初夏に旬を迎える魚といえば鮎。中でも7月頃に獲れる若鮎は、骨もやわらかく、ふっくらとした身と脂のバランスも絶妙で特に美味しいといわれています。そんな時期だからこそ、とっておきの鮎料理が食べたい!というわけで、フードライター界屈指の鮎好きとして知られる森脇慶子さんに、とっておきのお店を3店教えていただきました。

鮎を語らせたら右に出る者はいない。鮎を追い続けるフードライターが通う店が知りたい!

二十歳の時、京都で初めて食べた天然の鮎(だったと思う)に魅せられ、早や数十年。毎年、夏の訪れとともにひたすら鮎を追いかけてきた。これまで胃の腑に納めた鮎は、おそらく6,000本をくだるまい。これほど食べ続けても飽きない、いや、むしろ、更にその奥深さの虜となっていく……。そんな鮎の魅力に出会える店を、ご紹介しよう。

都内随一であり唯一の鮎専門店「鮎正」

筆頭はやはり新橋「鮎正」。創業昭和38年の言わずと知れた鮎の名店、都内随一にして唯一の鮎専門店(夏場のみ)と言っても過言ではないだろう。

 

鮎正の外観/出典:一級うん築士さん

 

創業当初から、ここで扱うのは島根県高津川の天然鮎。ご主人の山根さんが子供の頃から食べ親しんできた故郷の味だ。

 

鮎の刺身/出典:hesashiさん

 

「一級河川にもかかわらず、高津川にはダムがない。だから、鮎にとって恵まれた環境が整っているんです。そのせいなのか、高津川の鮎は、どこか昔の鮎の味がしますね」。懐かしげに語る山根さんの言葉を耳にしながら、焼きたての鮎を頭からガブリ!

 

その瞬間、迸る香気と鮮烈な苦味に法悦となる。なるほど高津川の鮎は、その美味しさの一つである内臓の味わいが深い。気品あるほろ苦さとでも言えばいいだろうか。ひときわそれを強く感じるのだ。

 

焼きたての鮎/出典:hesashiさん

 

現在、「鮎正」ではこの高津川を主に、広島の水内川、山口の宇佐川、 岐阜の長良川の4カ所から鮎を取り寄せている。それも、天然鮎のみを扱うが故。天候に左右されやすい鮎の安定した入荷を確保するため、各地にネットワークを張り巡らせ、山根さんのお眼鏡に叶った鮎のみを仕入れているのだ。

 

「本当は高津川の鮎だけでやりたい」というのが、山根さんの本音だろう。しかし、食べる側にしてみれば、いろいろな川の鮎を食べ比べできるのもまた一興(コースでも川違いの鮎を塩焼で2本出してくれる)。

 

うるか茄子/出典:具留目恥垢さん

 

また、塩焼きと並ぶ人気メニュー“うるか茄子”も、必食の逸品。茄子田楽をヒントに、味噌ではなく醤油やみりんで味付けしたうるか(鮎の内蔵の塩辛)を、茄子に絡めたオリジナルメニューだ。鮎初心者ならば、まずはコースがいいだろう。鮎の様々な味わいを楽しめるはずだ。

父が釣り、子が調理する。囲炉裏で焼く鮎を楽しむ「たでの葉」

故郷の鮎を愛してやまないのは、ここ「たでの葉」のご主人小鶴清史さんも同様だ。熊本で父親が獲る天然鮎を看板料理に掲げ、店を構えたのは去年の5月のこと。場所は青山・外苑前。店内に入って、まず、目を奪われるのは、カウンターの中に設えられた昔ながらの囲炉裏である。

 

囲炉裏を囲むスタイルの店内カウンター

 

「鮎は、球磨川の支流、川辺川の天然鮎です。この川辺川はダムがなく、しかも、水質日本一に選ばれたほど水がきれい。だから美味しい鮎が育つんです。いい苔が生えますからね(笑)。そんな地元の鮎の美味しさを、できるだけ多くの人に知って貰いたい――そんな思いから、この店を始めました」と、小鶴さん。

