本田直之 グルメ密談―トップシェフが内緒で通う店

日本を代表するトップシェフたちはどんな基準で店を選び、通っているのか。どんどんアツくディープになってきた本連載。今回ご登場いただくのは、「The Tabelog Award 」のゴールドを2年連続受賞し、焼き鳥の常識のレベルを打ち破ったと言われる「鳥しき」店主の池川義輝さん。ストイックに自らの焼き鳥道を突き進む池川さんが敬愛する店やその理由とは?

 

プロがリスペクトするカウンターのイタリアン

本田:「鳥しき」は文字通り焼き鳥のレベルを何段も上げたよね。そのストイックさと徹底的に自分のやり方を貫く姿勢はすごいな、といつも思っているんだけど、そんなヨシはどんなところに行ってるの?

 

池川:そんなふうにおっしゃっていただけると嬉しいです。僕はここにきて丸11年、ちょうど12年目に入ったところです。元々はこの目黒の裏路地で、父ちゃん、母ちゃん二人でやっている夫婦の店で。その時から通っている店の一つが、白金の「ロマンティコ」。

 

本田:料理人は好きな店だよね。その時から? 長いね。

 

池川:はい。ロマンティコの中山さんは、僕が店をやる1年ぐらい前にお店を開かれたんですよね。お客さまが“イタリアンでカウンターで1人でやっている店”というのが、勉強になるんじゃないかと、薦めてくださったのがきっかけでした。最初行った時は、中山さんがちょっととっつきにくい感じなので、緊張しましたけれど、話すとすごく優しくて、色々とわからないことも教えてくださったりして。それからですね、10年以上通わせていただいてるお店のひとつです。

 

本田:ロマンティコの中でも、古い常連の方っていう感じ?

 

池川:はい、そうですね。

 

本田:最初に行ったとき、何がいいって思ったの?

 

池川:イタリアンは結構好きなんですけど、中山さんの出す料理ってシンプルなんです。アナゴのフリットだったり、イカにリゾットを詰めたものとか、あと、パスタもそうですね。一つ一つがすごく丁寧で、お一人でやっていてあれだけのクオリティを出すということはすごいな、と率直に感じます。そのうえ、行くと常に新しい食材の組み合わせだとか飽きさせないところが、すぐにファンになってしまった理由かなと。その頃から、行くたびに某有名シェフとかいろんな方がお見えになっていました。

ロマンティコ 出典:ぴーたんたんさん

 

本田:あそこはそうだよね。料理人が支持するお店だね。

 

池川:そうですね、全くメディアに出ないので、今も玄人の方が多いですね。お客さまも年配でいろいろなところを食べ歩いている方が結構多い。

 

本田:意外に年配の方がいるんだよね。なんでそういう年齢層の人が来てるんだろう。

 

池川:それは、中山さんのパーソナリティによるところが大きいと思います。料理だけじゃなくて、いろいろなことに精通されている方なんですよね。

 

本田:文化度が高いっていうか……。

 

池川:そうなんです。会話のキャッチボールの守備範囲が広いので、僕らみたいな世代から、中山さんの上の世代まで惹きつけられる。いろいろなことをコミュニケーションできる職人の一人なのかなって思っています。

 

本田:夜と昼どっち行くの?

 

池川:僕は夜ですね。休みの日に。あの裏路地は、異空間っていうか非日常的な印象があります。目黒に住んでいるんですけれど、上大崎の交差点、ちょうど首都高を渡ると自然教育園があって、あの辺りは木がたくさんあるので、気温も1~2℃違うんですよ。なので、あそこから一歩渡ると、ちょっと避暑地っていうか、全く違った空間に入って行く感じが僕の中であって、リセットできる感じがするんです。夜、何にもないところを通るとそこだけ、ポツンと明かりがあって。その情景がすごく好きです。

ロマンティコ 出典:けそけそけそさん

 

本田:表通りにないのがいいよね。

 

池川:そうですね。それで、中山さんとは職人としてお話するようになって。で、一緒に行った「まき村」さんっていう大森海岸にある和食店がすごくいいんです。

 

本田:三ツ星の。

 

池川:はい。当時は三ツ星ではなく。

 

本田:いつくらいから通ってるの?

 

池川:もう8年くらい前ですかね。以来、今も通っています。

 

本田:中山さんが通っていた店なの?

 

池川:そうだそうです。

 

本田:ヘぇ。結構、離れているよね?

