ファッション誌や広告出演、アパレルブランド「idem(イデム)」をディレクションするモデル・村田倫子。お酒好きを公言する彼女が気になる飲み屋を調査しパトロールする連載の39回目は、昼はカレー、夜はスパイス中国料理が楽しめると話題の、東京・祐天寺「レカマヤジフ」を紹介します。
呑み屋パトロール vol.39「驚きの一皿の連続に胃袋刺激されまくり」の巻
スパイスは私にとって飽くなき哲学だ。変幻自在に表情を変えて、いつ何時も幸せと驚きを与えてくれる。楽しく尽きない議題であり、魅惑の恋人なのだ。 あぁ、スパイスの世界にどっぷりと浸かりたい。そんな夜に訪れたのは「レカマヤジフ」。
閑静な住宅街にひっそり佇む古民家。扉を開けた瞬間、爽やかなスパイスの香りが鼻を抜ける。 ランチタイムは「スパイス×食材×旨味」をコンセプトにした「新しいカレー」を提供し、ディナータイムでは「スパイス×中国料理」を掛け合わせたコースを楽しむことができる。
以前は中華の厨房に立っていたというシェフの高木さん。「レカマヤジフ」はその経験と彼ならではのスパイスの解釈から編み出されている。
技術と感性が交差する、今夜のお品書きはこちら。 全11品の「スパイス×中国料理8800course」8,800円。
乾杯は「ロングリッジ シュナン・ブラン」。
柑橘やトロピカルなニュアンスを感じるジューシーな白ワインをスパイスナッツと共にいただく。
ワインをはじめ、お酒のラインアップも豊富。料理とのペアリングが幅広く楽しめるのも魅力だ。
前菜1品目は、「障泥烏賊(アオリイカ)」。サクッとした歯応えでクセがなく、軽いぬめりが特徴的な春の山菜“うるい”とアオリイカが、青山椒やネギ油の香りに浸っている。それらが麺のようにつるりと喉に流れ込んで心地よい。食感も嗅覚も同時に満たされて、これからはじまるスパイス×中国料理のライブの幕開けに背筋が伸びる。
2品目はスープ。干し貝柱、昆布ベースの黄金色の旨汁に浮かぶのは、さつまどりと白菜。わさびオイル、ホタテ、麻辣、山椒などで香りと旨味を閉じ込めた上品なスープは、まさに飲める絶品アロマだ。
どの料理も、サーブされた後にシェフからの簡単なオペレーションがある。頭では理解した状態で、いざ一口。あれ? 予想を遥かに上回る味わいが口の中で繰り広げられる。
食感、香りはもちろん、スパイスが介在することによって、その食材単体では知れなかった旨味が、立体感を帯びる。過度な装飾でその子をプロデュースする強引さではなく、すっぴんを生かしたメリハリのあるメイクアップパフォーマンス。素材の良さをぐんと引き出す驚きがここにはある。
3品目は彩豊かなパレットのような一皿。写真左上から時計まわりに、鰆の燻製、自家製の燻製ベーコン、小鉢に入っている麻辣ソースに浸ったホタテ、カリフラワー、菜の花の辛子和え、紅くるり大根、黒あわび茸、百合根の素揚げ。それらに寄り添う、生山椒、カルダモン、フェネグリーク、ターメリック、ブラックマスタード、レモングラス……。どの食材にも、スパイスが掛け合わされている。
signature dishは「レカマヤジフ」のコンセプトそのものを、受け手が体感する一皿だ。口に含むと旨味が立体感を帯びる瞬間は、妙にどきどきする。
4品目は揚げ生姜のツンツンヘアーを、ピンクペッパーとネギでおめかしした、もち米の焼売。愛らしい見かけとは裏腹に、内側に秘める旨味肉汁の爆弾に「こりゃやられた……!」とうれしい悲鳴が漏れる。まだ折り返し地点前だというのに、中々ハイペースで心を掴んでくる。
5品目は台湾では馴染み深い“水蓮菜”。炒めてあるにもかかわらず、瑞々しいシャキシャキさは健在。興奮で熱った身体を心地よく鎮めてくれる。空芯菜の喉越しを最高値に上げたような一皿。水蓮菜よ、日本でももっとメジャーになってほしい……。
6品目は京都の聖護院大根に桜えびの香りがアクセントになる大根餅。もちもち愉快な咀嚼を重ねる度に染み出る旨みと香り。私の知らない大根の表情‼︎ 高木さんの手にかかるとこんな高貴な姿になるのね……と大根にうっとり笑いかけてしまう私は、メインが来る前からレカマヤジフに骨抜きにされてしまっているようだ。
佇まいから美しいメインの1品目は、金目鯛様。周りの白濁したスープはココナッツ、そして粒々と浮かぶスパイスのXO醤。ココナッツ……!?と訝しげに頬張れば、あら不思議。どんな化学反応が起きたのか脳内処理が間に合わない速度で味覚が一つにまとまる。
金目鯛の旨味とココナッツの風味をスパイスが媒介して共存し、むしろ互いの長所を引き立て合う関係に昇華される世界線があるなんて驚きだ。今夜は驚きが途切れないので、私のシナプスちゃんがずっと騒いでいる。
あーーもう見た目から破壊力が凄いけれど、食べたらもっとやばい。火鍋の旨味をぎゅっと凝縮したオリジナルソースを纏ったサーロイン様。旨味×香りが口内で爆発して火花が出そう。
そして驚くのは、この気前の良い大ぶりな一枚。下に潜む米ナスは、その旨味をしっかり吸い込んでいて、こりゃまたおいしい。
一つ前の皿でも感じたが、フィナーレに向けて“おいしい”が全力で私に殴りかかってきている。手加減なしのこのメインダブルパンチで倒れない人はいるのかしら?(私は幸せにノックアウトである)
幸せメインの後の〆の炭水化物。麺に蟹と生胡椒を練り込んだオリジナルの生麺に上海蟹の旨味が絡まって、旨味の相乗効果が炸裂中。見かけはパスタのようだけど、中華麺のような食感なので、〆の胃袋にはちょうど良い。
麺の後の米……!! なんてこった、幸せで溜め息が出ちゃう。そしてこんなお粥に出合うのは初めて。パイタンと卵白で構築された雲のようなおこげに、ぷっくりとした卵黄。立ち上るレモングラスオイルの香りもお上品。
かなり贅沢な品数の構成だったけれど、これが不思議とするする胃の中に滑り込んでゆくから面白い。“おいしい”は、胃袋を底なしにする。
さて、いよいよクライマックスのデザートへ。舌に触れた瞬間、ほろ甘いチョコは液状と化す。とろんと蕩けて、わたしの目尻はだらしなく下がる。儚い食感と、舌先に残る甘さが心地よい。
カレーをはじめ、多くのスパイス料理を口にしてきたけれど、今夜は料理が運ばれてくる度に、私の初めて体験が次々とアップデート。近頃自炊がマンネリ化して、食に対して怠惰気味だった私のお腹と心を、瑞々しく蘇らせてくれた。
やっぱり、食べるって楽しくて愛しい行為だと再認識した夜。もっと知りたいことが沢山あるなぁ。