご存じミシュランの三ツ星店「鮨 さいとう」出身の「恵比寿 えんどう」や、東京・阿佐ヶ谷と日比谷で絶大な人気を誇る「鮨なんば」出身の「鮨みうら」。そしてあの金沢「小松弥助」と、熟成寿司で知られる「鮓 ふじなが」の2店で修業した「鮨 よし田」等々、名店出身の若手が相次いで独立。その一方、ホテルでも、マンダリン オリエンタル 東京の「鮨 心 by 宮川」、ザ・ペニンシュラ東京の「鮨 和魂」とめまぐるしいまでの新店ラッシュ。予想に反し、ますますの白熱ぶりを見せている。
注目の新顔「鮨 在」
そんな渦中にあって、この5月20日にオープンした注目のニューフェイスが、ここ「鮨 在(ざい)」だ。
場所は、都会的な雰囲気の中にもどこか庶民的な昔懐かしい趣が残る、東京・広尾商店街のど真ん中。真新しいビルの5階まで昇れば、静寂の空間が現れる。数寄屋造りの店内は、聚楽壁(じゅらくかべ※)に吉野檜のカウンターと 純和風の設いながら、どことなくモダンな雰囲気が漂う。
※京都の聚楽第跡地付近で取れた良質な土を使って仕上げる伝統的な土壁
「店名の『在』とは在郷の略で、ふるさとを意味することば。お客様一人一人の心の帰る場所を作っていく……との思いを込めて名付けました」とは、大将の岡田貴裕さん。ミシュランの星を持つ六本木「鮨 由う」で料理長の片腕として、その一翼を担ってきた逸材だ。
街場の大衆店から江戸前寿司の老舗、そしてあの銀座「かねさか」系列の高級店まで幅広いタイプの店で修業を重ねてきた岡田さんだけに、柔軟な発想が持ち味だ。「店のコンセプトは“伝統と革新”」との言葉通り、オーセンティックな江戸前の仕事を重んじつつも、そこに自らの感性を加味したけれんみのない寿司が身上だろう。
例えば、写真の煮ホタテの軍艦。煮ホタテとは、文字通り、煮ハマグリのように生のホタテを煮たもので、江戸前の古い仕事の一つ。通常は軽く潰して握りにすることが多いが、岡田さんはほぐして軍艦巻きにアレンジしている。最近ではあまり見かけなくなった江戸前の仕事をもう一度見直すと共に、それをそのまま出すのではなく、一工夫し、新しい形にして提供するその姿勢が好ましい。
また、コハダも岡田さんの愛する寿司ダネの一つ。40分ベタ塩(※)にし、割り酢で洗ってザルに立てかけ30分置いたコハダは、2日ほど寝かし、酢の角をとってから使用。海老オボロをかませて握るのも昔ながらのスタイルだ。程よい酸味がコハダ特有の風味を引き立て、しっとりとした身が舌にすんなりと馴染む。さりげなく挟んだ海老オボロが、コハダと酢飯とのバランスを品良くとりまとめている。
※上下から挟むように大量の塩をふること
このコハダに焦点を合わせたという酢飯は、赤酢がメイン。米は赤酢の旨味に負けぬだけの力強さがある山形つや姫を選び、「米と赤酢の甘みがスッキリまとまるよう、米酢を少しだけブレンドしている」そうだ。
スタンダートな握りが続く中、時に手渡しされるのどぐろの手巻きやウニと毛蟹の手巻き握り(こちらは握りというよりもつまみだが)など意表をつく一品がタイミングよく登場。コースの流れにメリハリをつけると共に、味わいの華やかさを演出している。
つまみも寿司同様、てらいなく丁寧な仕事を感じさせるものばかりだ。コースの最初に供される茶碗蒸しは、蒸し物というよりも吸い物というべき柔らかさ。金目鯛のしゃぶしゃぶにしても、脂がのりつつ、身のプリプリとした歯ざわりを残した火の通し加減が絶妙。そして、ねっとりとした中にも穏やかな甘みを舌に残すあん肝等々、誠実なおいしさだ。
更に、見逃せないのがペアリングの妙。マネージャーの保坂卓さんが、ワインや焼酎、日本酒とそれぞれのつまみや寿司ダネに応じ、それらの温度感まで考慮したうえでコーディネートする一杯一杯は、味わう楽しみを倍増してくれるはずだ。
コースは、つまみと握り合わせて約20品で20,000円。ペアリングは約10杯で10,000円。
※価格は税抜