〈自然派ワインに恋して〉

シェフの料理とマリアージュするのは、自然派ワイン。そんなレストランが増えている。あの店ではどんなおいしい幸せ体験が待っているのだろう。ワインエキスパートの岡本のぞみさんが、自然派ワインに恋して生まれたお店のストーリーをひもといていく。

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岡本のぞみ

ライター(verb所属)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート、日本地ビール協会認定ビアテイスター/『東京カレンダー』などのフードメディアで執筆するほか、『東京ワインショップガイド』の運営や『男の隠れ家デジタル』の連載「東京の地ビールで乾杯」を担当。身近な街角にある、食とお酒の楽しさを文章で届けている。

新鮮な食材を仕入れるきっかけは自然派ワイン

SOYAの1Fはカウンターが6席。目の前で田所さんによる豪快な料理ができあがる様子が見られる

2010年6月にオープンした銀座の「SOYA」は、自然派ワインを愛する人達に支持されるレストランとして知られている。しかしオープン当初、オーナーシェフの田所浩一さんは意外にもワインの味が苦手だったそう。開店して半年経った頃に自然派ワインに出会い、ワインにのめり込んだと言う。

「初めて自然派ワインを飲んでみて、ブドウのおいしさがそのまま表現されていたのに驚きました。気づけば、妻と2人でボトル2本を空けていましたね」

左からソムリエの伏見由衣さん、オーナーシェフの田所浩一さん

そこからすぐに自然派ワインを集め始め、店でも提供した。おのずと自然派ワインを扱うインポーターや飲食店のプロ達との情報交換が盛んに。自然派ワインにあわせて食材の仕入れにも一層力を入れるようになり、仲間から生産者を紹介してもらったり、自分達でも千葉の畑で野菜を育てたりして、新鮮で味の濃い食材を仕入れるようになった。例えば、魚や山菜は「さかな人」長谷川大樹氏と提携。神経締めのプロによる生命力をそのまま味わえるような魚や、山の恵みである野草やきのこがやってくる。

田所さんはそうした素材を活かすよう、最低限の火入れをしたり自家製の発酵調味料でシンプルに味付けしたりして、驚きのある素材の組み合わせで、身体が満足する料理に仕上げている。それに合わせるワインも、自宅でストックした1,000種類以上の自然派ワインから飲み頃をチョイスして提供。銀座で大自然のおいしいマリアージュ体験ができるのがSOYAの魅力となって自然派ワイン通たちを喜ばせている。

真鯛のカルパッチョ✕ミネラルロゼワイン

「真鯛のカルパッチョ 蕪と柚子のポタージュ、発酵金柑、カラスミ」2,480円
厚めに切った真鯛の上には、自家製のカラスミや発酵金柑がのせられ、彩り鮮やか

1品目に食べたいのは「真鯛のカルパッチョ 蕪と柚子のポタージュ、発酵金柑、カラスミ」。相模湾で獲れてすぐに神経締めされた真鯛を蕪と柚子で作ったポタージュに浮かべ、自家製のカラスミと唐辛子で発酵させた金柑、ハーブがのせられている。厚めに切った真鯛にやさしい味の蕪が加わると、ねっとりとしたまろやかさが増す。そこへピリッとした塩気や辛みを感じるカラスミや金柑がアクセントになって、口の中においしさが広がっていった。

エッセルチのロザート・フリッツァンテ2021(グラス1,480円、ボトル10,400円)

真鯛のカルパッチョに合わせるおすすめワインはシチリアの微発泡ロゼワイン。「飲んでみるとしっかり発泡を感じるロゼワインで、ミネラル感と酸味主体の味わいなので魚にもカラスミにも合います」と伏見さん。シチリアの潮風由来のミネラル感がしっかりワインにあり、カラスミの塩気や金柑のピリッとした辛みとともに真鯛のおいしさをうまく引き立てていた。

