人気企画“食のプロの履歴書”シリーズ。春のショートケーキに続いて、今回フォーカスするのはモンブラン。選者は同じく、元『エル・ア・ターブル』編集部でフリーエディターの河合知子さんと、『料理通信』の君島佐和子さん。思い出と食ツウならではのエピソードとともに、ストーリーのあるモンブランをそれぞれ3回にわけて、計6回更新でお届けします。

〈モンブランの履歴書〉
エディター河合知子さん編/Vol.2

和スイーツのブームも手伝い、変わり種にも開眼。“モンブラン愛”の新しい幕開けを感じた30代

私が、雑誌『エル・ア・ターブル』の編集部員になったのが2000年代前半。その頃から、パティスリーに並ぶ、モンブランのバラエティが広がっていった印象があります。特にさつまいものモンブラン、白あんを使用したもの、和栗に合わせて抹茶のメレンゲを使ったものなど、和の食材を使ったものや味覚のものが、どんどん登場していました。

 

当時の私は、スイーツ特集のリサーチや撮影のたびに、そんな新しい流れのモンブランを食べ比べていました。その経験を通して得たのが、10代に刻み込まれた“濃厚なフランス栗+シンプルな生クリーム”まっしぐらのモンブラン愛からの解放です。「もっといろいろな素材のモンブランを食べたい!」という気持ちへと、30代の私は駆り立てられていきました。

 

そんな風に“モンブラン愛”の裾野が広がるなか、和と洋の組み合わせの妙に衝撃をうけたのが、パティスリィ アサコ イワヤナギの「峠モンブラン」です。

私の“モンブラン愛”の幅を広げてくれた一品

パティスリィ アサコ イワヤナギ「峠モンブラン」

オープン時から話題になった人気のケーキ。通年販売。550円。

 

和栗とゆべしを合わせた、ペロリと食べられるデイリー・モンブラン

「モンブランの中心に、何を入れるか? これは、私にとっては大切な問題です。フランスの伝統的なモンブランは、中心にカシスのコンポートを入れることが多いのですが、パティスリィ アサコ イワヤナギの『峠モンブラン』には、黒糖くるみゆべしが入っています。全体の調和を崩さず、だけど食感と味のポイントとなっていて、感動します」と河合さん。

 

ゆべしを中に入れた理由を岩柳シェフに尋ねると、「ペロッと食べてもらえる、軽さのあるモンブランにしたかったというのが一番の理由です。また、和栗という和の素材がメインのケーキなので、日本の食材を合わせたいとも思いました」とのこと。

 

実はゆべしの中には、アーモンドをキャラメリゼしたものを入れて、モチっとしたなかに、カリッとした食感も楽しめる工夫がされている。

 

「洋酒は使わず、和栗の香りがストレートに伝わります。底部分に敷かれたアーモンドのクリームとキャラメルのソースを薄く塗ったタルト生地からは、塩味が感じられます。なんというか、少し甘じょっぱいモンブランで、お酒にも合いそう。ひとつひとつの素材が厳選されていて、バランスよく調和しているんです。強さではなくて優しさやたおやかさを感じさせるモンブランです」

 

栗は茨城産をメインに、フランスの栗ペーストを10%弱ほど混ぜてコクを足し、口当たりも良くしている。生クリームは乳成分38%だが、生クリームっぽくない、濃い牛乳のような味わいの生クリームを使用。しっかりした味わいだが、ところどころに軽やかな味わいになる工夫が施されているのがポイントだ。

 

不思議な三角形をしたフォルムにも意味がある。「モンブランは山なので、全体を山形にして、山肌も再現しています。私たち夫婦はロードバイクが趣味なのですが、頑張って峠を越えて、山の一番上でご褒美=和栗を食べ、また急な坂道を下って帰るという、その峠越えの物語も込めています(笑)」

取材班が見つけた、「あ、これもください」

信州りんごと、夫の実家のフルーツ農園から取り寄せている甲州産富有柿を使用。600円。

 

タタン好きも驚く、新食感&風味のりんごと柿の絶妙コラボ

りんごと柿のタタン

味わいは王道のタタン。でも、食感と味わいに岩柳さん流のアイデアが光るのがこちら。

「本場フランスのタタンは、型の中にキャラメルと生のりんごを入れ、パイ生地を上にのせて、オーブンの中で煮ながら焼いていきます。でもこれだと、りんごの中心までなかなか火が通らず、キャラメルの味も染みにくい。生地のサクサクとした食感も得られません。

 

そこで私は、まず柿とりんごをキャラメルでクタクタになるまで煮込み、それから型に入れて焼き上げました。そうすることで、キャラメルがしっかりと染み渡った、凝縮したりんごと柿の果実が焼き上がります。そして提供する前に、アーモンドクリームを塗った、ブリゼという甘くないタルト生地と合体させています」と岩柳シェフ。

 

上と下を別々に作るので、タルトのサクサクさと、りんごと柿がほろほろと崩れていく食感、じっくりと火を通した果実のほっくりとした甘さも味わえる。りんごだけでなく柿も入ることで、味に奥行きが出るだけでなく、日本の秋を感じられるのもうれしい。

SHOP DATA

季節のフルーツを使った、宝石箱のようなスイーツを

建築家の夫が設計を担当したシック&モダンな店内。正面のショーケースには、フルーツを使ったケーキやパフェが並ぶ。カフェのほか、クレープやガレット、ジェラート(テイクアウト)も販売。

 

「“今、お客さんはどんなものが食べたいか”ということを常に考えながらお菓子作りをしています。気候によって、一週間単位でも食べたいものって変わるので、その時期にあった味をご提供したいと思っています」と岩柳シェフ。

 

そこで重要になってくるのが、旬のフルーツ。お菓子に使うフルーツは基本的に産地直送で、山梨県甲府市で4代続くフルーツ農園が実家の夫と一緒に、それぞれのお菓子に合う品種を探すそう。また、一番の食べごろを見極めて使用するのはもちろん、保管法もフルーツごとに変えていて、「常にベストな状態でお客様に食べてもらえるようにいろいろ工夫しています!」のだそう。

CHEF’s PROFILE

岩柳麻子(いわやなぎ・あさこ)

18歳からフランスに通い始め、7年間にわたり独学でお菓子作りを学ぶ。2005年には「パティスリィ ドゥ・ボン・クーフゥ」をオープンし、10年間シェフを務める。2015年には、世田谷区・等々力で自身の名を冠した「パティスリィ アサコ イワヤナギ」をスタート。なかでも月替わりの季節のフルーツを使ったパフェは大人気。

 

おしえてくれた人

河合知子(かわい・ともこ)
フリーランスエディター/ライター。早稲田大学卒業後、株式会社婦人画報社(現ハースト婦人画報社)入社。料理雑誌『エル・ア・ターブル』編集部にて、料理、スイーツ、ワイン等の記事を手がける。在職中に「ル・コルドン・ブルー東京校」でフランス料理と菓子を学び、ディプロム取得。2012年に独立し、食に関する記事と書籍の編集・執筆のほか、フードイベントの企画・運営も行っている。編著に『東京最高のパティスリー』(ぴあ)、『細山田デザインのまかない帖』(セブン&アイ出版)、『冷凍生地で焼き立てパン』(地球丸)など。

 

取材・文:神山典子

写真:山下みどり