6月4日、寿司店「DUGOUT」グランドオープンとの情報から地図を頼りに到着するとどう見てもジュースとソフトクリームのテイクアウトという店構え。「おすし」という看板は隣の「ブルペン」の前にある。さて、いったい? 謎に包まれた寿司店に潜入してきました。

扉の奥に本当の扉がある!

一見、寿司店とは思えぬ佇まい

荏原にある「ブルペン」の隣に秘密の寿司店があると噂になったのが今年の4月頃。しかし実際にその場所に訪れてみても寿司店とわかるのはやはり「ブルペン」だけ。隣はどうみてもジュースとソフトクリームのテイクアウト専門店ですが、シルバーの扉が気になり「もしや?」と開いてみると……、

シルバーの扉を開けると本当の扉が出現します

なんとその奥に「翔」という表札と寿司店らしき扉が出現したのです!
こちらは修業の場である隣の「ブルペン」で投げ(=握り)込んだ若手の職人がマウンド(=付け場)に立つ場所を増やすために作ったまさに隠れ家! これまではプレオープンとして「ブルペン」や「鮨りんだ」など系列店の常連客のみ予約を受けていましたが、この6月からグランドオープンとなったのです。

「DUGOUT」の付け場に立つ和田 翔さん

その大将に抜擢されたのは和田 翔(わだ・かける)さん。20歳で愛媛から上京し、寿司を学びながら割烹料理店で3年間修業した後、「鮨りんだ」でグループ創業者である河野勇太さんに技術と寿司職人の心をみっちり叩き込まれたとあって28歳という若さですが貫禄十分。河野さんが掲げる“おいしいだけでなく楽しかったと思える寿司店”というコンセプトと同様に、この店でも寿司を食べて元気になって帰ってもらいたいと話します。

木目を吟味した栃の木のカウンター

カウンター6席の18時一斉スタート。20〜25品のつまみと握りが組み合わされたおまかせコース(30,000円)が振る舞われます。寿司店といえば明るくて洗練された内装が多い中、こちらはダークカラーで統一したシックでモダンな雰囲気。付け台にはなにやらニョキッとした円柱の陶器が置かれ、これがいったい何なのか気になります。

1貫目はその日のいちばん良いものと決めています!

見た目もビューティフルな「中トロ」

全員が席につくと、和田さんが一人ずつに挨拶をしていよいよコースが始まります。気になる円柱の陶器はなんと盛り皿でした。お通しのあとすぐに供されたのは鮪の握り。青森県三厩(みんまや)であがった本鮪は舌触りがとろんとして圧巻の味わいです。

寿司ダネに寄り添うような寿司飯を目指しています

寿司飯は1日2回、大きな羽釜で硬めに炊き上げています。使っているのは赤酢。握りで12〜15貫を提供するので酢の加減は食べ疲れしないように心がけているとのこと。確かに鮪にはきっちりと酢を利かせた寿司飯が合うというのが通説ですが、こちらはやんわりとした酢加減。しかし粒が際立つように炊いた米はほどけやすく寿司ダネと一体になるのが早いためこの優しい酢加減で十分。

切りの加減にもこだわります

「鮨りんだ」入店2年後には握らせてもらえたほど腕の立つ和田さんに、“魚が好きじゃないとできない仕事”と言わせるほど寿司の魚の扱いは難しいそう。特にヒカリモノと言われる鯵、小肌などの青魚のしめ方には苦労したと話します。

「新子」は3枚づけに

小肌は出始めた頃は新子と呼ばれ、寿司好きにとっては1年間待ちわびた寿司ダネです。わずか4cmほどの稚魚を捌き酢や塩の分量や漬け加減など寿司職人の腕がいるもの。口にするとやわらかく、ほどよい酸味に頬が緩みます。

修業時代は営業時間後に残った寿司飯で握りの練習

魚をおろす、しめるといった技術もさることながら、和田さんは握り方も寿司ダネごとに変えています。鮪はすぐにほどけるように空気を入れ、新子や手渡しするものは逆にしっかりめに握るそう。

本日は「剣先烏賊」と「紫雲丹」

ねっとりと甘い剣先烏賊と、爽やかさとコクを併せ持つ紫雲丹は夏の最高のコンビネーション。それらをこの寿司飯が支えすべてが一緒に喉を通るように計算された和田さんのハイレベルな握りは豊かなひとときを与えてくれます。

割烹店での経験を活かしたつまみも秀逸

「毛蟹」

毛蟹の旬は冬と思われがちですが、漁師は身がやわらかく甘みが強い夏がいちばんおいしいと言います。その夏の毛蟹は酢のジュレとオクラと穂紫蘇でかわいらしく華やかな色合いのつまみに。仕上げに削りかけた柚子の香りが爽やかで夏を感じさせるひと皿です。

炭火でゆっくりと火入れします

焼き台ではノドグロを焼き始めました。炭火の焼き台を付け場に設置したことで料理の幅が広がったと和田さん。

香りがいい!

焼きあがったノドグロは寿司飯とたっぷりの九条葱とともに熱した器の中でぐつぐつしている餡の上にのせます。カリカリに焼いた皮と脂ののった身にとろとろの餡が絡み、ノドグロのおいしさが倍増します。

「ノドグロぐつぐつ」というネーミングに思わずクスリ

食べ進めていると「いくらをどうぞ」とトッピングしてくれます。ノドグロと寿司飯と餡という極上のあんかけ丼に、さらにいくらが加わりこの上ない口福感に満たされます。「お好みで」とかけた黒七味が味を引き締めます。

ハート形のもなか!

デザートはソフトクリーム。ハート形のもなかかワッフルコーンのどちらかを選べます。釧路の牧場直送の牛乳で作るソフトクリームは、寿司の余韻を壊さずスイーツとしての甘みを感じさせながらもさっぱりとして後味に甘さが残らない。もともと「ブルペン」の後に食べたくなるソフトクリームとして販売していたこともあって、寿司のデザートにもってこいの味わいです。

カウンターでの会話が好き!と話す和田さん

寿司店は技術を磨くことと同じくらい客とのコミュニケーションが大切と河野さんから学んだと言います。また店を任されたからといって驕ることなく他店に行ったり、Instagramを見て勉強を欠かさない。そんな“おいしい”の先にある新しい発見や心地よさに人は魅力を感じ通いたくなる。新生「DUGOUT」はワクワクが止まらない店なのです。

文:高橋綾子
撮影:溝口智彦