熟練の店主の細やかな技が光る、握りをじっくり堪能

“握り寿司発祥の地”で水を得た魚のように躍動する職人の握り、と聞けば期待値も自然と高まるというもの。5,500円の握りのみのコースは12貫前後が登場し、そのけれん味のない仕事で食べ手の心を掴む。魚の味の濃淡で緩急をつけてコースを組み立てており、例えば今の時期であれば、白イカに始まり、店主も好きな魚のひとつという春子鯛、マグロの漬けから貝や光り物へ。トロ、うに、穴子とテンポよく続き、最後は干瓢巻きでひと通りといった具合。追加の注文も可能だが、粋人らしくサッと食べてパッと帰るのがこの店には似合う。
「入れ替え制ではないので、それぞれのペースで楽しんでいただけたら。つまみと日本酒をゆっくり楽しんでいただくのも大歓迎です」

白イカ。両面に細かく刃を入れ、筋を切ってねっとりとした食感に。塩とすだちでさっぱりと

「今年の新子はあっという間に大きくなってしまって」と五十嵐さん。通しシャリは米酢がメインなので、酢締めも軽めに。やや小ぶりな握りを頬張れば、爽やかな酸味と魚のうまみの一体感に思わず唸る。

新子。小粒で粘りの少ないあきたこまちを使ったシャリは米酢で酸をマイルドに。味のバランスを取るために新子も酢をきかせすぎないように締めている

マグロは寿司職人の注目度が急上昇中の豊洲の「キタニ水産」から。夏のマグロらしい酸味とさくっとした歯切れを残しながら醤油漬けに。

マグロの漬け。歯切れがよく、うまみも十分。粒立ちのいいシャリとネタの食感のバランスが絶妙

江戸前では天ぷらのイメージが強い鱚をシンプルに塩締めで。一説には「疫病よけに神様が好きな鱚を絶って願をかける」という俗言があったため、鱚を扱う江戸前寿司の店が少ないというも逸話も。皮目の香り、淡白ながらしなやかな身のうまさは1度味わうと虜に。

鱚。“砂浜の貴婦人”とも呼ばれる鱚は、皮付きのまま塩締めに。噛むほどに上品な甘みが広がる。美しい姿形や鼻を抜ける香りに「鱚、好き!」と追加注文する人も多いのだとか
 

川井さん

高級寿司店で出されるような一等級のネタとまではいかなくても、店主が吟味した良質なネタであり、季節を楽しめるその時の旬の食材を出してくれるところも魅力。