〈レストランで社会貢献〉

2030年までの国際目標「SDGs」(=Sustainable Development Goals〈持続可能な開発目標〉の略)など、より良い世界を目指す取り組みに関心が高まっている昨今。何をすればいいのかわからない……という人は、まずお店選びから意識してみては? この連載では「食」を通じての社会貢献など、みんなが笑顔になれる取り組みをしているお店をご紹介。

今回は1973年に銀座の地で創業した、資生堂が経営する老舗フレンチレストラン「ロオジエ」。

ロオジエ(東京・銀座)

優雅な特別な時間を楽しめる店内  写真:お店から

銀座駅から徒歩6分ほどの場所にあるフレンチレストラン「ロオジエ」は、2017年から今年度まで「The Tabelog Award」を受賞し続け、6年連続でミシュランの三つ星を獲得し続けている名店です。グランメゾンに相応しい、品格と感性豊かな遊び心が同居する料理の数々を創造するのは、2013年にエグゼクティブシェフに就任したオリヴィエ・シェニョン氏。名店の歴史と伝統を継承しながら、新たな味を生み出そうと情熱を燃やし続けるシェニョン氏が現在取り組んでいるのは、環境再生型の農法「マイクロバイオーム農法」です。マイクロバイオームとは土壌や水中、私たちの体の表面などに存在している微生物コミュニティのこと。この多種多様な微生物叢そうの活用により、農作物の収穫量を増やしたり、化学肥料や農薬を減らしたりする農法が「マイクロバイオーム農法」なのです。

エグゼクティブシェフ・オリヴィエ・シェニョンさんに聞く「サステナブルな取り組み」とは?

オリヴィエ・シェニョン氏 撮影:CRAZY AD

マイクロバイオーム農法との出会いをお聞かせください

東京に拠点を置くマイクロバイオームの研究者が私に会いに来てくれたのがきっかけです。私の手のひらにいる微生物を調べたいとロオジエを訪ねてきました。寿司職人の手には「特別な微生物」が住んでいて、それが寿司をおいしくさせているらしく、それで私の手のひらにもいるであろう微生物を分析したいと私に会いに来てくれたのです。会話の中で、樹齢千年のオリーブの木と長寿の人から彼が見つけた微生物の話になりました。彼は長寿の人と樹齢千年の木から同じ微生物を発見し、その「特別な微生物」の増殖を成功させ、そこからマイクロバイオーム農法が始まりました。

具体的な取り組みについてお聞かせください

LE HATA
LE HATA   写真:お店から

ロオジエで使用する特別な卵づくりに協力してくれる養鶏農家を探しました。40軒もの養鶏農家に相談した中から、マイクロバイオーム農法での養鶏に佐賀県の若い養鶏家が手を挙げてくれました。彼の養鶏場で使用していた餌は、化学物質も抗生物質も含まれない自然のものだったので、私たちからは「マイクロバイオーム=自然の微生物」を提供し、その餌に混ぜて特別な卵を作りました。4カ月間ロオジエのために70羽の鶏を実験的に育ててもらいましたが、その4カ月間に病死した鶏は1羽もなく、産まれた卵も白身が締まった、本当に自然で健康な素晴らしい卵でした。鶏も元気で、彼の養鶏場では過去平均1日1羽病死していましたが、マイクロバイオーム農法を取り入れて、4カ月間1羽も病気になりませんでした。

他にも手を挙げてくれた人たちがいます。長崎県では同県の在来種・固有種の人参を使用し、ジュース用のニンジンを作りました。生産者によると、ニンジンは冬の寒さにより強くなったそうです。3年の実験を経てできた特別な人参ジュースは、味わったことのない唯一無二の味です。佐賀県ではとても香り豊かなサフランを作っている生産者にも出会いました。2023年に彼は農作地の一部にマイクロバイオームを使い、11月に収穫してみると球根がいつもよりわずかに大きく、通常1本のサフランの花に3本の雌しべがあるところ、今年は4~5本に増えていて、それは見たことも経験したこともない現象だそうです。

