〈食べログ3.5以下のうまい店〉

グルメなあの人にお願いして、本当は教えたくない、とっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、大阪在住のフードライター・船井香緒里さんが足しげく通う一軒。南イタリア料理に特化したバールではなく、もはや食堂と呼ぶべき「中津イタリアバール チッチョ」をご紹介。
梅田の喧騒を離れた先に、ナポリの風が吹く
巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー!
食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。
食べログでは口コミを独自の方法で集計して採点されるため、口コミ数が少なかったり、新しくオープンしたお店だったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり得るのだ。
点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。

大阪・中津。梅田の再開発エリアからほど近い場所に、2016年からひっそりと店を構える「中津イタリアバール チッチョ」。雑誌などメディアへの露出もほとんどない、知る人ぞ知る小さな店だ。味わえるのは、ナポリを中心とした南イタリアの郷土料理。カウンター6席、テーブル6席の小さな空間を、オーナーシェフの西村禎泰(よしやす)さんがワンオペで切り盛りしている。

鹿児島・徳之島出身の西村さん。料理人だった父の背中を見て育ち、島を出て神戸「ピッツェリア デル・レ」(閉店)でオープニングスタッフを経験。その後は独学でイタリア料理の道を歩み、26歳で独立した。
「徳之島出身の僕の雰囲気が、まんま南イタリアって、イタリアンのシェフから羨ましがられるんです」。そんな言葉にも納得する、明るくおおらかな人柄。店に足を踏み入れれば、南イタリアの食堂を思わせる空気が漂っている。
南イタリアの味を軸に「大阪や兵庫の季節を食べてほしい」
西村さんの料理に対するスタンスは明快だ。南イタリアらしい郷土色を大切にしながら、「この土地の季節感を食べてもらいたい」。
食材は、尼崎で西洋野菜を栽培する島中佳紀さんの旬野菜をはじめ、大阪湾の魚介、明石から届く旬魚、淡路島の山海の恵みなど、近隣のものを積極的に取り入れる。

ナポリ料理専門店「オステリア・オ・ジラソーレ」の杉原一禎シェフとの交流も大きな支えだ。「ジラソーレに食べに行きまくって、杉原さんとも仲良くなって(笑)」と西村さん。そうした出会いを重ねながら、独学でナポリへの愛を深め、南イタリアへの飽くなき探究心を育んできたことが、店の味を支えている。
料理はプリフィックスコース。おすすめの前菜3〜4皿が自動的に供され、パスタ約8種、メイン約4種からそれぞれ好みの1皿を選ぶスタイル。食事だけなら1人5,000〜6,000円ほど。それら料理のボリュームには「旨いもんを腹いっぱい食べていってほしい」という西村さんの気概を感じる。南イタリア好きには堪らない、郷土の味揃いだ。

この日の前菜。まず登場したのが「ナスのパルミジャーナ」。ナス、モッツァレラチーズ、トマトを重ね、パン粉をまとわせて香ばしく焼き上げた一皿だ。ナスがたっぷり取れるナポリの夏を思わせる、野菜そのものが食べ応えになる料理。
続く「米のサラダとイワシのマリネ」には、とうもろこしなど夏野菜をふんだんに使用。ビネガーの柔らかな酸味に、島中さんの白いちじくのほのかな甘みが重なる。そこにイワシのマリネを添えて。「現地ではお米のサラダにツナを使うことが多いですが、今日はいいイワシが入ったので」。まろやかさとキレを感じる酸味のグラデーションが、ナポリの夏を思わせる。

続くパスタは、サザエと肝のソースで和えたパッケリや、明石産ハリイカのイカ墨ソース スパゲティなど、旬の魚介を生かした料理を1種チョイスしたい。
メインのなかでも西村さんのイチオシは、淡路島産の但馬経産牛。「但馬牛は松阪牛や近江牛の素牛になりますが、希少価値以上に、その圧倒的な旨さに惚れ込んでいます」

「淡路島産 但馬経産牛の炭火焼 リブ芯とウチヒラ」は、土佐備長炭を使い、約1時間半かけて遠火でじっくり火入れする。
ウチヒラは、鶏のハツを思わせるブリンッとした食感。噛み締めるほどに力強い旨みが広がる。リブ芯は赤身と脂のバランスがよく、弾力のある肉質と長い余韻が魅力だ。
「付け合わせがソースがわり」と西村さん。グリルしたナスは赤ワインビネガーで、キュウリはレモンでマリネ。夏野菜のジューシーさと酸味が、牛の旨みを引き立てる。料理のお供にはぜひ、カンパーニャ州で造られるワインを。「南のバローロ」と称される赤ワイン・タウラージをはじめ、少数精鋭のラインアップが魅力的だ。

ドルチェには、ラム酒をたっぷり含ませたナポリの「ババ」や、大麦とリコッタチーズを使った伝統菓子「パスティエーラ」も。ナポリの郷土菓子まで楽しめるのがうれしい。

店内には、ナポリの英雄マラドーナやヴェスヴィオ山をモチーフにした絵画も飾られている。ワインを飲み、料理を頬張っているうちに、いつしか大阪・中津にいることを忘れ、ナポリの街角の食堂に迷い込んだような気分になる。
街のトレンドに流されず、我が道をゆく

“イタリアンバール”を名乗る「チッチョ」だが、店のスタイルは中津の街の変化とともに少しずつ変わってきた。
中津にSNSで話題の店が増えたコロナ禍前、「一時期は1ドリンクで長時間、待機場所みたいに使われることもあった」という。そこで2021年から、1人1フード・1ドリンクを必須に。「コロナ禍のタイミングで、完全に“飯にシフトチェンジ”しました」
ワンオペだからこそ、食べてほしい食材や、いい調味料にしっかりと力を注げる。価格以上の満足感と、南イタリアらしい力強くもしなやかな味わい。それこそが「チッチョ」の真骨頂だ。
「ここはナポリの食堂。ほんまにいい食材を使って、腹いっぱいにさせんと」。そう語る西村さんの料理を目当てに、今では食に感度の高い客や、イタリア料理の同業者もわざわざ訪れる。
街のトレンドに流されず、我が道をゆく。中津の片隅で、今日も「チッチョ」は南イタリアの食堂であり続けている。



