【噂の新店】「蒼山」

峯村さんの不在時に店名を「蒼山」に変えて不定期営業。峯村さんは現在、日本最高のオーベルジュをつくるための準備を進めている

店主の不在時に“別店舗”として営業する店が増えている。2番手や若手の鍛錬の場として休業日に屋号を変えて営業する店もあれば、日頃から店主と親交があるシェフが間借りして料理をつくるなどスタイルはさまざまあるが、西麻布の「蒼山」は「三矢の訓」とも言える、3人シェフ体制で、新たな美食の舞台を創り上げる。

愛媛県 藤本さんの赤雲丹 冷製フェデリーニ(料理はすべて36,300円のコースの一例)。千葉県銚子の「一山いけす」の蛤の出汁をしっかり麺に吸わせる「蒼」のシグネチャー

予約のハードルが港区でもトップクラスに高いと言われる「蒼」の峯村康資さんは、つねに飲食業界の未来を見つめ、圧倒的なスピード感で理想を現実のものにする前進の料理人。「食材の魅力を、真っ直ぐに」というテーマのもと、自身の経験と知恵を集結させた“高鮮度料理”で多くの食通を魅了してきた。自ら全国に赴き、生産者と信頼関係を築きながら厨房ではいかにそれらの食材を生かすかひたすらに心を砕く。

伊勢海老のビスク タリアテッレ。灰汁を徹底的に抜いてから白神山地の軟水で出汁を取る。手打ちのタリアテッレは加水多めのつるもち食感に

そうして生まれた料理を海外でも実践するべく着々と準備を進め、今年10月にはロサンゼルスに、2027年にはニューヨークでの出店も予定している。自身は日本一のオーベルジュを創る計画を練っている最中で、いずれそちらが新しい拠点となることを見据えて、自身の不在時に「蒼山」として営業するという道筋を立てた。

左から、宇野哲也さん、遠藤泰一さん、板鼻圭介さん。3人で“高鮮度料理”を表現する

峯村さんと思いを共有しながら厨房に立つのは代官山の「WAJO」で腕を振るった遠藤泰一さん、白金の「ボストロ」で辣腕ぶりを発揮した宇野哲也さん、そして「蒼」で峯村さんが料理と向き合う姿を長く見てきた板鼻圭介さんの3人。1本でも簡単に折れることはない“三矢”がそれぞれの力を出し尽くし、店の最大のテーマである“高鮮度料理”を実践する。

ジェノベーゼに使うバジルも擦りたてを提供。「ステンレスは食材の香りを消してしまうため一切使わない」というルールも
ジェノベーゼ。トロフィエのむちっとした食感の中に青々としたバジルの香りが。手打ちパスタは遠藤さん、宇野さんが担当

鮮度とは言うまでもなく料理の味に直結するものだが、峯村さんが考える“高鮮度”は食材がフレッシュであることだけにはとどまらない。「料理をする段階でいかにして生きた状態に戻すかが大切だと思っています。魚にしても個体を見ながら脂の甘さや香り、風味のすべてを“活かした”料理に仕上げる。これが僕の追求し続けている高鮮度料理です。ハーブやスパイスには一切頼らず、一皿に使う素材は多くても3つまで。上質な食材を扱いながら、緻密かつ的確に処理をする。その思いは『蒼山』でも必ず実感していただけると思う」と峯村さんの不在時に厨房を切り盛りする3人に期待を寄せる。

但馬玄のすねを使ったボロネーゼ。スパイスを一切使わず、肉の濃厚な旨みを前面に。直球のおいしさに心を掴まれる

36,300円のコースは“高鮮度料理”に取り組むきっかけとなった愛媛県のレジェンド漁師、藤本純一さんから届けられる魚介や神戸牛の最高峰と言われる但馬玄を使ったパスタなど食いしん坊垂涎のラインアップ。

食材のキャラクターをすべて活かしながら、一皿に完結させるためにつねに試行錯誤を繰り返している
魚介類の黄金のペスカトーレ。愛媛県の今治市に伝わる石花汁に着想を得た一皿。食材の風味がすべて麺に閉じこめられた“ゴーストパスタ”。鮮烈な旨みに圧倒される

アサリや海老などの出汁を煮出したペスカトーレも白眉であるが「蒼」のコースにも組み込まれる2年10カ月熟成させたじゃが芋を使ったグラタンは究極のシンプルさながら、強烈に心に残る一皿だ。

じゃが芋のグラタン。材料、火入れ、切り方、塩加減に徹底してこだわり抜いたシグネチャー
ドフィノワをエレガントにブラッシュアップ。熟成させることで甘みを引き上げたじゃがいもの個性を活かしきる

材料は牛乳とクリームとじゃがいもとチーズ、塩にひとかけのにんにくのみ。峯村さんの原点であるフランスのクラシカルな定番料理、グラタン・ドフィノワをブラッシュアップしたもので、緻密なカットと火入れで芋のほっくりとした甘みを引き出し、ソースとのバランスを完璧に。

季節のカニのラグー キタッラ。「蒼」で通年提供されるカニのリゾットのパスタバージョン。殻からとったカニ出汁の旨みとトマトの柔らかな酸味が重なり合う

食材と全身全霊で向き合いながら、食べ手の心を震わせる料理として結実させる情熱は「蒼山」でも体感できること間違いなし。“高鮮度料理”の新機軸を味わいに、いち早く店を訪れたい。

教えてくれた人

小寺慶子

肉を糧に生きる肉食系ライターとして、さまざまなレストラン誌やカルチャー誌などに執筆。強靭な胃袋と持ち前の食いしん坊根性を武器に国内外の食べ歩きに励む。趣味は一人焼肉と肉旅(ミートリップ)、酒場で食べ物回文を考えること。「イカも好き、鱚もかい?」

※価格は税込

文:小寺慶子、食べログマガジン編集部
撮影:片桐圭