 

池川:まあまあ距離はありますね。

 

本田:まき村さんを気に入った理由は?

 

池川:まず、まき村さんもご夫婦でやっているお店で、もう30年やってらっしゃるそうです。そのあたりに非常にシンパシーを感じるっていうんですかね。女将である家内と僕との空気が合わない日は、店の雰囲気も悪くなっていきますよね。今は若い子がいるからそんなにやり合わないですけど、以前2人だけの時は、見えないところで結構言い合いになったりして。そういう時にまき村さんを訪ねて、女将さんの懐の、なんていうんですかね、「優しさ」というか「ぬくもり」を感じて。「料理ってただ美味しいだけじゃダメなんだな」っていう風に教えていただいたお店でした。はい。

まき村 出典:ダンデライオンの爪あとさん

 

本田:なるほどね。まあ、でもよく夫婦で仕事できるよね(笑)。

 

池川:みなさんによく言われます。本当に、はい。

 

本田:24時間だもんね。よっぽど合ってないと。でも雰囲気に出ちゃうもんね、もし仲悪かったら。

 

池川:そうなんですよ。僕はすごく空気を大事に仕事をしています。お客さんがただ美味しいと感じるのではなく、居心地のよさというか。そう言った意味ではまき村さんはベースの一つですね。夫婦の息の合った連携プレーができているお店っていうのは居心地がよかったり、お客様にも支持されているお店だと感じます。

本田:ヨシたちも仲いいんでしょう? 喧嘩するイメージがあんまり湧かないんだよね。

 

池川:いや、結構(笑)。でも、女性にはやっぱり敵わないですね。

 

本田:まき村さんって、料理はどんな感じなの?

 

池川:料理は本当にシンプル。懐石ベースなんで、季節の野菜と……あと羽田が近いので、羽田のアサリをシンプルに料理したり。締めは鯛茶が有名。そこまでのコースの仕立てが非常にしっかりされている。

まき村 出典:サプレマシーさん

 

本田:そうこうしているうちに三ツ星を取られて。

 

池川:僕としては、僭越ながらすごく嬉しくて。星とるから良い悪いということではないけれど、そういう形で支持されてきたということが。

 

 

本田:まき村さんも定期的に行くの?

 

池川:そうですね。季節の変わり目とか、だいたい行かせてもらっています。

 

本田:昔から行ってた店が三ツ星になったら嬉しいよね。しかも立地も好条件ではないし。

 

池川:大森海岸て聞くとはずれた場所なんですけれど、ハイヤーが止まっていたり、あそこだけちょっと異空間ではありますね。

 

本田:なんでなんだろうね、そもそも大森海岸ってさ。値段も安いでしょ?

 

池川:安いですね。もちろん原価が上がってるので、少しずつは上がっていますけれど。でもすごく良心的な値段でやってらっしゃる印象はあります。「普段使い」という言い方はすごく失礼かもしれないんですけどそういう感じで行ってる方が多い気がします。「ハレの日」というよりも、上質な日常。肩肘張らずに行けるお店の一つかなって。

 

本田:お店の雰囲気もご主人もそんな感じ?

 

池川:ご主人はいつもニコニコされていて。ただ、今すぐに行きたくても、ここ最近は何カ月か予約が埋まっていますね。

 

本田:昔はどうだったの?

 

池川:昔はそんなことはなかったと思うんですよ。僕の勝手な想像ですけど、本当に街に根ざしたお店を目指されていたんじゃないかなっていう気はします。それが、最近は海外の方も来るようになって。海外の方は貪欲ですね。

 

本田:海外から来てるから大森海岸くらい距離変わらない、っていうのはわかる。俺も海外行くと、トコトン遠くまで行くもんね。ランチ食うのに往復12時間とか、死にそうになった(笑)。

 

池川:大森には他にも好きな店があるんです。ラーメン屋さんで「Homemade Ramen 麦苗」っていう。

 

本田:わ、知らないなあ〜。

 

池川:もともとうちの器を作ってもらっている陶芸作家の先生の紹介で。麦苗さんも同じ作家さんに作ってもらっていたんです。その先生が「まだ2年くらいなんだけど、頑張ってる店があるから行ってみて」って言われて。直さんあそこ知ってます? 湯河原の奥のラーメン屋さんで、「飯田商店」って。

 

本田:知らないなあ。

 

池川:そこ出身の方なんですよ。「飯田商店」は午前6時から整理券配ってるくらいの人気の店なんです。

 

本田:へぇ~!

