【噂の新店】実朴

“飾り気がなく真面目なこと”。そんな意味を持つ店名そのままの和食店が、この7月、恵比寿にオープンした。その名も「実朴」。上質な味を、肩肘張ることなく、食べたい料理を好きなように食べられる。そんな願ってもない一軒の誕生だ。

内観

陣頭指揮を執るのは、若き気鋭の坂本將料理長、31歳だ。宮城県気仙沼出身の坂本さん。父方の実家が割烹を営んでいたこともあり、物心ついた頃から自然に料理に興味を持ちはじめたとか。「祖父が作ってくれたカレーライスやすき焼きもお皿までおいしくて。食いしん坊だったこともあり、幼稚園のときには、もう、料理人になるって作文に書いていましたね」と笑う。その思いをバックアップしたのは祖父だけではない。父親も然り。小学校低学年の頃に買ってくれた漫画は「クッキングパパ」と「味いちもんめ」だったというから、息子の進む道をさりげなく示唆していたのかもしれない。「父も食い道楽でしたから、多分、本人も料理人になりたかったんじゃないかな、と思うんです。」と語る坂本さん、そんな父親の夢と共に料理の世界に飛び込み、「和食をやるならやっぱり京都」と、東京を飛び越えていきなり京都へ。京都調理師学校で2年間学んだ後、修業先に選んだのは木屋町の寿司割烹「蘭」。知る人ぞ知る老舗である。

坂本將料理長(31歳)

「『蘭』では、和食の技術的なことはもちろん、料理人としての基礎的な部分も教えていただきました。食材に関してもいろいろと学ぶことは多かったですね。老舗の強みというか、鯛にしても“担ぎの鯛”など昔ながらのいい食材を使っていましたから」と坂本さん。場所柄、先斗町をはじめ祇園や宮川町など花街の客も多かった同店のこと、「花街の歴史など京都の裏側の部分も随分耳にした」そうだ。この「蘭」で修業に励む傍ら中央市場の魚屋でも働いていたそうで、毎朝4時に市場に出かけ、その後、9時に「蘭」の厨房に入るというハードな日々を3年間も続けたという。全ては、より魚を覚えたいとの思いからだ。アルバイト時代も含め、都合7年間「蘭」で研鑽を積んだ後、宮川町の割烹「安久」に移り、更に腕を磨く。「『安久』で海外にも行かせていただいたことは、いい経験になりました。良い意味で気が抜けたというか、固定観念に縛られることなく、料理に向き合えるようになりました」と坂本さん。また、「安久」では、徹底した“お客様ファースト”のスピリットも身につけられたという。

最初の先附とお椀

30歳までには独り立ちしたい──そう思っていた坂本さんの背中を押したのが、数々の名店を世に送り出してきたレストラン界の名伯楽・林亮治さん。知人の紹介で知り合い意気投合したとか。「僕自身は、肩肘張らずに楽しめる居酒屋みたいなお店をやりたかったんです。それで、林さんとも相談して、居酒屋以上割烹未満といった(こんな感じの)店にすることにした」そうだ。それゆえ、コースはなくアラカルトオンリー。最初の先附とお椀、そして食後のデザートのセット3,500円はマストでつくものの、後はご自由に、というわけだ。

渡されたメニューに並ぶ料理は、ざっと60種余り。居酒屋定番のポテトサラダや手羽先の唐揚げ、鯵フライといった気取らない一皿からすり流しや飯蒸し、すっぽん鍋といった割烹はだしの一品まで実にバラエティ豊か。加えて〆の食事も、お決まりの土鍋ご飯をはじめ親子丼あり、鯖寿司あり、素麺にカレーライスまで食いしん坊の胃袋を鷲掴みにする味がずらり。今夜は何を食べようか、と迷うこと必至。だが、それもおいしいひととき。まずは、先附の海苔クラッカーを肴に一献傾けつつ、じっくりと今日の戦略を組むといい。

アラカルトメニューは60種ほど

ワインや日本酒と共に小鉢物を数品頼み、〆に一口サイズの素麺や炊き込みご飯で締める手もあれば、前菜代わりに小鉢を1〜2品、続いてお造り、焼き物、揚げ物に土鍋白ご飯と自分なりのコースをカスタマイズするもよし……。と迷う間に運ばれてきたのはセットのお椀。蟹真薯にキクラゲをあしらっただけの極めてシンプルなお椀だ。坂本さんによれば「これって、ある意味僕の(料理人としての)エゴなんです。今まで修業してきた成果というか、学んできた料理を知ってもらいたい、何か凛としたものを出したかったんです」もとよりお椀は和食の華。料理屋の品格は出汁で決まると言ってもいい。そこに、料理人の美学も反映されるからだ。

