【おいしいパンのある町へ】

Vol.25 東京・勝どき「オリミネベーカーズ」

今やグルメ情報の収集ツールとして欠かせない存在となっている、SNS。日々大量にアップされる食のシーン。なかでも、人々の目を引くのは、やはりインパクトのあるもの。パンも例外ではなくひとたび検索をすれば、具材や形豊かな創作パンがずらりと並ぶ。ある日、いつものようにソーシャルメディアを巡ってリサーチしていたときに目を奪われたのが、イイダコが丸ごとドーン!とのったパン。

こちらのメニューは「オリミネベーカーズ」のもの。かつて東京の魚市場として栄えた築地に2011年、本店をオープンした。土地柄を生かしたシーフードを使った創作パンのほか、シグネチャー商品とも言える食パンが話題を呼び、地元の人だけでなく、全国から人が集まる人気店へと成長。今では本店の「築地七丁目店」のほか、「勝どき店」、「新大橋店」と、全3店舗を展開する。

トルコ発のサバサンドの知名度も考えればわかるように、近年のパンブームもあってか、魚介類を使ったパンも珍しくない時代。しかし8年も遡れば、状況はまったく異なるはず。アイデアが光るバリエーション豊かな商品は、どのように生まれているのか? その秘密を探るべく、最も多くの客数を誇るという「勝どき店」を訪れた。

築地の老舗折箱屋の社長が、パン屋経営に踏み込むまで

今回話を伺ったのは、本店のオープニングから携わってきた店長の藤井公彦さん。まずは「オリミネ」という名前の由来を伺ったところ、「じつはオーナーが、築地で80年以上続く折箱屋『つきじ折峰』の3代目社長でして」という驚きの事実が! 「オーナーは築地で生まれ育ったにもかかわらず、小さい頃から大のパン好きだったそう(笑)。“築地の魚とパンを掛け合わせたらおもしろいんじゃないか”と思い立ち、社長業をこなす傍ら、自ら製パン学校に通い始めたんです」

パンや洋菓子を詰めるギフトボックスは、もちろん「つきじ折峰」製。

バイタリティに富んだオーナーの行動力は、学ぶだけに止まらず。なんと学校で出会った講師をスカウトし、パン屋のオープンに踏み切る。「オーナーが経営とアイデア提供、スタッフがレシピを考案するという分業が、この店が持つ唯一無二のオリジナリティの秘訣だと思います」と、藤井さんは明かす。

「僕もそうですが、毎日店に籠もってパンを作り続けていると、どうしても頭が硬くなる。“このパンはこう”と、知らぬ間にルールに縛られてしまうんですね。対してオーナーは、すごくフレキシブルな考えの持ち主。おいしいものを求めて世界中を旅しているので、食の知識も経験も豊富で。こちらが思いもつかぬような食材や組み合わせ、製法を提案してくれ、ハッとさせられることの連続でした!」

人気があるだけでは、ダメ。「日々の食卓に並ぶパン」を目指して

見事なチームワークで、ユニークな創作パンが続々と誕生。しかし「オリミネベーカーズ」が誇る人気商品は、創作パンだけに限らない。店名を掲げた「折峰食パン」を筆頭に、4種類ものラインナップを誇る食パンはどれも売り切れ必至。加水率の高い「バゲット」など、ハード系の品揃えもばっちりなのもうれしい。

「築地といえば、東京屈指の観光地。現に、創作パンを求めてたくさんの観光客が来店してくださっています。しかしパン屋は地元の人に愛されないと意味がない、というのがオーナーのモットー。そのためには食パンなど、日々の食卓に並ぶベーシックなパンにこそ力を入れるべきだ、と。また、毎日食べても体に支障をきたさぬよう、防腐剤、乳化剤などは一切不使用。イーストも最小限に抑え、時間をかけてゆっくりと味を深める製法を用いています」

 

使用する小麦粉は国内外から厳選された10種類。それぞれの特性を生かし、具材や製法をアレンジしたパンは、築地・勝どきエリアに住む人々の食卓になくてはならない存在に。

「お客様の8割は地元の方で、そのほとんどの方が何度もリピートしてくださっているお得意様。『ここのパンを食べると、ほかのパンが食べられなくなる』というお言葉が、スタッフの励みになっています。また地域には外国人の方も多いのですが、以前フランス人のお客様から『フランスのバゲットよりもおいしい!』と褒めていただいて。感無量でした! ただイイダコのパンをすすめると、『これはちょっと……』と苦笑いされてしまいましたが(笑)」

 

「築地に来たついで、ではなく、パンのついでに築地へ」という人が一層増えることを目標に掲げ、日々成長し続ける「オリミネベーカーズ」。ここで外してはならない、シグネチャー商品をご紹介。

ぷりぷりのイイダコを丸ごとトッピング! 「フォカッチャ いいだこ」

店が誇るユニークなパンのなかでも、ずば抜けたインパクトを誇るのがこちら。「築地場外の魚屋から入荷する新鮮なイイダコを使用しています。イイダコそのものの風味を邪魔しないよう、フォカッチャの生地は味付けを最小限に。オリーブオイルをたっぷりと練り込んでしっとりとさせ、歯切れ良く。噛み応えのあるイイダコと一緒に食べたときに、食感のバランスがいいな、と」

