〈広島の麺料理〉

「広島に来るんじゃったら汁なし担々麺を食べにゃいけんじゃろう!」と言われるようになって早10年が過ぎただろうか。“汁のない担々麺”という奇妙にも思える麺料理が今では押しも押されもせぬ広島名物なのだ。

広島市ほどの規模の街にして「汁なし担々麺専門店」とされる店が約20軒存在し、専門店ではないがメニュー化している店を含めればその10倍以上の店舗で食べることができる。そのうえ、観光客向けグルメではなく地元民が普段使いで口にする麺料理なのである。今回は、広島で汁なし担々麺の著書を持ち、数々のグルメ番組を手がけてきたディレクターがイチオシの店を紹介する!

教えてくれたのは

加藤ひさつぐ

1975年広島市生まれ。コンプ・アニ代表。長年、地元広島のテレビ・ラジオ各局で番組制作に携わるフリーディレクター。主にグルメ系の情報番組の制作を担当し、これまで約5,000食以上の料理の取材を行なってきた。特技は箸上げ。広島市中心部に生まれ育ったため、日々市街地エリアでの外食リサーチをおこなっている。著書に『広島汁なし担担麺』(発行:メディアジョン)があり、広島汁なし担々麺の全国的な広がりに貢献している。voicy中国新聞公式チャンネルパーソナリティ。

汁がなくても汗が出る! 辛くて痺れてうまい新感覚ソウルフード

筆者はこの写真を見るだけで唾液が止まらない

汁なし担々麺とは、文字通り「汁のない担々麺」。ゆでた麺にひき肉などの具材をのせて、ラー油(唐辛子)の辛さと、花椒(中国山椒)の痺れで仕上げる。しっかり混ぜておいしくなるのが特徴で、辛さ・痺れ・うまみのバランスが(店によっては酸味も加わって)食べるものを幸福感にいざなう。広島に来たら必ず食べてほしいメニューの筆頭なのである。

西エリアの人気店は元銀行という衝撃

汁なし担々麺を目指して向かったのは「赤麺 梵天丸 五日市本店」。場所は、広島市佐伯区五日市中央であり、広島市内中心部からは少し離れた場所である。とはいえ、この店はいつもお客さんで絶え間なく賑わっている。駐車場13台を完備する、汁なし担々麺専門店としては広島最大級の規模なのにもかかわらず、である。

この場所に移転すると聞いた時の驚きは今でも覚えている

交差点の角地にあるこの建物は、なんと、もともと銀行だった。梵天丸はこの近くの物件で約2年半の営業を経て大きな支持を獲得し、2014年3月にこの場所に移転オープンしたのだ。

「個人店の汁なし担々麺専門店が銀行跡地の巨大な物件を引き継ぎながら多くのファンで賑わっている」という事実だけで、広島の汁なし担々麺人気の大きさをうかがい知れるのではないだろうか。

コロナ対策で食券機の前は一組ずつがルール

広島の汁なし担々麺専門店の多くが導入しているのが食券機。そして梵天丸は専門店でありながら、汁なし担々麺以外のメニューが多い。それが家族連れにも愛される理由のひとつでもあるのだ。

メニューと辛さを選んでからボタンを押し、広い店内へと入っていく。もともと銀行だったというだけあって店内は広いのだが、コロナ対策のために席数や配置に工夫がなされている。

この広い店内に加えて奥にも客席スペースがあり常に盛況なのである

単純そうで難しい! 汁なし担々麺の設計図

広い厨房では手慣れたスタッフが汁なし担々麺を仕上げていく

梵天丸がどんなに人気店になろうが、オーナーの秋本孝也さんは常に厨房で一杯一杯を作り、その品質に目を光らせていることは客の中では有名である。「自分の目の届く範囲でキッチリ作って出していくことが基本だし、当たり前のことだと思っています」と語る。

とはいえ、オープンして10年以上が経ち社員さんの成長も著しいそうで、ある程度任せられる環境が整ったという。合わせて今回の取材写真では秋本さんは被写体にならず、スタッフの方にご出演いただくことになった。

これに加えて卓上のエビラー油があるため、6種類を手作りする心意気

梵天丸の大きな魅力は自家製ラー油ではないかと思っている。ずらりと並ぶのは辛さによって細かくブレンドされた5種類のラー油。1辛、2辛、3辛、激辛、デスラー油。これを注文によって使い分けるのだが、このほかにも卓上に備え付けられたエビラー油もあるため、6種類のラー油を手作りしている。

辛さをアップしたらラー油を増やすというオペレーションの店も多い中、しっかりと「ラー油の辛さごとに調整している」という考え方には頭が下がる思いがする。

汁なしと言えど少量のタレとスープが麺の下に入っている

汁なし担々麺にはごく少量のタレとスープが入っている。普通のラーメンが「肩までつかるお風呂」だとするならば、汁なし担々麺は「足湯」だと思っていただくとわかりやすいと信じている。このわずかな液体部分で味が決まるために、単純なようでありながら、デリケートで調理の振り幅がデカいのが奥深さ。

梵天丸の醤油ダレは6種の材料からなり、2週間寝かしてから提供。スープは主に豚骨から抽出しており、丼の中で煮干しの粉末、花椒、クミン、ラードを加えて調える。

オープン時からは製麺所を変更して「第一食品」の麺を使用している

梵天丸の汁なし担々麺は中太麺で、すすった時にワシャッとした歯ごたえがあるのが特徴。

秋本さんは語る。「麺というのは季節や温度、湿度によってブレてしまうのは当たり前なんです。だから仕入れたあと店でどうやって麺を保存するか。その管理方法が大切なんです。教えませんけど(笑)」

麺をゆでる機械は火力が強いものを使用しているため常に沸騰した状態で麺をゆでることができる
汁なし担々麺の調理の要は「湯切り」

汁なし担々麺において非常に大切な工程が「湯切り」なのである。最終的に丼の中のごく少量のタレとスープで調味するデリケートなバランスで成り立っているために、湯切りが甘いと余分な水分が出て台無しになってしまう。これまで多くの汁なし担々麺専門店を見てきたが、どの店も湯切りに留意しているのが印象的だった。もちろん梵天丸も言わずもがなである。

カープのミンチーは先発だったが汁なし担々麺のミンチはクローザー

調理の仕上げには豚ミンチとネギをのせる。梵天丸のミンチはシンプルに醤油、ニンニク、ショウガ、酒で軽く味をつけているだけだという。このミンチは真空パックした上でスチーム調理で作っているらしく、肉のうまみが逃げにくく、パサパサしないのが特徴。効率と品質を追求した中でのミンチは、最終的にとてもよく仕上がっていると言える。