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〈秘密の自腹寿司〉
高級寿司の価格は3~5万円が当たり前になり、以前にも増してハードルの高いものに。一方で、最近は高級店のカジュアルラインの立ち食い寿司が人気だったり、昔からの町寿司が見直され始めたりしている。本企画では、食通が行きつけにしている町寿司や普段使いしている立ち食い寿司など、カジュアルな寿司店を紹介してもらう。
教えてくれる人
武智 新平
1970年生まれ。食雑誌をメインにフリーの編集&ライターとして活動中。食事では寿司、そば、カレー、洋食全般など、お酒は特に日本酒が好きで、仕事でもそれらを担当することが多い。一見でも心地よく、かつリーズナブルに楽しめる店を中心に紹介していきたい。
はじまりは屋台⁈ 135年の歴史をもつ老舗寿司店
歴史と伝統に身構える必要なし! 気取らない雰囲気が魅力
慶応元(1865)年、新富町で創業した「蛇の目鮨」。同店で修業を重ねた初代・市太郎氏が明治22(1889)年に魚河岸のあった日本橋で屋台寿司店として独立し、その後店舗を構えた。それがここ「蛇の市 本店」で令和の今も、江戸時代から続く江戸前寿司を楽しませてくれる。移転もし、外観、内装に創業時の面影はないが、砂糖不使用で赤酢と塩のみのシャリや創業当時からつぎ足される煮詰めの穴子に江戸前を感じさせてくれる。
三越、高島屋といった百貨店やコレドなど大型商業施設が立ち並ぶ日本橋。その裏手に個人店が集まるエリアがあり、同店もその一角に佇む。「蛇の市」と白く抜かれた濃紺ののれん、あるいはその横にある魚に旨で“鮨”の字を描いた看板が目印だ。
武智さん
豊洲の前は築地、その前は日本橋にあった魚河岸は江戸時代、大いに賑わったエリアのひとつで、その名残から今も多くの老舗が点在しています。江戸時代に生き、寿司を楽しんだ人たちに思いを馳せながら、江戸から受け継がれた味を堪能する……そんな粋な食事ができるのが同店なのです。
文豪が呼んだ愛称が店名に
店名「蛇の市」の由来をたずねると「初代・市太郎が『蛇の目鮨』で働いていたことから、足繁く通っていた文豪・志賀直哉氏が市太郎のことを『蛇の目の市ちゃん』と呼んでいたため」だという。そこから「蛇の市」になったそうだ。文豪が絡む老舗らしいエピソードだ。
中庭テラスの和個室は、特別な日におすすめ
5年前、中庭に設けられた和の個室。周囲をビルに囲まれているとは思えない静寂さと落ち着いた雰囲気がある。カウンターで店の方とのやりとりを楽しみながらの寿司も良いが、接待や特別な人と来る時は、こういった個室も便利だ。
武智さん
日本橋。老舗。江戸前寿司。そして、この和個室。特別感の重ねがけは、おいしいお寿司を一層おいしく、楽しい時間をさらに充実したものにしてくれます。少し背伸びしてでも一度は利用してみたい、憧れの空間です。
5代続く老舗 伝統の味を守りつつ、変えていく仕事で“いま”をつくる
5代目の店主となる寳井 英晴(たからい ひではる)さんが大切にしているのは「伝統を守りつつも変えていく勇気を持つこと」。例えばシャリ。砂糖を使わず塩と赤酢のみで仕上げているが、米は先代が選んだコシヒカリとあきたこまちのブレンドではなく、能登で育てられた「笑みの絆」を使用。赤酢のメーカーも塩も英晴さんの代で変えたそうだ。「赤酢と塩と米。その組み合わせは変えませんが、どこで作られたものを使い、どう配合するかは時代のニーズに合わせて変えていく……“変えずに変える”とでもいうんですかね。その必要があると思っています。そうでないと先代を超えられないし(笑)、いつか時代に取り残され、飽きられ……長くは続けられないですよ」(英晴さん)
後ほどご紹介する白身のすり身を練り込んだ卵焼きでシャリを包んだ「玉子巻(のの字巻き)」は、英晴さんが昔の文献を探り、現代によみがらせたもの。今では店の名物にまでなっている。
武智さん
英晴さんは「“変わらずに変える”。それができた店だけが長く続けられていると思います」とも。歴史があればあるほど伝統を守ることに気を取られがちですが、攻める姿勢も忘れていません。そんな大将が握る時代を反映した江戸前の握りは、味、見た目ともにさすがのひと言です。
先のシャリや創業当時からつぎ足されている煮詰めを使った煮穴子、砂糖を使わないキリッとしたガリなど創業以来のこだわりと、豊洲をはじめとした市場から届く新鮮な魚介を使った握りが盛り込まれるセットは味わい、ボリューム、価格、すべてにおいて満足のいく内容だ。