【おいしいパンのある町へ】

Vol.15 神奈川・東戸塚「Baguette Magicienne(バゲット マジシェンヌ)」

数ある種類のなかでも、最もオーソドックスなパンのひとつ「バゲット」。具材のないシンプルな味わいだからこそ、ブーランジュの手腕が最も試される商品とも言われている。そんな「バゲット」に職人魂を注ぐ店主の噂を聞きつけ、神奈川県は東戸塚へ。

最寄りの駅からバスと徒歩で15分ほど。花々で彩られた店先には、「Baguette Magicienne(バゲット マジシェンヌ)」の名前が。「バゲットはフランス語で“杖”という意味を持ちます。魔法のようにおいしいバゲットを作りたい、という思いから“魔女=マジシェンヌ”を合わせ、“魔法の杖”という店名にしました」と語るのは、店主の加藤浩城さん。

研究熱心な職人魂がパン作りに生かされて

2004年に独立し開店した店は、今年で15年目を迎えた。現在も頻繁に配合の微調整を重ね、そのたび「どんな風に焼きあがるか、ワクワクするんです」と言う。そんな加藤さんの研究熱心な職人魂は、若くして開花する。「高校を卒業したときから、手に職をつけたいと考えていて。宝石研磨の会社に入社して、研磨職人として働いていました」

 

25歳のある日、近所のパン屋さんで求人の張り紙を見つけたそう。「祖父がフレンチのシェフで、昔から料理に興味があったんです。でも当時は、なんとなく“パン屋も楽しそうだな”と感じた程度でした。毎日その店の前を通っていたのですが、半年経っても張り紙が外されなくて(笑)。ふとパンを購入してみたら、想像以上においしかった。ここで働いてみよう!と決心し、転職しました」

宝石研磨からパン作りという、大胆な転職を果たした加藤さん。変化に戸惑いはなかったのかと尋ねると、「まったくなかったですね」という答えが。「扱うものが宝石から小麦に変わっただけ。手で作業する、という意味で、研磨職人もパン職人も僕にとっては同じことです。ひとつ挙げるならば、朝が早いこと。早起きに慣れることに、苦労しました(笑)」

 

近所の小さな個人店で3年間勤務し、パン作りの基礎を習得。その後は大手から個人店を転々とすること、計5店舗。8年間の修行を積むなか、加藤さんを悩ませてきたのがバゲットだったという。「毎日のように作っていながら、自分で納得する味がなかなか完成しない。バゲット作りに日々奮闘するうちに、奥深いパンの魅力の虜になっていました」。パン職人として生きることを決め、33歳のときに独立した。

バゲット作りに打ち込むうちに、奥深いパンの虜に

「自分の店の“看板”となる、最高のバゲットを作ってみせる」という強い思いを胸に、「バゲット マジシェンヌ」をオープンした加藤さん。14年がたった今も、研究心や探究心を感じない日は一日たりともないと言う。「パンは生き物ですから。自分の思い通りには絶対にならないんです。でも諦めずに頑張り続ければ、少しずつ理想に近づいていく。成果が形になった瞬間が、一番の幸せです」

 

日々進化を遂げる加藤さんのパンは口コミで広がり、週末には他県から多くの人が訪れるまでに。自家製ルヴァンと地養卵を使用したパンの数は、およそ70種類。お昼を過ぎるとほとんどが売り切れてしまい、人気商品を狙うなら予約が必須。訪問する際にマストでおさえたい、魅惑の4品をチェックして。

3年越し!独自の製法で生み出した「魔法の杖」

マストイートのひとつはもちろん、「バゲット マジシェンヌ」の店名を冠した加藤さん自慢のバゲット。納得がいく味が完成するまでにかかった年月は、なんと3年間!  「地道に研究を重ね、ようやく自分が求めてきた味を生み出すことができました。自信を持っておすすめします!」

 

フランス産と国産の小麦5種類に、もちもち感が増すうどん粉をブレンド。バゲット作りではポピュラーなポーリッシュ法をもとに、独自の製法を生み出したそう。「本場の味を再現するために欠かせないフランス産小麦は吸水しにくく、パサっとしてしまうのが難点。それを解決するために、この製法を編み出しました」

