江戸前寿司の原点を堪能するおすすめ5選

メニューは、前菜、季節の一品料理、江戸前握り15貫前後、味噌汁からなる33,000円のおまかせコース一択。その中から選りすぐりの握りと巻物、お酒によく合う一品をご紹介。

江戸前の丁寧な仕事でうまみが際立つ「小肌」

寿司が映える角台は有田焼の特注品。滴るブルーの釉薬が海を思わせる

1品目は、江戸前寿司の定番「小肌」。豊洲から仕入れたコハダに丁寧な血抜きを施し、おろして塩をあて、酢で締めて一定期間寝かせ、保存性を高めつつ魚のうまみを存分に引き出してある。

「これまでコハダには血抜きするという概念はありませんでしたが、魚のポテンシャルを最大限引き出すために行っています」(門脇さん)

門脇さんが愛用するのは、鋭く繊細な切れ味が特徴の「水本焼」による長さ1尺2寸の和包丁。鋼1枚で焼き入れされ、日本刀のようにも見える

血抜きをせずに寝かせると血の苦みや臭みも同時にふくらんでしまうが、血抜きをしてから寝かせると、見た目も美しくなり、3日目に脂が甘く、4日目に角のないマイルドな味にと味わいが変化、うまみや香りを存分に楽しめるようになる。

門脇さんはいう。「今、さまざまな業界で食材の“熟成”が流行っていますが、僕らの目的は“熟成”ではなく、適度なうまみが出る時期を見計らって食材を“寝かせる”、江戸前の仕込みを施すことです。熟成を目的にすると若干、腐敗臭がすることもあり、僕らはそれを求めてはいません」

 

森脇さん

こちらで味わえるのは、今どきのパフォーマンスの派手なお寿司ではなく、ご主人の誠実さとやさしさが感じられるお寿司。特に奇をてらったところはないのですが、魚の“寝かせ”や鮮度にはかなり気を遣われています。

濃厚なハマグリ100%のだしで煮て塩で味わう「煮蛤」

塩味(えんみ)の中に甘みとうまみを併せもつ長崎県対馬の天然塩でさっぱりと

「煮蛤」も江戸前ではおなじみの握り。角台にのせられたそれは、よく見るツメ(穴子やシャコなどに塗る、甘辛くとろみがある茶色いタレ)をまとっておらず、ハマグリの色そのもの。やわらかで、かめばかむほどハマグリのうまみがあふれ出し、貝好きにはたまらない。

「煮汁には醤油を使わずハマグリ100%のだしで煮ています。だしは何年も繰り返し同じものを使っているので白濁して濃厚、減った分だけ酒を足し使い続けています」(門脇さん)

鹿児島の“ジョ兄さん”から届いた「糸引笛鯛」の昆布締め

昆布締めにした「糸引笛鯛」を、やさしい酸味のスダチを搾って仕上げる

豊洲の魚がメインではあるが、門脇さんのもとには、所は鹿児島、魚の目利きの達人にして仕立て師の“ジョ兄(じょにー)さん”から「とんでもないクオリティの魚」が届く。門脇さんに「津本式」という生魚の究極の血抜きの技術を伝授してくれたのもジョ兄さんだ。

「豊洲など大きな市場では、規格サイズの魚をトラック3台分など大きいロットしか受け入れてもらえませんが、揚がった魚の中には、体高があり脂ものって身もパンパン、規格外のとんでもない魚が交ざっていることがあり、そういう魚をうちに送ってくれるんです」と門脇さん。それがかなうのも、生産者のもとに足を運び信頼関係を築いてきたからこそである。

目の前で皮目を土佐の備長炭で炙る。立ち上がる香りだけでも酒が進む

ご紹介する「糸引笛鯛」の昆布締めに使われているのが、ジョ兄さんから届いた魚。年間2本ぐらいしか入らないほどのクオリティというから驚きだ。寝かせた期間は3週間。皮と身の間の薄い1mmくらいの層の脂が、サラダ油のような脂から、寝かせることで乳化してバターのように変化する味わいを堪能できる。

 

森脇さん

ジョ兄さんが仕立てた魚は、なかなかお目にかかれないものばかり。私がうかがった4月は旬のサクラマス、ナミフエダイのうまみの濃さが印象的で、あまり主張しすぎない酢飯もかえって良いように感じました。

一番摘み海苔の最上級「旬黒特」で味わう「手巻」

焼かれていない「乾海苔」で仕入れ、使う直前に炭場で炙って焼き海苔にする。右は焼く前、左が焼いた後。ほのかに緑がかっているのがわかる

使われている「旬黒特」という海苔がまたすごい。1週間ほどかけて取った「一番摘み」と銘打つ海苔は探せばあるが、最初の3日間で取った海苔の新芽を集め、その中で特に品質が良いものだけに付けられる等級が「旬」。「旬」の中でも「黒」と付くものがまた希少で、わずかに塩味のあるこの海苔は「鮨 門わき」のシャリとの相性が抜群だ。

手巻きはパリッとした食感が命、時間をおかずに味わってほしい

手渡された手巻きを口に運ぶと、パリッと絶妙な歯切れと濃縮された海苔の風味に、これが「旬黒特」の実力かと驚かされる。シャリの中には、キャラメライズをイメージした、しっかりした食感のかんぴょうが刻まれて入っている。かんぴょうを切らずに使うと、海苔の歯切れがあまりに良過ぎて、かんぴょうがかめなくなってしまうためだ。

調味料は使わず自然の味のハーモニーを楽しむ「毛がに雲丹」

海の味を楽しみつつ山の味を欲したら木の芽を食べてみて

門脇さんが「お酒を飲まれる方にぜひお召し上がりいただきたい」と出してくれたのが「毛がに雲丹」。その日の朝仕入れた毛ガニを茹でてほぐし、ウニと合わせて炭場で軽く温め、カラスミをすりおろして仕上げた一品だ。

特筆すべきは、塩や醤油などの調味料は一切使っていないこと。甘みのあるカニ味噌とウニの甘さをカラスミの塩気が引き出した自然のままのやさしい味わいは、お酒のアテにもってこい。「調味料を使っていないからといって味が薄いわけではなく、自然の味の組み合わせを楽しめる一品です」と門脇さん。シンプルに食材の味を引き出す、門脇さん流のポリシーが表れている。

奇をてらわず、実直な仕事をこれからも

「すべての仕事を見直し、技法のブラッシュアップを図ることが大事です」と門脇さん。渡米経験もあり英語も堪能

「鮨 門わき」では、例えばコハダに柑橘の酢を合わせ、コハダの上に何かをのせてみるなど、奇をてらうようなアイデア寿司は出てこない。

「最高の食材のうまみを最大限引き出し、いかに最高の江戸前寿司にするか。その仕込みに大きな責任を感じます。お客様が高級なものを食べたという感想をもつのではなく、ああ、いい時間だったと思っていただくことが何よりの喜びです」と、どこまでも実直な姿勢を貫く。

店の居心地と雰囲気も実に良い。江戸前の原点をどこまでも大切にする門脇さんの寿司を味わいに、ぜひ出かけてみてほしい。

※価格は税込、サービス料別

撮影:齋藤ジン

取材・文:池田実香(フリート)