【噂の新店】無境

内観

今や世界中の愛飲家から熱い視線が送られている日本酒。2024年には、その伝統的な酒造りがユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、世界中の関心を集めている。

そんな日本酒の魅力に深く傾倒したのは木村好伸さん。あの「NARISAWA」でヘッドソムリエを務めた酒のエキスパートだ。その木村さんが日本酒に目覚めたのは、ソムリエとしてのキャリアをスタートしたニューヨークの和食レストランで。20代の頃のことだ。実は大学卒業後、商社に就職した木村さんだったが、大学時代のアルバイトで経験した飲食業の楽しさを忘れられず、退社して一路アメリカへ。ロードライランド州のジョンソン&ウェールズ大学に留学し、レストランマネジメントを学ぶことに。卒業後、当時ニューヨークで一世を風靡していた高級モダン和食レストラン「Megu」でソムリエとしてのキャリアをスタートする。

ソムリエの木村好伸さん

「既に(ニューヨークでは)日本酒は飽和状態でした。たくさんの蔵元さんの日本酒が輸入されてはいたのですが、選択肢が一辺倒で。何かもっと違う選択肢があるんじゃないか……と、当時は漠然と感じていたんです」

そんな思いを胸にして2009年に帰国。あの南青山「NARISAWA」で、ヘッドソムリエとしての頭角を現す。ワインと並んで日本酒のペアリングを成澤由治シェフに提案。最初はNGを出されたものの、“マドリッドフュージョン”など海外のイベントを通して日本文化の素晴らしさを改めて見直し、推奨するようになった成澤シェフ。料理が和に近づくにつれ、ペアリングもワインより日本酒へと徐々に傾倒するようになっていったという。

そして2019年、10年間勤めた「NARISAWA」を辞め、表参道に「鮨m」を開業。ソムリエ兼マネージャーを務めることに。ここでは、寿司に合わせてワインや日本酒をペアリング。木村さん曰く「『鮨m』のベースは寿司なので、(寿司の)余韻のおいしさを邪魔しないように気をつけています」とのこと。そんな中で、より日本酒にスポットをあて、これまでの境界を超えた新たな日本酒の可能性を表現する場を創りたい——との思いが強まり、始めたのがここ「無境」なのだ。

日本酒のセラー

店内に入ると、まず目に入るのが特注の日本酒セラー。-9℃に設定した木村さん渾身のセラーだ。木村さんによれば、-9℃で保存すると「生酒に含まれる酵素や酵母の働きをほぼ完全に止められるため、出来たての状態をキープできる」のだとか。それゆえ、セラーから出したばかりの日本酒は、搾りたてのフレッシュな味わいや香りをそのまま閉じ込められているというわけだ。そこから、常温に戻るにつれ、刻一刻と変わっていく味わいの変化を楽しむのも醍醐味だろう。

「-9℃から徐々に温度が上がる過程では、甘みや旨みがよりシャープに広がり、雑味が削ぎ落とされた綺麗でクリアな甘みが舌にダイレクトに広がりますね」と語る木村さん。その木村さんによる独創的な日本酒カクテルも魅力の一つだが、初めてならばコース料理とのペアリングがいい。

「再生たこ焼き」。13,200円コースの一例。ペアリングは7種8,800円

「ピエール・ガニェール」や「ティエリー・マルクス」等で腕を磨いた松澤シェフが繰り出す料理は、和のニュアンスを加味しつつもベースは基礎のしっかりとしたフレンチだ。例えば、“再生たこ焼き”と題した一皿。

中からはフォン・ド・ヴォーとブッフ・ブルギニョン

見た目はまさにたこ焼きながら、中身はフォン・ド・ヴォーとたっぷりの赤ワインで煮込んだ正統派ブッフ・ブルギニョン。これが美味。また、オーブンでローストした後、藁で燻した黒毛和牛の内腿肉には、牛のコンソメのソースに、付け合わせはじゃがいものピュレとコンテチーズといった塩梅だ。

ペアリングするのは茶の香りが漂う一杯

そのしっかりとした味わいに木村さんが合わせた一杯は、麒麟山酒造の梅酒をベースに、希少なゲイシャ種のコーヒー豆を漬け込んだフロール・デ・カーニャ18年、陳皮、烏龍茶を合わせたカクテル。梅酒のやわらかな酸味と果実味に、ゲイシャの華やかな香りが重なり、熟成ラムの奥深い甘やかさが全体に厚みを出している。仕上げに加える陳皮と烏龍茶が味わいを引き締め、余韻が長く続く。  

「『無境』では、日本酒も料理もあえて余白を残すことを大切にしています。日本酒と料理が交わることで生まれる余白を、お客様ご自身の感性で自由に解釈していただきたいと思っています。そのため、料理については松澤シェフとアイデアの段階から何度も議論を重ねています」と木村さん。

「余白 烏賊と雑穀」

「余白 烏賊と雑穀」の一皿も然り。最初に「IWA」を合わせることを前提に創られたそれは、白と黒がテーマカラー。松澤シェフ曰く「立山連峰と『IWA』のボトルをイメージした」のだとか。アオリイカの白と黒米を用い、根セロリのピュレやかぶ、そしてトリュフをあしらい、「IWA」が生まれた富山の立山連峰を表している。

「最中」

ちなみにコース(13,200円)では、このほか、鯵のマリネと焼きなすを挟んだ最中などデザートまで含め全8品が登場。それにあわせたペアリングは7種で8,800円。日本酒やカクテルなど木村マジックの真骨頂を堪能できる。コースの他、アラカルトもあり、日本酒やカクテルも1杯から楽しめる。

外観
看板

教えてくれた人

森脇 慶子

「dancyu」や女性誌、グルメサイトなどで広く活躍するフードライター。感動の一皿との出合いを求めて、取材はもちろんプライベートでも食べ歩きを欠かさない。特に食指が動く料理はスープ。著書に「東京最高のレストラン(共著)」(ぴあ)、「行列レストランのまかないレシピ」(ぴあ)ほか。

※価格は税込・サービス料別。

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部
撮影:片桐圭