津軽百年食堂に、酸ヶ湯そば青森駅前の名物グルメ……と、青森の美味しいローカルグルメに注目するライター我妻弘崇さん。そんな彼が「今こそ注目すべきです!」と、この冬熱くリコメンドするのは「駅そば」。今でなければいけない、そのわけとは?

乗り遅れにご注意を。最後の一杯を食べに行こう

店内の様子

 

街中にある立ち食いそば・うどんとは違い、駅構内、またはホームに構える「駅そば」は、どこか郷愁や旅情を感じさせる、せわしない現代日本人のソウルフードと言えるかもしれない。

現在も、大手鉄道事業者が手がける「駅そば」は数多く目にする機会があるが、その一方でローカル鉄道と寄り添うように存在し続けた「駅そば」がひっそりと閉店するケースは少なくない。

 

三沢市古間木山にある、青い森鉄道・三沢駅。

その隣には、まるで時が止まったような十和田観光電鉄線(通称・とうてつ)の旧三沢駅舎がある。

再開発のため、来年取り壊されることが決まっている旧三沢駅舎。そこで50年以上、そばを作り続けてきた三沢駅食堂の「とうてつ駅そば」がもうすぐ終点を迎えようとしている――。

この郷愁、この旅情……。これぞ駅そばの醍醐味!

駅舎の入口

 

1922年に開業した十和田観光電鉄線(三沢駅~十和田市駅間の14.7km)は、惜しまれながらその役目を2012年に閉じることになった。

 

ところが、東京オリンピックが開催された1964年(昭和39年)に誕生したとうてつ駅そばは、人々から愛され続けていたこともあり、2012年以降も暖簾を掲げている不思議な存在だ。

なぜ取り壊しになってしまうの?

「一度、2000年頃に老朽化を原因に取り壊しの話がありました。しかし、話が進むにつれ、レトロな旧駅舎ととうてつ駅そばは残すべきなのではないか、という意見が集まり現在に至っています。とは言え、もう限界。今までよく頑張ってくれました」と感慨深げに話すのは、十和田観光電鉄株式会社・販売課長の畑中恭平さん。

 

三沢駅周辺の再開発を受け、とうてつ駅そばも2019年4月頃までには取り壊されることが、正式に決まったのだ。

「三沢駅食堂」入口

 

外観はまるで映画のセットのよう。たまたま居合わせた、旅行で訪れたという大阪の60代女性が、「え~! まだこんな駅そばがあるの~。懐かしいわ~!」と、慣れない手つきでスマホのカメラを操作する。

 

駅舎の雰囲気と、駅そばの門構えが、「ここの駅そばは食べておかないと……」と思わせるほど、その佇まいは人をひき付ける。

窓の外には十和田観光電鉄線の旧ホームが。深い郷愁にかられる

“昭和”の香りが息づく駅舎

開店した60年代は、高度経済成長期を迎えるなど、日本に活気があふれていた時代だった。

 

「最盛期は1日平均500~600人ほど来店していました。たくさんの方が、この駅から出発する十和田湖行きのバスに乗車していたんです」と畑中さんが回想するように、十和田湖観光の拠点として旧三沢駅舎は大盛況だったという。

 

しかし、60年代半ばを過ぎると、3C(カラーテレビ・クーラー・カー)と呼ばれる生活スタイルの変容により車社会が到来。徐々に利用者は減少していく。

駅そばができる以前の三沢駅。今も面影を残す入口が印象的

 

「現在、駅舎の二階部分は立ち入り禁止ですが、当時は二階にレストランがあって、一階は駅そばと売店がありました。ですが、売上が芳しくなかったため、1980年代になると駅そばだけが生き残りました。裏を返せば、駅そばだけは売上が良かった。安くて、早くて、出来立てで、美味いものというのは、いつの時代も愛され続けるということでしょうね」と畑中さんは話す。

シンプル・イズ・ベストを証明する人気No.1の「天ぷらそば」

お腹いっぱい食べたいという人は、天ぷら、山菜、生卵がたっぷりとトッピングされた「スペシャルそば」470円(税込)がいいだろう。

だが、開店当時からある「天ぷらそば」400円(税込)をオーダーしたくなる。雰囲気のある場所には、シンプルなものが似合う。人気No.1そばというのも妙に納得だ。

 

キャリア20年を越えるおばちゃんが作るレトロ駅舎の駅そば……考えようによってはこんな贅沢なそばはないかもしれない。

天ぷらそば

 

つゆに浸る天ぷらがちょうど良く、衣がそばと絡み合う。だしの香りが効いたつゆも、さっぱりとして美味しい。

しょっぱい味付けを好むと言われる青森県にあって、濃くないつゆというのは意外だが、身も心もお腹いっぱいになる一杯であることは間違いない。

 

何より50年以上続いてきた駅そばを食べることができたことに、大きな満足感を得るはず。

記憶に残る光景と味わいを、今こそ体感しに行こう!

「12月いっぱいまで、とうてつ駅そばは健在です。取り壊し後は、他の場所で仮店舗として再スタートします。この雰囲気をなんとか再利用したいと考えてはいるものの、現状は、まったく新しいお店になる予定です。一人でも多くの方に、こういう駅があったこと、こういう駅そばがあったということを知ってもらえたらうれしいですね」

 

役目を終え、終着駅へと近づくとうてつ駅そば。昭和を駆け抜け、平成が終わろうとベルが鳴る中で、時代の証人とも言える駅そばを求めて、最後の駆け込み乗車をしてほしい。

 

 

取材・写真・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)