そっと顔を寄せれば澄んだ香りが鼻腔を抜け、一口啜ると淡いようで芯のある旨みが味蕾を潤す。その旨みのバランスも見事。余韻も綺麗だ。聞けば、昆布は真昆布。これを、70度に温めた水に1時間ほど浸して旨みを抽出し、昆布を取り出した後、100度まで熱したらめじ節を入れてそこで加水してやや冷まし、めじ節を加えるのが坂本流。「鰹節だと、いらない酸を感じる」からだ。椀種の蟹真薯も、繋ぎはほんのわずか。ほぼ蟹の身のみの潔さだ。

さて、メニューに戻ろう。端から端まで矯めつ眇めつ目移りする中、初めてということもあり、まずは店名を冠したメニューを頼んでみることに。“実朴のポテトサラダ”660円と“朴焼売”550円だ。“実朴のポテトサラダ”は、メニューの一番初めに記されていることからも、同店のシグネチャーの一つと推察。にもかかわらず、運ばれてきたそれはマッシュされたじゃがいものみの素っ気なさ。だが、ヴィジュアルこそ地味ながら口にするや、きめ細かな芋の舌触りと共にさまざまな味わいが口中に広がった。「セロリと玉ねぎ、ローリエ、ブラックペッパーなどのスパイスと豚挽き肉、昆布で取ったスープに蒸したじゃがいもを入れて煮詰め、マッシュポテトにしています」と坂本さん。さまざまな食材を使いつつ、そのエキスのみをじゃがいもに移したこのメニューは、まさに坂本さんの料理哲学そのものを象徴するかのような逸品だろう。わかりやすく、当たり前のものを当たり前に作る。その中で、見た目の奇抜さや衒いではなく、味の本質的なところで意表を突く。そのポリシーは“朴焼売”にも反映されている。見た目も普通の焼売なら、食材も豚挽き肉と玉ねぎのみ、とごくスタンダードな仕立てながら、豚挽き肉はやや粗挽きにして肉肉しさを前面に押し出し、一方で、さっぱりといただけるように京都焼肉独特のスタイル“洗いダレ”を添えて提供している。

小鍋仕立ての“すっぽん鍋”

続いて“大葉と梅の飯蒸し”880円と小鍋仕立ての“すっぽん鍋”2,970円を注文。どちらも割烹仕込みの一品だ。千切りにした大葉の繊細さと梅の風味がマッチした飯蒸しは、お酒を飲む前のお凌ぎとしてもおすすめできる。また、完全露地養殖の服部中村養鼈場のすっぽんで作る鍋は、水と醤油と塩、酒のみで仕上げるクリアな味わいがうれしい。酒も必要最低限に留めて甘さを控え、すっぽんの滋味を引き出している。

鮭ご飯

〆に選んだのは、炊き込みご飯。季節の“とうもろこし 帆立ご飯”2,750円にも心引かれたが、今回は定番の“鮭ご飯”2,200円に。人数がそろえば、双方頼んで食べ比べるのも楽しそうだ。米は、坂本さん曰く「粒立ちがしっかりしていてクセのない」山形県のつや姫を使用。これを出汁で炊くのもいかにも割烹的だろう。しかも、混ぜ込む塩鮭は北海道の銀鮭に自ら塩をした自家製という徹底ぶり。ここにも、当たり前のものをきちんと作る彼の姿勢がうかがえる。鮭と一緒に三つ葉と胡麻、そしてパリパリに焼いた鮭の皮を別に刻んで入れるセンスもさすが。食感と風味を際立たせている。

ローリエのアイスクリーム

最後にセットのデザートが出てフィニッシュ。デザートは、ジャスミン茶のプリン、ピスタチオのアイスクリーム最中、ローリエのアイスクリームの3種から好みのものを選択できる。ちなみにラストオーダーは深夜0時。飲んだ後に軽く食べたいときなど、覚えておくと重宝しそうだ。

外観

教えてくれた人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

※価格は税込・サービス料別。

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部
撮影:片桐圭