「まず粉を3:7で分け、3の分を発酵させて一晩寝かせ、翌日7とミキシングするのが通常のポーリッシュ法。僕は、7の分にオートリーズ法を用いています。オートリーズ法とは、粉と水を軽く混ぜて一晩寝かせ、ミキシングせずに種を完成させる方法。そうすることで粉がしっかり水分を吸収し、のどごしが抜群によくなる。生地全体を一晩寝かせることで、独特の風味も生まれます」

 

全長約50cmの細長い形状は、まさに杖そのもののインパクト。スライスすると、おいしいバゲットの象徴といわれる大きな気泡がお目見え。とびきりハードに見える皮は口に含むと、思わぬしっとり感に驚くこと必至。ほのかに甘味を含んだ香ばしさが広がり、何もつけずにパクパクと食べられてしまう。(350円)

食材にこだわる女性も太鼓判!オーガニックに徹底した「ビオ」

全粒粉はオーガニックに徹底している加藤さんが、「オーガニックの食材のみで、おいしいパンを作ってみよう」と思い立ち、このパンが誕生したそう。「オーガニック小麦粉を使った発酵種=ルヴァン種のみを使用しています。低温長時間発酵させることで、深みのある味わいに仕上げました」

 

発売当初はあまり売れ行きがよくなかったものの、購入した人が続々とリピート。とくに女性の支持率が高く、加藤さんの奥様も一番のお気に入りだとか。「オーガニック小麦は、独特のクセの強さが特徴。パン好きの人ほど、ハマりますね。具材に負けない存在感があるので、オープンサンドなどにもぴったりです」。(450円)

予約殺到!「おいしいもの とつかブランド」を受賞した「たっぷり自家製クリームパン」

得意のハード系に限らず、定番の菓子パンにも工夫を凝らす加藤さん。「自慢の自家製のカスタードクリームを、たっぷり味わってもらいたい!と。限界まで薄くした皮に、たっぷりと詰め込みました」。手に持った瞬間、驚きの重量感!  そんなアイデアが話題を呼び、瞬く間に人気商品に。地元民の推薦により、戸塚区の人気グルメに与えられる「おいしいもの とつかブランド」に認定された。

 

ミルクと地養卵、天然バニラビーンズを炊いたカスタードクリームは、まるでプリンのようになめらかで濃厚。甘味料を抑え、卵とミルクのやさしい甘みに癒やされる。(220円)

ふわっと軽やかなのに、ちゃんとしっとり!「魔女の食パン」

ベーシックな食パンに穀物、玄米、パンドミー、5種類の食パンのなかでも加藤さんが一押しするのが、「バゲット マジシェンヌ」のオリジナル「魔女の食パン」だ。甘みの強い生地が、子どもたちから大人気。「毎日食べるものだからこそ、お客様の印象に残る味にしたかった。そんなときに、そういえば甘い食パンってないな、とひらめいたんです」

 

甘みのあるコッペパンなどと差別化するべく、油脂を通常の2倍に。そうすることで耳はパリっと、中はしっとりとした焼き上がりを実現。バターの代わりに無添加ショートニングとミルク風味のマーガリンを使用しており、デニッシュよりも軽め。サッとトーストすれば食感&風味がアップ。(半斤360円)

奥様のお母様も店頭に立ち、家族総出でお店をサポート。

加藤さんに聞く、東戸塚の一押しグルメ

週に一度の休日は、お酒を飲みながらゆっくりと食事をするのが楽しみだと語る、加藤さん。神奈川県を代表するグルメな街として有名な東戸塚で、おすすめの2店舗を教えてもらった。

丁寧な仕事が光る肉料理で、ビールが進む!「コロスケ」

「スペイン料理がメインですが、個人的なおすすめは肉料理(笑)。名物のハンバーグのカツレツは、肉汁たっぷりでジューシー。自家製のパテもクセがなく、絶品です」

おいしいお肉が食べたいときの定番「鉄板焼 勝治」

「オーナーが厳選する最高級の近江牛は、驚くほどやわらかく、甘み豊か。何度食べても感動します。ワインの種類も豊富で、ついつい飲みすぎてしまいます(笑)」

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