 

池川:その店から独立したんです。おそらく9席くらいしかないんですけど、朝の6時くらいから、ラーメンもたぶん90杯くらいですかね? 3桁は作れないって言ってましたから。作り方を徹底的に追求しているんですけど、すごくシンプルに旨い。行ってみて唸りましたね。デコレーションしなくても、突き詰めればこういう味になっていくんだなと。

Homemade Ramen 麦苗 出典:りりたさん

 

本田:シンプルなラーメン?

 

池川:はい、鶏ガラベースで。

 

本田:へえ。ここは昼行く感じだよね?

 

池川:そうですね、昼に行くことが多いですね。

 

本田:ラーメンって、飾りすぎてるのあるじゃん。ああいうのはあんまり俺好きじゃないんだよね。ラーメン自体が美味しいのとちょっと違うじゃない?

 

池川:おっしゃる通りですね。年を重ねていくごとに、無駄なものをどんどんそぎ落としていく。すると、シンプルな要素だけでどうやって理想の味の表現ができるかというのが課題になってくるんです。焼き鳥もそうですし、おそらくラーメンもそうなんじゃないかと。言葉で表現しづらいんですけど、どうやって自分だけのものを作っていくかという考え方や手法が、僕は彼とすごく似てるような気がするんですよね。

 

本田:見えない部分での努力というところがすごいということだよね。

 

池川:そうですね。結果に至るプロセスがやっぱり重要。並大抵なことではないはず。スープの深みとか、香りとか、そういう細かいファクターに非常に違いがあるっていう風に思わせるラーメンの一つですね。

 

本田:(画像を見ながら)これは、醤油ラーメン?

 

池川:そうです、はい。

 

本田:〈にぼらあ〉って、これ煮干しラーメン?

 

池川:煮干しベースですね、やられますね。

Homemade Ramen 麦苗 出典:ぽちのかいぬしさん

 

本田:へぇ〜。店主はちょっと若いのかな?

 

池川:そうです。もともと舞台役者を目指してたらしいんですけど、何かのきっかけで飯田さんと知り合って、この世界に入ろうって決めたそうです。自由が丘でお父さんが魚屋をやってるんですよ。で、そこから煮干しとか、魚介関係を全部仕入れているそうです。遅咲きですけれど、次第にその姿勢も評価されるようになってきてるみたいです。ぜひ直さんも一度行っていただきたいお店です。

 

本田:ちょっと行ってみたい。なんか大森にどんどん行かなきゃいけなくなるな(笑)。「Twitterでお休みと毎日の残り杯数をお知らせしています」とか、こういうの面白いね。新しい。他にはどんなところへ?

 

池川:直さんと同じで僕もサーフィンをやっていて、休みの日はだいたい湘南に行っているんです。で、地元に住んでいる方に連れて行っていただいた「カツズ」っていうお店があるんですよ。

 

本田:カツズ?

 

池川:はい。もともと逗子でずーっと地元に根ざしている、東京の人は知らないようなイタリアンなんですけど、三崎とか小坪の漁港に揚がったものを食べさせる店なんです。先日幻冬舎の見城さんが某番組で紹介されてました。もともとは石原慎太郎さんとかが通っていたお店らしくて。

 

本田:じゃあ相当古い?

 

池川:はい、古くて路地の奥で。店の前にいきなり昔のフェアレディZがボンって置いてあって、しかも現役。家族でやってらっしゃるんですけど、何かこう湘南の本当にいい“気”を持った人たちの、癒やしを与えてくれるお店なんですよね。

 

本田:あの辺のいい感じの人たちだけが集まってるような……。

カツズ 出典:ナンシー・Chang!さん

カツズ 出典:ナンシー・Chang!さん

 

池川:そうですね、いわゆる名士って言われている方が、食べログとかの情報がない時から、地元の口コミだけで、ずっと仕事されているようなお店です。

 

本田:昔の湘南の、裕次郎さんとかが遊んでたような湘南の。

 

池川:見城さんが石原慎太郎さんに本を書いてもらうために逗子の邸宅に通っているときに、慎太郎さんからちょっと飯食うかって連れて行かれたのがきっかけだったとおっしゃってました。

 

本田:すごいな、それ。でもここ、ワインすごいね、GAJAが大量に並んでる。こういうところって、ワインが残念な場合が多いんだけど、客のレベルが高いんだろうね。文化度というか。

池川:そうですね、たぶん文化を大事にされてる店なんですよね。一見さんは入りづらい感じなんですけど、僕は意外とすんなり迎え入れていただいた感じで、行くたびにちょっと顔出したり。ご主人が日焼けしていてかっこいいんです。息子さんもサーフィンやってて、奥様も日焼けされてて。

 

本田:そういう雰囲気いいね。え、ご主人もサーフィンやってるの?

