奥野シェフの真骨頂、一ひねりあるイタリア料理のフルコース

「イクラ、雛豆」

始まりは一口サイズのアミューズ。一つは雛豆をペーストにして揚げたものに白菜のザワークラウトをのせ、ジビーフのハツをジャーキーにして削りかけました。3週間発酵させた白菜はトロトロで甘みをおび、キャベツを使った馴染みのザワークラウトとは別次元のおいしさです。

中からとろりとしたあの食材が現れます!

もう一つはイクラのタルト。鮎の魚醤を加えたイクラのパキッとした塩気と、バターと蜂蜜で甘いタルトがお互いを引き立て合ったところに、中に忍んでいたストラッキーノチーズがとろりとした食感で楽しませます。味のアクセントは黒胡椒と塩かぼす、そして黒トリュフ。こんな小さな2つの料理にもしっかりと“おいしい”が詰まっています。

写真右上から時計回りに「愛農ポークのプロシュートコット」「十勝若牛のトリッパ カラブリア風煮込み」「パテ・ド・カンパーニュ」「フロマージュテット」

続いてはどのコースにも必ず組み込んでいる“イタリアンボックス”と呼ぶこちらの「箱」。店名が刻まれた蓋を開けると4つのシャルキュトリが入っています。「これ以外はかなり創作料理なので、これだけは“ザ・イタリアン”にしています」とイタリア料理の定番を集結。定番とは言ってもそこは奥野さん、パテにはお決まりのピクルスはキュウリではなくザクロで酸味を構築したり、フロマージュテットにはヨーグルトソースをプラスしたりと一ひねりは欠かしません。

乾燥させた数種類のキノコ

ここからは信頼ある生産者からの食材と奥野さんの料理センスが光る5品となります。こちらは椎茸、キヌガサタケなど数種類のキノコを乾燥させたものを水で、戻すことでフレッシュなものを使うより出汁の味が凝縮されることを狙ってスープを作ります。

「牡蠣、柿、椎茸」

そのうまみたっぷりのスープは奥野さん曰く“茶碗蒸しではない茶碗蒸し”の餡となりました。地は確かに茶碗蒸しとフランを足して2で割ったような今までにない食感で、中には牡蠣が入っています。一風変わっているのが餡も具材もすべてを混ぜることで味が完成すること。

混ぜることでものすごい化学変化が!

行儀悪いと知りつつ思い切ってぐちゃぐちゃに混ぜて食べると、突如現れた杏仁の風味に五感が覚醒します。この正体は「アーモンドの実」なのですが香りだけでなくコリコリとした食感にも驚きます。その後から訪れるキノコのうまみ、牡蠣のミネラル感、柿の甘み……、それぞれを食べただけではわからない、混ぜたことで生まれる味わいに味覚のツボが押されます。

料理を作る喜びや楽しさが皿の上に表現される

「とうもろこし、鰻」

こちらはうなぎが名産のエミリアロマーニャ州コマッキオをイメージしたうなぎの一皿。イタリアではポレンタですが、奥野さんはとうもろこしで作った焼きたてのトルティーヤを使います。うなぎとの間にはエゴマの葉を挟み、上には発酵させたフランボワーズのピューレをのせ甘酸っぱさをプラス。添えたディルオイルと塩麹で和えた縮みほうれん草のナムルと菊芋のピューレで味変を楽しみます。

ピンク色のソースがかわいい

発酵させた黒いちじくのソースをぬりながら焼いたうなぎは、皮はパリッパリに、身はしっとりと仕上がっています。それにしても発酵を掛け合わせた複雑妙味には目を見張るものがあります。「発酵は時間がかかるので12席という空間だからできるんです」と言う奥野さんの作りだした“新しい味”にはハマってしまう魔力があるのです。

「渡蟹、白菜」

中華料理の定番、春巻の登場です。具材はきっちりイタリア料理に落とし込み、とろとろにした白菜と蟹のリゾットを巻きました。富士酢の黒酢を溶かしたゼラチンと合わせたエスプーマをつけながら食べると、不思議なことに“和”を感じます。

「洋梨、根桂皮」

デザートは2つ用意されていますがメインとなるのが洋梨のストゥーデル。ストゥーデルはオーストリアやドイツでポピュラーな菓子で、リンゴをストゥーデル生地で包んだ「アプフェルシュトゥルーデル」が有名です。奥野さんは道明寺粉をストゥーデル生地に混ぜてモチッとした食感にアレンジ、カリカリに揚がった生地からシナモンの香りたっぷりでとろっとろの洋梨のコンポートがあふれ出すと、それだけで頬が緩みます。

3つがそろうとアジアンテイストに!

この球体は滋賀県産のシナモンの根を煮込んで餅状にしたもの。プルプルとモチモチが同居した新食感です。ふわふわとろとろのクリームは黒糖の泡。最後にほうじ茶のパウダーを振りかけた食欲と好奇心を刺激する新案デザートです。

昇り鯉の鱗をイメージしたステンドグラス

イタリア料理の原点は家庭料理。本場のイタリア料理を超える自由なイタリア料理、これが奥野さんの真骨頂です。「箱」で証明されるイタリア料理人としての腕、世界の食マーケットにアンテナを張り巡らせているからこその創造性に富んだ皿の数々、現時点での集大成と言えるこの店にはいつも奥野さんが待っています。

文:高橋綾子、食べログマガジン編集部 写真:溝口智彦