トマトの熟成肉巻き✕やさしい赤ワイン

「熟成ジャージー牛のストゥファート 野生のクレソンとフルーツトマト」2,280円

2品目は「熟成ジャージー牛のストゥファート 野生のクレソンとフルーツトマト」。埼玉・国分牧場で再肥育して熟成されたジャージー牛をハムのように低温で蒸し煮。フルーツトマトや野生のクレソンを巻いて、葉わさびや山わさびのドレッシングで仕上げられている。シルキーな食感ながら味の強い牛肉をさらに野菜の力強さでいただく一皿。ソースや塩の味の濃さではなく、自然の恵み同士がおいしさを運んでくれる料理だった。

ラッセッラのアウグスト2020(グラス1,100円、ボトル7,600円)

ペアリングしてもらったのは、イタリア・ピエモンテ州のドルチェット種で造られた赤ワイン。「樽が少しかかっていて酸が穏やかな、するする飲める赤ワインです。お肉や野菜のワイルドな味をやさしく包み込んでくれます」と伏見さん。料理の味わいの強さを素朴にマイルドにしてくれる組み合わせだった。

仔羊のロースト✕ピュアな赤ワイン

「仔羊の香草ロースト レモンとリコッタチーズ」4,980円

メインディッシュの肉料理は、仔羊のロースト。「春の新芽だけを食べて育ったニュージーランドのスプリングラムをじっくり火入れしています。付け合わせの野草は、長谷川さんが山で採ったノビルです。マッシュポテトをアジアの山椒で味付けしたものと、レモンで味付けした羊のリコッタチーズを一緒にお召し上がりください」と田所さん。

レ・コステのロッソ2020(グラス1,200円、ボトル8,400円)

おすすめはイタリア・ラツィオ州の赤ワイン。「クセのないスプリングラムなので、重たくないピュアな赤ワインがよく合います」と伏見さん。見た目はワイルドだが、しっとりと火入れされた羊は柔らか。ピュアな赤ワインは濃い味の野菜とも相性が良く、大地の味が体になじんでいくようなおいしさだった。

田所さんの「私が恋した自然派ワイン」

ヴォドピーヴェッツのヴィトフスカ・ソーロ2015(ボトル12,000円)

田所さんは自然派ワインを飲み始めた頃に出会ったイタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州のヴォドピーヴェッツのオレンジワインを紹介してくれた。

「造り手のパオロ・ヴォドピーヴェッツは、ヴィトフスカという土着品種の可能性を追求してワインを造り続けている人です。それまでもオレンジワインは飲んだことがありましたが、飲んだ瞬間にこれまで味わったことのない旨みや重み、奥行きを感じて、驚いたのを覚えています。今でこそ有名になりましたが、当時はまだ無名の造り手だったので余計にびっくりしました。

果実感も酸も素晴らしく、熟成したらどんな偉大なワインになるのだろうと、経験値のない当時でもわかったくらい。彼のワインはその頃からずっと集めています。今年の初めに来日した時に会いましたが、大柄だけど紳士的でやさしくて人柄が表れているのを感じました。僕にとっては唯一無二のワインです」

飲み頃を待つ自然派ワインを1,000種類以上ストック

SOYAにはイタリアやフランスを中心にスペインやオーストリア、ニュージーランドの自然派ワインが用意されている。店内セラーに約300種類あるほか、田所さんの自宅にも1,000種類以上のワインがストックされている。ワインリストはないので、好みを伝えればOK。ボトル300種類(6,900〜18,000円)、グラス10種類(1,080〜1,500円)の中からとっておきを選んでもらえる。お店には飲み頃のワインが用意されていて、ラディコンなどの貴重なワインがグラスで出てくることも。今飲んでおいしいと思える自然派ワインと出会えるだろう。

ワイルドな味わいを銀座の古い建物で

2階と3階はそれぞれテーブルが12席

SOYAは大正末期に建てられた古いビルの1〜3階にある。どのフロアもゆったり落ち着ける雰囲気があり、2階と3階のテーブル席は9人以上で貸し切りも可能。アットホームな時間が過ごせる。

外観

SOYAは素材の持つ力、自然派ワインの持つ力を感動レベルで堪能できるレストラン。今日は自然の恵みをたっぷりいただきたい、そんな日にぜひ訪れてみてほしい。

※価格はすべて税込

取材・文:岡本のぞみ(verb)
撮影:木村雅章