〈芸人ごはん〉

おいしいごはんは、芸の糧。下積み時代の支えとなったあの味、ハレの日に奮発した贅沢メニュー、先輩に連れられ後輩を連れて行ったお店……。人気芸人が教えてくれた、“ここぞ”というお店を思い出とともに紹介。

第6回 ナイツ

なんと、リポートでは飽き足らず!? 江戸料理を再現する番組では、自ら包丁も握ってしまった、おいしいもの好きの漫才コンビ、ナイツの塙宣之さん(左)と、土屋伸之さん(右)。

森アーツセンターギャラリーでの開催を控える「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」。展覧会サポーターとして弥次喜多に扮し、江戸の食をナビゲートするナイツを直撃。浮世絵展にも登場するそば、寿司、天ぷらの行きつけから穴場店、おやつまで根掘り葉掘り。2020年版ナイツの江戸ごはん、ご賞味あれ。

江戸時代の人気屋台飯「そば・寿司・天ぷら」の行きつけをご案内

いまのナイツがあるのは、江戸の3大ファーストフードのおかげ!? まずは、浮世絵にもたびたび登場するそば、天ぷら、寿司のおすすめ店から。

うますぎてハマる芸人続出! 「翁そば」の冷やしたぬきそば

 

食べログマガジン編集部

古典落語の噺にも欠かせない、気が短い江戸っ子の好物といえば、そば。おふたりが足繁く通っているそば屋はありますか?

 

塙さん

18年間通い続けているのが、浅草にある「翁そば」。落語芸術協会に入ったばかりのころ、初めて連れて行ってもらって、“うまいっすね!”って感動して以来、ずっと変わらず、そばといえばこのお店。大阪の芸人さんに紹介すると、あまりにうますぎて、みんなハマっちゃう。中でも、冷やしたぬきそばがもう、うますぎて、うますぎて。麺が太めでもっちもち。そこに硬めの揚げ玉がのっているんですけど、その食感もむちゃくちゃよくて……。

@すすむ
出典:@すすむさん
 

土屋さん

普通、そばって出来立てがいちばんおいしいじゃないですか。でも、ここの冷やしたぬきそばは、できたてはもちろん、食べ進むにつれ、どんどん、どんどんおいしくなっていくんですよ。

 

塙さん

食べ進むと、揚げ玉がフニャフニャしてきちゃう店が多い中、ここのはサクサクのまんま。揚げ玉がずっと麺と絡んでいる感じがすごくいい。

 

土屋さん

最後、揚げ玉とともに皿に残ったつゆが、これまた、おいしくて。いつも、飲み干しちゃいますね。

 

塙さん

あ~、話してたら、無性に食べたくなってきました。

コンビを浅草芸人の道に誘った、「大黒家天麩羅」の天丼

 

食べログマガジン編集部

揚げ玉ひとつでここまで語るおふたりなら、天ぷらにも思い入れのある店がありそうですね!?

 

土屋さん

天ぷらは、なんといっても、「大黒家天麩羅」。浅草で、初めてふたりで一緒に食事をした、思い出の店です。当時のマセキ芸能社の社長から、無理矢理「漫才協会に入れ」って言われて。最初に浅草に連れていかれたときにごちそうになったのが、ここの天丼。

代々木乃助ククル
出典:代々木乃助ククルさん
 

食べログマガジン編集部

結果的には漫才協会に入り、内海桂子師匠について東洋館で漫才をやるようになって、今があるわけですから。まさにおふたりにとっての記念碑的江戸ごはんですね! キツネ色に揚げた天ぷらに、濃いめの甘辛~いタレがかかった、ちょっとほかにない独特な天丼ですよね。

 

土屋さん

ただ、天ぷらもタレもおいしかったんですけど、天丼をほとんど食べ終わったころに、社長が「ここはべったら漬けもおいしかったんだ」って思い出して、3つも注文しちゃって。結果的にはべったら漬けの味しか口の中に残らなかったという、ちょっとせつない思い出も……。

 

塙さん

そういえば最近、食べてないな、天ぷら。店で食べるならイカかキス、家で食べるなら舞茸がいいかなぁ。

miyoyo3
出典:miyoyo3さん
 

土屋さん

茸や野菜の天ぷらなら、湯島にある「天庄」もおいしいですよ。内海桂子師匠や、古くは古今亭志ん朝師匠も贔屓にしていたという明治創業の老舗で、春先のタラの芽の天ぷらなんか、最高ですね。

浅草ツウが通う寿司屋はこの2軒。「壽司清」と「すし屋の野八」の魅力とは?

 

食べログマガジン編集部

おふたりの話しぶりから察するに、その昔は屋台飯だったという江戸前寿司にも目がないのでは?

