【食を制す者、ビジネスを制す】
銀座の喫茶店でスイーツを食べながら物思いにふける
脱サラした起業家が私鉄のビジネスモデルをつくった
私たちが毎日当たり前のように乗っている私鉄。皆さんはそれをビジネスモデルとして観察したことはあるだろうか。例えば、東急東横線の始発駅である渋谷駅には、東急百貨店などの商業施設ほか、東急グループのホテルやオフィスビルがある。その一方、実質的な終点となっているみなとみらい線の元町・中華街駅は中華街を始めとした観光地としての機能を果たしている。
そのため、東横線沿線に住む利用者は、平日は仕事のために都心部に向かい、休日は遊びのために観光地に行くことができる。沿線には大学や高校があり、スーパーや商店街、住宅地も広がる。つまり、ある私鉄の世界の中で、生活できるようになっているのである。いわば、私鉄は生活環境を高めて沿線住人を増やし、鉄道の利用率を高めていくことで収益を上げているのだが、こうした私鉄の基本的なビジネスモデルをつくった人物を、あなたは知っているだろうか。
それが、阪急・東宝グループ(現阪急阪神ホールディングス)を設立した小林一三という人物だ。阪急電鉄は、梅田に阪急百貨店、沿線には宝塚歌劇団を中心に劇場と遊園地を備え、路線の中心となる阪神間の芦屋や御影などを高級住宅地に発展させた。実は東急も当初、この小林一三が生み出したビジネスモデルに倣って、多くのビジネスを拡大させてきたのである。さらに言えば、小林一三は、明治時代にサラリーマンを辞めて起業した、いわゆる脱サラの走りでもある。しかも興味深いのは、一三が必ずしも将来を嘱望された優秀な社員ではなかったということだ。
34歳で独立し、鉄道会社で再起を図る
一三は明治時代に慶應義塾から三井銀行に就職しているから、当時でもエリートの部類に入っていたと言っていいかもしれない。しかし、当時の銀行は現在と違って、業務は洗練されておらず、やっていることといえば、コネによる融資や、宴会に出て人脈を紹介してもらうことなどが多かったようだ。もちろん仕事も激務ではなく、それなりにゆとりのある時間を過ごしていた。
一三はもともと文学青年で、新聞社に入って小説を書くことを希望していたから、三井銀行に入ったこと自体、不本意なことだった。そのため、仕事に身が入らず、色恋沙汰で離婚もしていたから、社内では冷遇されっぱなしだった。その不本意な日常について、『小林一三日記』には次のような当時の心情が示されている。
「1月4日 銀行へ行ったけれど暇過ぎて、新聞を読んで帰った。これで月給をもらうなんて本当に情けない。何かきちんとした仕事がしたい。調査係からの異動が難しいようなら、自分にとって満足できる仕事ができるよう工夫しなければならない(筆者訳)」
ときには出社もせず、ぶらぶらしていた落第サラリーマンの一三だったが、結局、34歳で三井銀行を去ることになる。行き着いた先はボロ会社と言われた鉄道会社だった。しかし、一三はそこで起業家のように懸命に働き、様々なビジネスを生み出していく。一三が本当の意味で、社長としての地位を確立し、阪急グループを率いていくようになったのは、50代に入ってからだ。その道程はとにかく苦しかったようだ。一三の親族がその当時のことをこう語っている。
「おやじは、三井銀行にいたときは不遇で、そこで鉄道に関係するわけですが、最初はなかなかうまくいかず苦しかったらしいです。梅田駅と池田駅の間を、なんべんも、つらい気持ちで歩いたということです。まあ不遇の時期がかなり長かったのです……」
一三はサラリーマンとしては、なかなか本領発揮できなかったが、後年、活路を見いだすことができたのは、何度もあった苦しい時期を乗り越える意志があったからだろう。
「銀座ウエスト 銀座本店」でショートケーキはいかが?
前述の1月4日の一三の日記には、不本意な日常にもかかわらず、前文に続けて「会社の帰りにジャガイモを揚げたお菓子を買った」と書いてある。ほかの日にも、会社帰りに銀座に寄ってパイナップルを買ったと日記に残していて、今なら“おやつ男子”だったとも言えるだろう。
仕事の合間を見つけて“おやつの時間”を取ることは、前後の効率を考えても有意義と言える。それに実は頭や体力をよく使って仕事をする人ほど、甘いものを欲しがる傾向がある。そんな男子にお薦めしたい店が、洋菓子喫茶の名店「銀座ウエスト 銀座本店」だ。この店がまずいいのは、店内の雰囲気だ。清潔な店内は昭和の上品な洋風テイスト、常に静謐な時間が流れているようで、ちょっとした緊張感もあり、それが意外に心地良い。
定番はショートケーキとコーヒーのセット。ケーキの種類は豊富で、シュークリームもおいしい。ケーキを少しずつ摘まみながら、ゆっくりとコーヒーをいただく。そうやって物思いにふけっていると何とも落ち着いた気分になれる。平日は朝9時から23時まで。仕事の合間に少し寄ることも可能だ。お腹が空いたときにはトーストしたハムサンドを注文してもいい。こうした自分が落ち着ける喫茶店を持っていれば、何かと心強いはずだ。
ときどきは喫茶店で読書をするのもいい。小林一三日記を私はそうやって読んだ。少しずつ彼の若い頃の日記を読んでいると、なぜか自分とシンクロするような部分があるようで、励まされるのである。