名店の集う街・麻布十番に注目のイタリアンが誕生「Fragment」

古くは「ラ・コメータ」(1982年オープン!)から昨今では「ピアット・ミツ」まで、麻布十番にはおいしいイタリア料理店が数多い。そんな中にあってまた一つ、気になる一軒がオープンした。それも、一流寿司店御用達として知られるあのカリスマ鮪専門仲卸「やま幸」が手がけるイタリア料理店と聞けば、食指の動くグルマンも多かろう。今年の2月23日に産声をあげた「フラグメント」がそれだ。

場所は「スーパーナニワヤ」の並びにあるケーキ店の2階。目印は仄かな光に照らされた小さな看板のみと、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな隠家的佇まいも期待感を募らせる。

オープンキッチンの店内はカウンター14席のみと小体ながら、整然と片付けられた厨房のせいだろうか、どことなく開放的な印象を受ける。席に着き、傍らに置かれた紙片に目をやれば、当日のコース内容が記されている(コースはおまかせのみ、16,500円)。

  • ~日本各地から~ 3月のミネストローネ
  • 希海 fragment
  • やま幸鮪キャビア
  • 北海道より桜鱒 西洋わさび
  • ロワール産ホワイトアスパラ 墨烏賊
  • タリオリーニ ズッパディペッシェ
  • 淡路より真鯛 塩ベルガモット
  • パッパルデッレ 熊本馬肉
  • シストロン産仔羊 バジリコ
  • ブラッドオレンジ アーモンド

春とは言え、まだまだ花冷えの日もあるこの季節、温かな野菜スープがスターターというのはうれしい配慮だろう。続いて、鮪、桜鱒、墨烏賊等々魚メニューが怒涛の5皿も登場。なるほど、「やま幸」グループが母体だけに魚介メニューが圧倒的に多い。パスタとメインに各々1皿ずつ肉料理が並ぶものの、魚介推しであることは一目瞭然だ。中でも、一際目を引くのはやはり“やま幸鮪”の文字だろう。

「鮪はもちろん、そのほかの魚介類も鮮魚専門の系列会社である『希海』さんから仕入れています」との一言は、同店を任された日高弘樹シェフ、40歳だ。出身は神奈川・横浜。高校球児だった日高シェフ。「プロにはなれないと思い、実家が中華街でバーを営んでいたこともあり、飲食の道に進むのもいいかなと。料理上手だった母の手伝いをよくしていたことも理由の一つかもしれません」と語る。

高校卒業後、調理師学校に進み、最初の修業先は「タべルナ・ロッサーナ」青山店。ここで2年働いた後、横浜馬車道のリストランテ「ヴィノテカサクラ」を経て、24歳の時に、当時まだ白金にあった「リストランテ カシーナ カナミッラ」の門を叩く。その後、何軒かの店で料理長を務めた後、最後に任されたワインバーで再び開眼。

「人生観が広がったというか、それまでは、イタリア料理はこうでなくてはいけないという縛りに捉われすぎていたのですが、ここではその枠を取っ払い自由な発想で料理に向かい合うことができました」と語る。縁あって、その腕を認められ、同店の料理長に抜擢された由。これまで培ってきた様々な経験を生かし、豊洲から仕入れる全国産の魚イタリアンに挑戦しようとしている。

「やま幸」と「希海」、共に高級寿司店や和食店にも卸している仲卸ゆえ、日高シェフにとってはこれまでとはレベルの違う魚の質の高さ、そして魚についての見識には学ぶことも多いとか。月毎に変わるメニューを決める際には、旬の魚介について「希海」の塩原孝社長からのアドバイスを請うことも。それを参考にしつつ料理を考察。日高シェフによれば「日々仕入れる魚(の質)については、基本的に『希海』の塩原社長にお任せしている」そうで、海の事情によっては、料理内容が多少変わってくることもしばしば。そんなフレキシブルな皿の代表が“希海 fragment”と題したご覧の一品だ。

希海 fragment

取材日のそれは「タイラ貝のアーリオオーリオ」「ワカサギのフリット」「ヒラメの昆布〆黒オリーブのペーストのせ」の3品。ヒラメはいわゆるカルパッチョ風だが、昆布めという和の手法を用いて旨みを凝縮。それでいて、リグーリアスタイルの黒オリーブのペーストをトッピングするなどジャンルを超えた自在な組み合わせも日高シェフの振り幅を感じさせる。

また、魚イタリアンの面目躍如たる佳品といえば“ズッパ ディ ペッシェ”、魚介のスープだろう。「うちでは、真鯛やイトヨリ、甘鯛やズワイガニの殻、それにアサリと帆立貝のヒモなどを8~9時間ほど煮込んで(スープを)とっています」と、日高シェフ。そのまま飲んでもおいしそうだが、日高シェフは、このスープをタリオリーニのソースとして活用。

タリオリーニ ズッパディペッシェ

何種類もの魚介のアラをバランスよく合わせればこその豊かな味わいが、磯の香りを伴って、歯切れ良いパスタに絡むおいしさは格別だ。上にのせたイトヨリのパン粉焼きを崩しつつ混ぜながらいただけば、旨みも倍増するに違いない。

一方、真鯛の一皿は魚のメインとも言える立ち位置。白身魚とじゃがいもの組み合わせは、イタリアンではしばしば見かけるスタイルだが、日高シェフはそれを一工夫。千切りしたじゃがいもをカダイフのように真鯛に巻きつけてソテーしている。曰く「真鯛の質が良いので、イタリアンのようにしっかりめに焼き上げるのではなく、今回はフレンチ的な焼き方というか、(魚の)中心にギリギリ火が入るくらいのややレアめな火入れをしています」

カリカリに焼けたじゃがいもとふわっとレア気味に仕上げた真鯛の食感のコントラストが楽しく美味。

「食材がいいので、できるだけ無駄な手はかけないようにしています」との言葉通り、火入れはフレンチ的でもソースは控えめ。ジャンルにとらわれず、柔軟に素材と向かい合おうとする日高シェフの姿勢がうかがえる一皿だろう。

やま幸鮪キャビア

しかし、その最たるものは“鮪”かもしれない。現在、オンメニューされているのが、前菜の「やま幸鮪キャビア」。鮪の赤身と尾の身の掻き落としを、エシャロットと共に塩トマトで作ったドレッシングで和え、キャビアを塩代わりにトッピングした意欲作だ。鮪の旨みとねっとりしたコクにトマトドレッシングの酸味が軽やかさを添え、そこにキャビアの熟れた塩味が加わることで、全体にバランスの取れた一品となっている。

ちなみに取材日の鮪は、勝浦産の190kg。握りで食べてもきっとおいしいに違いない。日高シェフがしみじみと語る。「この一品は、当面定番にしていくつもりですが、できれば鮪でもう一品、火を入れた料理を作りたいなと思っています。寿司よりおいしい鮪料理ができたら最高ですね」

イタリアワインを中心としたペアリング(8,000円~)は、当節おなじみのスタイルだが、ここでは食後酒の楽しみも見逃せない。グラッパはもとより、鳥取のクラフトウォッカで仕込んだ自家製レモンチェッロやアーモンドの香りのリキュール・アマレット、トスカーナ伝統のヴィンサントなど種類も豊富にそろっている(グラス1,300円〜)。

※価格はすべて税込、サービス料別

撮影:佐藤潮

取材:森脇慶子

文:森脇慶子、食べログマガジン編集部