〈食を制す者、ビジネスを制す〉

本屋めぐりの醍醐味とは

書店で企画のヒントを得る

最近、都内でも閉店する書店が目立つようになった。新刊書店だけでなく、古書店も。先日は行きつけの渋谷の古書店がなくなっていることに気づいて、哀しくなった。かつて出版社に勤務していたころ、いつも暇を見つけては通っていた店だった。少なくとも週3日は通っていたと思う。店先に100~200円の古書が並んでいる入りやすい店で、文学、古典、歴史、美術、哲学、キリスト教などのジャンルを中心に、良心的な値段で良い本が提供されていた。

 

落ち着ける空間だった。仕事で疲れたときによく通った。店内にはクラシックのBGMが聞こえるか聞こえないかくらいの音量で流れていて、眼光鋭い江戸っ子のオヤジさんが奥で構えている。オヤジさんとはほとんど話をしたことはない。何度も本を購入しているので、お互いに顔は認識しているのだが、話すと静かな店内の雰囲気を乱すような気がして、いつもアイコンタクトで「ありがとう」「こちらこそ」と気持ちを表していた。

 

青山学院大学の近くだったので、ときには大学の先生も訪れる。古典芸能の専門書についてオヤジさんと先生との会話に聞き耳を立てていると、ついつい関連本に手を伸ばすこともあった。キリスト教についても最初は興味がなかったのだが、何度も棚を眺めているうちに自然と興味を持つようになって、いくつか本を購入した。

 

『太陽』『東京人』『ブルータス』といった雑誌の昔のバックナンバーもあった。編集者だったから、ときどき特集企画の参考にした。今も昔も人が興味を持ったり、考えたりするポイントは一緒。先輩たちの仕事を拝見しながら、企画づくりのヒントを得ようとした。

実物の村上春樹にも会えた書店

書店は単に本を購入するところではない。一つのリラックス空間とも言えるし、書棚を見ながら、企画を考えることもできる。または、今何が流行っているのかもわかるし、知る人ぞ知る世界を知ることもできる。しかも、ときどき有名人に遭遇することもある。

 

例えば、表参道にある青山ブックセンター本店では、有名人をよく目撃した。中でも一番驚いたのが、あの作家の村上春樹に遭遇したときだ。確か夏の頃だった。グレーのポロシャツに半パン。ナイキのシューズを履いていた。日焼けした顔にサングラス。肩にトートバッグをかけて、そこからペーパーバックがはみ出ていた。

 

いかにも皆が想像するような「村上春樹」なのだが、だからこそ、感動した。そして、気付かれないように横目でちらちら見ながら、さりげなく後を追うようにして観察し、めったにない機会をどう活かそうかと考えた。

 

そうだ。サインしてもらおう。そう思った。でも、自分のカバンの中には、ノートと手帳しかない。さすがにノートでは失礼だろう。そこで著書を購入することにした。私は急いだ。少々思案して何度も読んだ『国境の南、太陽の西』を手に取り、急いでレジに向かった。村上春樹はまだいる。急げ。ところが、レジのお姉さんの動作が丁寧過ぎて遅いのだ。こんなときに限って、ゆっくりと本にカバーをかける。おつりにも手間取る。

 

早く、早く……。しかし、遅かった。レジから振り向くと、村上春樹はもういなかった。もっと早く声をかければよかった……。自分のチキンハートにあきれたが、確かに村上春樹を見たという感触は残った。これが作家か。実物の作家を見たことは、のちに大いなる自分の人生の糧となった。

青山にある地下の中華料理店

良い書店がある街には、良い飲食店がある。表参道でよく通った店に中華料理店の「ふーみん」がある。地元の名店の一つで、場所柄、ファッションや広告関係の業界人らしき人が多く、ここで食べていると自分もクリエイティブな人たちに仲間入りできたような気がして気分が盛り上がった。しかも店内はオープンキッチンで開放感があり、厨房の熱気が伝わってくるようで、活気もある。こちらでよく食べたのは、名物の「納豆ごはん」だ。要は納豆チャーハンのこと。ラーメンも定食も食べたが、やはりこの納豆ごはんに落ち着くのである。安定した味で、何度食べても飽きない。店に行くと、テーブルの上には食べ放題のザーサイがある。ランチのみ無料で、こちらも名物だ。このザーサイをつまみながら、納豆ごはんがやってくるのを待って、納豆ごはんがやってきて、またザーサイをつまむのである。

 

「ふーみん」は中華風家庭料理だから、高級店のように格式ばってはいない。しかし、街場の中華料理店とも少し違ったテイストだ。なんとなくあか抜けている中華料理店とでも言おうか、オシャレな客層だし、小原流会館の地階にあり、知る人ぞ知る感じもあるので、仕事関係のランチで使うと、一目置かれるかもしれない。

 

私は「ふーみん」でランチを食べた後、よく青山ブックセンターに行った。お腹を満たしたあとに、さらっと書店を覗く。そんなとき、ちょっとした思い付きで買った本が、良かったりする。偶然、想定外の本に出合う。それも書店の良いところだと思う。

出典:アオバ★さん