 

池川:ご主人は今やってるのかどうかわからないですけど、海は好きで、よく行ってるっていう話は聞きますね。

 

本田:お次は?

 

池川:たまに意見交換・情報交換で、店終わった後に集まることがあるんですけど、最近は二子玉のキム兄(「すし 喜邑」店主、木村康司さんのこと)が中心で集めてくれて。その中で去年知り合いになったのが、名古屋の天ぷらの「にい留」の新留修司さん。僕「成生」さんも、「くすのき」さんもすごく好きなんですけど、最近パワーをすごく感じるのは「にい留」さんです。来週もちょっと行ってくるんですけど。彼の天ぷらは一番エネルギッシュかなって思う。好きなお店の一つです。

にい留 出典:毎日外食グルメ豚さんさん

 

本田:どの辺が一番「にい留」さんのパワーを感じるところなのかな?

 

池川: 素材に対してストレート勝負している感じですね。その素材に対してギリギリまで攻めて行く姿勢がいい。僕も焼き鳥を焼くときに、強火の近火で攻めていて。攻めるって言い方も変ですけど、スタイルが似てるのかなって僕は勝手に思っています。逆に言うと、繊細さが僕は欠けているんです。だから新留さんは非常にシンパシーを感じる職人の一人。

 

本田:話もすごく合うっていう感じ?

 

池川:そうですね。話も。

 

本田:もう結構行ってるの?

 

池川:何度か行ってますね。でも店が移ってから今度が初めてで、来週(「日本橋蛎殻町 すぎた」店主)杉田(孝明)さんと一緒に行ってきます。新留さんも東京に勉強しに来ているみたいです。そのために不定休にしてるとか。

 

本田:歳は同じくらい?

 

池川:世代は一緒です、2歳下くらいですね。

 

本田:え、そんな若いの?

 

池川:実は若いです。見た目が老けてるんですよ(笑)。

 

本田:マジ? 落ち着いた雰囲気あるよね。

 

池川:お酒飲むと声がでかくなるんですよ。何度も注意されるんですよ。「静かにしてください」って。

 

本田:飲食店の大将なのに(笑)。

 

池川:それくらいハートが熱いっていうんですかね。

 

本田:あと、前にいいお好み焼き店があるって言ってたよね。それ興味あるんだよね。俺、お好み焼き大好きだから。

 

池川:え、本当ですか!? それこそ僕、もんじゃとかソース焼きそばとか大好きで。「いまり」さんって恵比寿の店がいいんです。彼はもともと兵庫・尼崎の出身で、東京に来てカウンターだけのお好み焼き屋を今3店舗やってます。元々のお店が5坪くらいで、カウンターのみ。僕もやっぱりこういう商売してるんで、カウンターの店は基本的に大好きなんですよ。

お好み焼き いまり 恵比寿店 出典:お店から

 

本田:好きなんだね、うん。

 

池川:僕がお好み焼き屋で一番好きなところですね。すごく雰囲気もあって。海外志向もあって、将来的には自分のお好み焼きをニューヨークで表現したいって言ってます。

 

本田:へぇ、面白いね。

 

池川:オーナーの大林くんはすごくパワーのある人で体育会系。統制が取れていてすごく気持ちいいお店です。たまにプライベートでも飲んだり、食事したりしてます。

本田:へえ。お好み焼きにしてもイタリアンにしても、カウンターの店によく行ってるんだね。目に見える距離感で料理してて、そんな大きな店じゃなくて。奥さんと一緒にやってるところも含めて、店主のパーソナリティが見えるお店が好きなんだね。それにしてもその店行ってみたいな。俺、お好み焼きほんとに大好きで。

 

池川:じゃあ今度、ぜひ行きましょう!

 

 

・鳥しき

 

★「鳥しき」池川義輝さんが通う店
 

・ロマンティコ

・まき村

・Homemade Ramen 麦苗

・カツズ

・にい留

・お好み焼き いまり 恵比寿店

取材・文:小松宏子
写真:大谷次郎