マイクロバイオーム農法に感じている可能性をお聞かせください

JARDIN D’ÉTÉ
JARDIN D’ÉTÉ   写真:お店から

このマイクロバイオームの研究者と仕事をしたいと思ったのは「自然の微生物」を発見し、増殖させているからです。この特別な微生物は畜産動物だけでなく、人間の健康にも良い影響を与え、また「自然の微生物」を使うという手法は、地球をいたわることにもつながります。抗生物質や害虫駆除剤・殺虫剤など、あらゆる化学物質を使わずに済むのです。

私はシェフとして「良いものを作る生産者・農家」を選ぶのではなく、良い食材を使いながら生産者や畜産業者が、より革新的なものを作る手助けをしていきたいのです。唯一無二の健全で、生産環境にとってもお客様にとってもおいしく、本当に自然なものを目指しています。生産者の中には化学肥料や殺虫剤の使用をやめるために農法を変えたいと望んでいながらも生産性の低下、つまり利益の減少を恐れて踏み出せないでいる人もいます。

私のモチベーションは、マイクロバイオーム農法で、本来の自然な農業を望む人たちの力になることです。おいしくできているのに、見た目の悪さで収益性や収穫量が減るのが不安だと言うなら、そういった作物を加工して別の付加価値をつけることが私にはできます。無駄に廃棄してしまうくらいなら、ゼリーやアイスクリームやシャーベットにする。別の商品に生まれ変わらせることができます。

もうひとつ重要な点として、日本の「消費者の意識」を変える必要もあると考えています。来日した時、その素晴らしさに驚き、今も素晴らしいと思っているのですが、果物にしても野菜にしても同じサイズ・形・量などすべて規格ごとに揃えられているのは見た目で判断し過ぎているからです。形が悪かったり傷がついていたりする果物や野菜を日本のお店や市場で目にするのはごくまれです。どの果物も完璧だと感心しますが、消費者のこういった意識を変えなくてはなりません。

これから実現したいことをお聞かせください

LES COQUILLAGES DE PRINTEMPS
LES COQUILLAGES DE PRINTEMPS   写真:お店から

まだアイデアの段階ですが、とある場所に子供の味覚の教育をする学校をつくりたいと考えています。学校といっても子供を連れて家族で来られるような場所です。自然に傷がついたり、ゆがんだりした本当に自然の野菜や果物を見せて、子供たちに食育の基礎である「体に良いもの、自然な食べ物とは何か」を学んでもらうのです。どれも大きさも色もまばらで形がそろった果物は一つもない。でもそのゆがみや曲がりは自然に育った印であると教え、味を知ってもらう子供たちのための食育です。子供たちのために、未来の世代のために大事なことだと思います。小さい時に学んだ食育の基礎は、成長しても彼らの中に残ることでしょう。大事なことです。是非実現したいプロジェクトですね。

よりよい環境や社会のために活動し続ける

生産者との出会いの中から、おいしいだけでなく、健康にインパクトをもたらす食材を共に生み出す努力を続けるシェニョン氏。提唱する「マイクロバイオーム・ガストロノミー」は、マイクロバイオーム農法で作られた食材を最大限に使って調理することで「健康と長寿」を可能にします。料理人の視点から生産者と共に環境問題に取り組み続けるシェニョン氏は、これからの未来についても思いを馳せています。海外から調達する食材の生産者の労働環境の改善に取り組み、自然本来の食材のあるべき姿を体感できるような子供たちの食育を通したプロジェクトを構想するなど、環境や社会がよりよいものになるよう日々努力を続けています。

詳しくは動画で

インタビュー動画ではオリヴィエ・シェニョン氏が料理に対する思いや、将来の展望などを語る。素晴らしい料理がどのようにできているのか、そのヒントが詰まっている。

文:佐藤明日香