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〈自然派ワインに恋して〉
シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。
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岡本のぞみ
ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。
神楽坂の窪地にある、ひそやかな古民家ワインバー

神楽坂は路地裏にある隠れ家を訪ね歩くたびに愛しさが増す街。今回の「ACIÉ(アシエ)は路地裏のさらに奥まった“行き止まり”の古民家にあるカウンターバー。しかもその古民家のある場所だけ他より低い窪地になっているため、周りと隔離されたような不思議な静けさをまとっている。
だがひとたび玄関をくぐると、アートや植物が配置されたギャラリーのようなゆるりとした空間に包まれ、温かな気持ちになる。通常ワインバーとして営業しているときは、贅沢にもわずか4席のカウンターが客席となっている。

今回、紹介したいのは、来訪2回目以上で予約できるコース。ワインバーのカウンターとは別の奥まったダイニングカウンターで1日3人まで限定でコース料理が味わえるのだ。コースは4品6,600円と7品8,800円(いずれもワイン別)の2つが用意されている。

ACIÉの店主は岩井 悟さん。ワイン選びはもちろん料理やサービスもお客様にあわせて一人で担当している。美大を卒業し、調理師専門学校で学んだ後、名店「フロリレージュ」でサービスとノンアルコールペアリングを担当。退社後はフリーでサービスの研修や店内インテリアなどでレストランのディレクションを手がけていたところ、飲食業界の仲間から「店をやってみてはどうか」と提案され、2023年4月にACIÉをオープンした。

岩井さんが自然派ワインを中心としたワインバーを開いたのは「自然派ワインの不完全さ」にひかれたから。「欠けている部分があるからこそ料理と合わせることで完全になれる」と話す。実際、素材をいかした料理が続くコース料理と自然派ワインのペアリングは、0.5と0.5が1になった満足感がある。クラシックなフレンチとワインの組み合わせは1+1が2になるが、そうしたものとは違う満たされ方が感じられるのだ。
イカと大麦のパプリカソース×オレンジワイン

コース料理の前菜「白織」は、ブルグルという大麦を出汁で炊き、その上に魚醤とハーブのオイルでマリネしたイカとイクラをのせたもの。自家製ピクルスとパプリカを発酵させた黄色いソースで仕上げられている。イカや大麦の食感にいくらの旨みとソースの夏らしい酸味、ディルの清涼感が合わさった一皿。疲れた体にスッと染みわたるような味わいだった。

白織にペアリングとして選んでもらったのは、南仏のラ・ソルガという生産者のソルガズムというオレンジワイン。「黄色いソースがトロピカルな味わいなので、妖艶なグレープフルーツのようなソルガズムで寄り添うようなペアリングにしました」と岩井さん。黄色いソースがつなぎ役になり、にごりのあるオレンジワインが魅力的に感じられるペアリングだった。
サンマ肝ソース添え×梅風味オレンジワイン

続くコースの魚料理は旬のサンマを使った一皿は、岩井さんが「サンマの肝を楽しんでほしい」と考案したもの。丸めたサンマの身の中心にその肝を入れ、白ワインと梅を使ったブールブランソースで仕上げ、ヴィネグレットソースで和えたツルムラサキをのせたもの。サンマのおいしさを肝ごと梅風味のソースでいただく一皿は、味わいにも造形美にも日本的な美しさを感じさせた。

円かにおすすめなのは、カルネージュという生産者のオレンジワイン。「フランスのアルザス地方のゲヴュルツ(ブドウ品種)をジュラ地方で醸造した珍しいワインです」と岩井さん。醸造している場所がジュラのせいか、想像していたゲヴュルツの味わいではなく、梅やプラムの香りでボディには清涼感があって、サンマや肝との相性はばっちりだった。
合鴨のポワレ×野生味赤ワイン

メインディッシュは通年、合鴨のポワレがスペシャリテとして提供されることが多いという。使われているのは岩手県の合鴨農法の田んぼで働いてきた、よく鍛えられてむっちりとした肉をたくわえた合鴨。ロゼ色に鉄分が固まらない温度で火入れされていた。合鴨そのものがおいしいため、シンプルに塩コショウで味付けをしてバルサミコと赤ワインのソースが添えられている。

合鴨のポワレに合わせてもらったのは、ガメイが主体の赤ワイン。「ガメイの野生味のある香りと鴨を合わせることで、より野山を感じてもらえるような組み合わせです」と岩井さん。鉄分のくさみがなくむっちりとした鴨にガメイのワイルドさが良いアクセントになっていた。
岩井さんの「私が恋した自然派ワイン」

岩井さんが恋したワインは、かつての職場で出会った赤ワイン。
「フロリレージュに入社する前、食事に行ったときに『試しに飲んでみませんか?』と紹介されて初めて飲んだワインです。当時はクラシックなワインしか飲んだことがなかったので、それまで飲んだボージョレのガメイとは違う、フルーティーで自由度の高い味わいを感じました。
そこからワインのスイッチが一気に切り替わった感覚がありましたね。ある種、牧歌的なんだけど華やかでストーリー性がある。それまでの概念が撃ち抜かれた感覚がありました」
岩井さんが感じた衝動をぜひ味わってみてほしい。
ジュラやアルザスを中心にラインアップ

ACIÉでは、ジュラの生産者とのつながりを持つ徳島の「wineshop TAI」からワインが届けられている。「僕自身、ジュラやアルザスのワインが好きで、生産量の少ないワインもなるべく取り寄せて、惜しみなく出すようにしています」と岩井さん。プリミティブでハツラツとしたきれいめなタイプが揃っている。グラスワイン10種類(1,200〜2,100円)、ボトルワイン120種類(6,500〜36,000円)。
料理とワインが一つになるドラマチックな瞬間

ACIÉでのコースとワインを堪能すると、完璧ではなかった自然派ワインが料理と出会い、一つになるドラマチックな瞬間に立ち会える。それを演出する岩井さんとの会話も楽しい。それが神楽坂の奥まった空間なのだから、特別な体験となるはず。午後の時間帯はコーヒーを楽しむ場所にもなっている。まずはワインバーやコーヒー店としてその日常性を楽しみに訪れてほしい。
※価格は税込