 

「イイダコはまず、アンチョビ、ケッパー、オリーブオイル、ニンニクでソテー。トマトソースを敷いたフォカッチャの上にのせたら、最後にパルメザンチーズを振りかけて香ばしさを加えています」。軽くトーストすると、イイダコのぷりぷり感&生地のふんわり感がアップ。ほどよい塩気のあとにオリーブオイルの風味が口いっぱいに広がり、「ワインのおつまみとしても大人気」という言葉に深く納得。298円(税込)。

タコが苦手!という人には、釜揚げしらすをたっぷりと盛り付けた「フォカッチャ しらす」を。「ゴマと大葉を加えることで、魚の持つ独特の臭みを軽減。そのため、魚があまり得意ではない、という人にもご好評をいただいています。またオーブンに入れる前に、霧吹きで日本酒をスプレーしているのもポイント。しらすに水分が加わり、表面はカリッ、中はふんわりと、異なるしらすの食感を味わっていただけます」。298円(税込)。

ずっしり、もちもち! 1枚で大満足の「折峰食パン」

「オリミネベーカーズ」でトップのセールスを誇る食パンシリーズのなかでも、藤井さん一番のおすすめが「折峰食パン」。もっちりとした食感、小麦の風味を最大限に引き立たせるため、完成に要する時間はまる4日間にも及ぶとか。「食パンの味の要が、酵母。うちはレーズンに砂糖を加え、まる2日かけてレーズン種を作っています。そこに小麦粉を加えて練りこんだら、低温でじっくり一晩寝かせる。そうすることで小麦の味わいが引き立ち、旨味が深まるんです」

手に持つと、ずっしりとした重みにびっくり。「旨味を最大限に味わえるのが、厚めの4枚切り。トーストしても水分を失わずに、風味を閉じ込められる。カリッ&しっとりという、食パンが一番おいしい状態に仕上がります。バターをさっとひと塗りし、シンプルに味わってください!」。一斤432円、ハーフ216円(ともに税込)。

炊きたてフレッシュカスタードがぎっしり! 老若男女に愛される「くまぱん」

ハード系や魚介類を使ったパンがメインだったオープン当初、子どもが喜ぶパンを作ろう!と考案されたのが、くまの形のクリームパン。子どもはもちろん、男性ファンも定着し、今ではパン単体での売り上げNo.1を誇る代表商品に。

「人気の理由は、濃厚なカスタードクリーム。生クリーム、牛乳、卵黄、バター、砂糖をゆっくりコトコト炊いて、香り付けにバニラビーンズをプラス。ミルクの風味をしっかりと感じられるよう、毎朝、店頭で手作りしています。パン生地は甘さを控えつつ、しっとりさを強調。ケーキほど重くなく、菓子パンよりも満足度が高い!と、お年寄りの方にもリピートしていただいてます」。123円(税込)。

ジューシーなのにさっぱり。肉厚な鯖が食べ応え抜群な「鯖サンド」

今や珍しくなくなったトルコの名物「鯖サンド」を、2011年のオープン当初から提供していた「オリミネベーカーズ」。バゲットに鯖の塩焼き、という本国の味わいにアレンジを利かせており、「本場以上」と呼び名高い一品。

 

「築地場外で仕入れる鯖は塩胡椒してから、オリーブオイルをかけてオーブンでこんがりと焼きあげる。本場ではスパイスをふんだんに使用したソースをかけますが、うちはあえてシンプルに、鯖の味を生かそうと。鯖の油の旨味を消さずに臭みを和らげるため、うすくスライスしたレモンとオニオンスライスを添えています」

 

国産小麦を使ったチャパタは水蒸気で蒸し焼きにし、よりしっとり、もっちりとした食感に。上品な小麦の香りと、ジューシーな鯖、レモン&玉ねぎのさわやかなアクセントという3層の味わいが織りなす見事なハーモニーに、思わずうっとり。これからの季節、夏バテで食欲を失ったときにもおすすめだ。504円(税込)。

SHOP DATA

藤井さんに聞く、築地&勝どきエリアの一押しグルメ

フレンチのシェフという経歴を持ち、ランチの店選びにも手を抜かない藤井さん。勝どき店のオープン時から通っている、お気に入りスポットを教えてくれた。

やっと見つけた、東京イチおいしい味噌ラーメン! 「みそ熊」

「ラーメンのなかでも、味噌ラーメンが一番好き。ただ東京って、味噌ラーメンがおいしいお店がすごく少ないんです。ここでスープをひとくち味わったとき、味噌のコクと旨味に驚いたのを覚えています。スタッフもフレンドリーで、お店の雰囲気もピカイチ。冬は毎週のように通っています(笑)」

勝どきで知らぬ人はいない名店「とゝや」

「連日行列ができる老舗の焼鳥丼専門店。鶏肉の鮮度に加えて、たっぷりとかかった醤油ダレが、とにかく絶品。甘さ控えめでさっぱりしていて、重さがゼロ。つくね、もも肉、胸肉と、いろんな部位がのっていて、最後まで飽きません!」

撮影:岩城裕哉

取材・文:中西彩乃