〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

ナビゲーター

岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

心地よいカオス空間で気鋭のワインセレクトに酔う

階段脇の雑居ビルの4階に「縢」のネオンが光る

渋谷・宇田川町にある無国籍通り周辺は、何ともいえない混沌とした雰囲気があり、東京に暮らす人さえ、どこかに迷い込んだような気分になる。今年4月、エレベーターのない雑居ビルの4階にオープンした「縢(kagari)」は、まさにこのエリアを象徴するワインバー。個性を競う渋谷のナチュラルワインバーの中でも、異彩を放つ存在だ。

加賀谷祐介さんは、かつてレコードショップが密集していた無国籍通りに通い詰めた経験があり、このエリアに店を出すことには相当な思い入れがあったそう

オーナーの加賀谷祐介さんは穏やかな面立ちとは裏腹に「営業時間と2時間ほどの睡眠時間以外はインターネットやインスタグラムでワインの情報収集をしている」と言うほどのワイン狂。これまで渋谷「エンリコ」や「erba」を手掛け、成功させてきた実績の持ち主でもある。店内で加賀谷さんが提供するのは、自身が収集した入手困難なワインや希少性の高いRM*のシャンパーニュ。その気鋭のワインセレクトは世界的に注目される渋谷のナチュラルワイン地帯でも最先端といえる。

*RM(レコルタン・マニピュラン)……自社でブドウを栽培・収穫し、醸造、瓶詰めまで一貫して行う小規模生産者

内観

それを求めて集まるのは、ワインのインポーターやアジアのインフルエンサー、渋谷に住むベンチャー企業の社長など相当なワイン通がほとんど。最小限の明かりにとどめた店内には、外から赤やピンクのネオンの光がパッパッパッと差し込み、テクノミュージックが響く異質さの中で自然派ワインを味わうことになる。その体験は心地よいカオスへのトリップ。6時間滞在する人もいるほど癖になるようだ。

マスカットとブッラータ✕自然派シャンパン

シャインマスカットとディルのマリネ、ブッラータチーズ(1,000円)

縢では常時4、5種類のシャンパーニュが開いている。1杯目はシャンパーニュがおすすめだが、そのために合わせる一品として作られたのが「シャインマスカットとディルのマリネ、ブッラータチーズ」。マリネ液にはピリッとした青柚子胡椒が入っており、糖度の高いシャインマスカットをほどよく引き締める一品。ブッラータチーズのミルキーさも加わって口当たりのいいスターターになっている。

シャンパーニュ・シャヴォストのブラン・ド・シャルドネNV(グラス3,600円、ボトル26,900円)

合わせたいシャンパーニュは、年間209本しかリリースされていないシャヴォストという造り手のもの。「シャヴォストは、基本的にドサージュ(補糖)しない造り手です。特に今回のキュヴェはシャルドネが秀逸な出来栄えもあり、清涼感が際立っています。それでいて酸もシャープすぎず、バランスがとれています」と加賀谷さん。ブッラータチーズと合わせると酵母の風味が立ち上ってきた。

牡蠣のオイル煮✕上品ロゼワイン

牡蠣のオイル煮(900円)

二品目のおすすめは「牡蠣のオイル煮」。広島産の牡蠣を使ったオイル煮は加賀谷さんが丹精込めて仕込んだもの。「牡蠣にオイスターソースをからめてオイルに浸しているので、深い味わいです」と加賀谷さん。

ショヤマンのロゼ2021(グラス1,800円、ボトル13,000円)

こちらに合わせたいのはドイツのロゼワイン。「牡蠣なので白ワインが合うと思われがちですが、オイスターソースでふくよかな味に仕上げているので、ロゼワインがおすすめです。上品な味わいのロゼなので、牡蠣のオイル煮をきれいに流してくれる組み合わせです」と加賀谷さん。キリッとしたロゼワインが牡蠣の深みに心地よく寄り添っていた。

ハンドチョップ焼売✕ペットナット

鹿児島 黒豚の焼売(2個600円、4個1,200円)。

縢を訪れたら必ず頼みたいのは、看板メニューである「鹿児島 黒豚の焼売」。かなり大ぶりの焼売は、鹿児島の黒豚を塊肉で仕入れられ、手切りされているため粗挽きの仕上がり。中国の点心職人にオーダーした皮はしっかりした噛みごたえがある。口に入れると豚肉の旨みとジューシーさが際立つ味で、手作りならではのシンプルなおいしさが新鮮だった。

メゾン・ニコラ・モランのアリゴテ・ペットナット2019(グラス1,700円、ボトル12,200円)。タレは3種類を好みで調合。右はにんにくとパクチーの根を漬け、香り付けに焙煎ごま油を入れた醤油、中央は沖縄の青唐辛子風味の太白ごま油、左は長期熟成したりんご風味の黒酢

焼売に合わせたいおすすめは、アリゴテで造られたペットナット。「ブルゴーニュで天才と称されるニコラ・モランが、シャンパーニュの若手注目株のオーレリアン・ルルカンのアドバイスで造ったペットナット。その珍しさで話題のワインです」と加賀谷さん。ペットナットながら繊細な泡立ちとはつらつとした味わいが焼売にマッチ。焼売をちびちびと味わいながらワインと合わせるのがおすすめ。焼売とタレの組み合わせを変えれば、次のワインも楽しめる。

加賀谷さんの「私が恋した自然派ワイン」

ドメーヌ・シルヴァン・パタイユのマルサネ・ルージュ オン・クレモンジョ2019(ボトル22,000円)

加賀谷さんの恋した自然派ワインは、はじめてブルゴーニュの良さに気づかせてくれたというシルヴァン・パタイユの赤ワイン。

「ブルゴーニュワインを初めて飲んだ頃は、果実味が淡く酸味が強いその味が繊細すぎて、良さが掴めませんでした。同じブルゴーニュでもわかりやすいとおすすめされたマルサネ村は大味すぎて好きになれず……。

ところがシルヴァン・パタイユは、マルサネ村ですが繊細な面とふくよかな面がうまいバランスで混在していて、すごくおいしかった。それが衝撃で一時はこればかり買って飲んでいたほどです。リクエストがあれば出すこともあるので、ぜひ飲んでみてください」

希少性の高いワインを中心にラインアップ

縢では、希少性の高いワインを中心に店内セラーで200本以上、他にも専門倉庫などでワインが管理されている。それらの飲み頃を見計らって、加賀谷さんがピックアップし、店で提供されている。一例をあげると年間生産本数が3,000本以下のRMのシャンパーニュやシルヴァン・パタイユ、ガヌヴァの人気生産者のワインなど。フランス各地のワインが多く揃っている。グラスは常時20種類用意されており1,500〜6,000円、ボトル価格は8,000〜30万円。

世界で一番、旬なワインが集まる場所

加賀谷さんが自然派ワインに目覚めたのは「世界のワイン事情の中で一番おもしろいものを扱いたい」という思いから。ここへ来れば、最も旬なワインや自然派ワインの新しい動きをとらえることができる。そうした最先端にふれたいと思ったら、渋谷・宇田川町へ足を向けてみよう。

※価格は税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:八木竜馬