 

熊本から直送された川辺川の天然鮎

 

同店では、のぼり串にした鮎を炭の周りに並べ立てて焼く昔ながらの炉端焼スタイル。取材当日、小鶴さんが撮影用にと取り出した鮎は、解禁してまだまもないというのに、既に体長15~6cm。重さにして60gから、大きいものではゆうに100g以上はありそうな鮎がザルに並べられている。

 

塩を振り1本ずつ炭にあてていく

 

小鶴さん曰く「これぐらい(の大きさ)はまだまだ序の口。シーズン真っ盛りともなれば、20〜30cmの大物も釣れてきますよ」だそう。

 

じっくりと焼き上がっていく鮎

 

球磨川や川辺川は鮎がよく育つ。土地の人は、それを尺鮎と呼んで珍重。地元では、塩焼の他、甘露煮にすることも多いとか。しかし「たでの葉」では塩焼一本。「鮎の焼き方は独学」だそうだが、そこは三つ子の魂百まで。子供の頃から食べつけてきた鮎の味をイメージしつつ、遠火の強火で40〜50分、じっくりと焼いていくそれは、炭の遠赤外線効果と放射熱の作用によって、外はパリっ、中はふっくらとした焼きあがり。

 

頭から尻尾の先まで丸ごと味わえる鮎の塩焼き

 

食べ応えもあり、香り、旨味共に優しい味わいの鮎だ。ちなみに基本のコースでは、鮎の塩焼きは一本付け。鮎を思い切り食べたい向きには、鮎4本が出る“鮎だけコース”も用意。鮎の入荷状況にもよるので、事前に予約確認を。

東北産の金鮎を味わえる和食の名店「と村」

さて、東京では珍しい東北の鮎を食べられるのは、虎ノ門の和食の名店「と村」。ご主人戸村さんの愛してやまない鮎が、青森県赤石川の金鮎だ。

 

と村の外観/出典:ぴーたんたんさん

 

世界遺産・白神山地に抱かれ、ブナの原生林が生い茂る豊かな自然に恵まれた赤石川は、鮎にとって最適な清流。成長すると、身に金の斑ができ、独特の色合いを生むことから、“金鮎”の名があるとか。

 

 

戸村さんの「赤石川の鮎は、皮が薄く幅広。対して頭は小さく、背が盛り上がり、ちょっと鮭に似た体型ですね。鱗も細かく身質が細やかなんですよ。加えて匂いも強い。俗にいう西瓜の香りが強いですね」との言葉通り、カウンター前で、生の鮎に串打つそばから、辺り一面瑞々しい西瓜の青い匂いが立ち込める。

 

店内カウンター/出典:プニプニ51さん

 

シーズンともなれば、自らも鮎釣りに出かけるほど鮎を愛する戸村さん。彼の持論は「鮎は一芸。塩焼に限る」で、シンプルな調理法だからこそ、その持ち味をいかにして最大限に引き出すかを腐心。試行錯誤のうえ達した結論が近火の強火。その方が、鮎水分や旨味を逃さず焼き上げられるというのだ。

 

「遠火の強火だと、骨ごと食べられるように焼き上げるまでに身がパサパサになってしまう。その点、赤石川の鮎は、骨が柔らかいので、短時間で一気に焼き上げても骨ごと丸ごと頂けますよ」。

 

出典:ぴーたんたんさん

 

確かに、焼きあがったばかりの鮎は、全体的にしっとりと典雅な味わい。身は豊潤にして独特の香気を纏い、味わうほどに深い余韻を口中全体に残す。東北の鮎は、シーズンが短い。7月1日に解禁して9月中旬には終わる。僅か2カ月半の美味である。

鮎は、僅か一年で一生を終える。初夏から晩秋まで、初鮎、若鮎、落ち鮎と刻一刻と成長、変わりゆく鮎の味をその時々で味わうその時々で変わりゆく妙味もまた、鮎の魅力であり、楽しみ方の一つだろう。

 

取材・文:森脇慶子

撮影(たでの葉):大谷次郎