 

塙さん

寿司は好きですねぇ。若いころは、高い寿司なんて食べられないから、もっぱら回転寿司でしたけど。当時、渋谷でよくおばちゃんがアンケートをとっていて、それに答えると1,000円の図書カードをくれたんですよ。それを金券ショップに持っていき、換えてもらった現金900円を握り締めて回転寿司に行って、5皿ぐらい食うのがなによりの楽しみでした(笑)。

 

土屋さん

回転寿司には、いまでもよく行きますよ。サーモン好きなんです。チーズとか、アボカドとかいろいろ頼むんだけど、結局、〆はいつもサーモン。

 

塙さん

大人になった今は、「浅草 壽司清」か、「浅草 すし屋の野八」に行きますね。浅草のツウを気取るなら見過ごせない2軒ですね。「浅草 壽司清」は、しゃりが赤しゃり(赤酢を使った酢飯)で、ちょっと小ぶり。年取ってきて、ご飯がそんなに食べられなくなったので、ここの握りの大きさがちょうどいい。芸人さんをよく連れていくのは、「浅草 すし屋の野八」。一度、戸田恵子さんとサンドウィッチマンの伊達(みきお)さんとご一緒したら、アンパンマンの巻物を作ってくれて、ふたりともめっちゃ喜んでました。

酔狂老人卍
「浅草 壽司清」の江戸前小鰭(こはだ)   出典:酔狂老人卍さん
 

土屋さん

ここは、米粒1つにネタをのせたミニチュア寿司も有名なんですよね。

みるみんく
出典:みるみんくさん
 

塙さん

この間、500円でそのミニチュア寿司をいっぱい食べようと目論んだ若手芸人がいたらしくて、そんなの、もっての外ですよ!

まだまだあります、ホームグラウンド浅草の、喫茶、定食、甘いもの

「大黒家天麩羅」の天丼に誘われて以来、浅草・東洋館をホームグラウンドに漫才を演じているナイツ。江戸の食に続いて、ふたりに、さらなる浅草ごはんのおすすめを聞いてみた。

出番の合間に過ごすスカイツリーを望む超穴場カフェとは……?

 

食べログマガジン編集部

浅草は、古くから続く喫茶店がまだまだ残っていますが、お気に入りはありますか?

 

塙さん

漫才師に限らず、落語家さんもそうですが、寄席芸人って、1日2カ所ぐらいの舞台に立つことが多いんですよ。そうすると、出番と出番の間に2時間ぐらい空いちゃうんで、自ずと演芸場近くの店で過ごすことになります。

 

土屋さん

幸いなことに、寄席や演芸場のそばって、だいたい、昭和な喫茶店があるんですよ。新宿末廣亭なら、隣の「楽屋」とか、昔のヨーロッパ調のインテリアが落ち着く「珈琲貴族エジンバラ」とか……。

 

塙さん

浅草だと、もっぱら「ブロンディ」ですね。

 

食べログマガジン編集部

コント55号がここで誕生したというエピソードがあるお店ですね。ビートたけしさんもご用達だったとか。浅草芸人ご用達の純喫茶ですね!

マサレオ suZuki
ブロンディのナポリタン   出典:マサレオ suZukiさん
 

塙さん

とにかく落ち着くんで、本を読んだり、あまり人がいないときはネタを作ったりしながら、出番の5分前ぐらいまでいますかね。ナポリタンやオムライスもちゃんとおいしいので、腹が減ってるときは食べたりしますけど、ランチタイムは混んでるんで、大抵はコーヒーか、アイスコーヒー。

写真:お店から
 

土屋さん

あと、喫茶店ではないですが、「アミューズ カフェシアター」にも行きます。ドン・キホーテが入っているビルの7階にあるカフェなんですけど、スカイツリーや浅草寺の五重塔が目の前にみえて、めちゃくちゃ眺めがいい。それなのに、休日でもそんなに混んでないので、超穴場ですよ!

「食事処 酒肴 浅草 水口」のまぐろの漬け焼きは、必食の肴

 

食べログマガジン編集部

舞台のあと、ほかの芸人さんとよく飲みに行くバーや居酒屋はありますか?

 

塙さん

そもそも、飲みに行くことがあまりないんですよ。出番が終わると、すぐに帰っちゃうことが多いんで。行くとしたら、「食事処 酒肴 浅草 水口」かな。僕らにとっての職場である東洋館の、目と鼻の先にあるんで。

 

土屋さん

メニューが100種類ぐらいあって食堂としても居酒屋としても立ち寄れる、使い勝手のいい店です。いり豚っていう、豚肉と玉ねぎのカレー味炒めが名物でおいしい。

 幕張のおじちゃん
出典: 幕張のおじちゃんさん
 

塙さん

ポークソテーなんかもお気に入りメニューですけど、おすすめは、まぐろの漬け焼き。この店、まぐろの刺身がすごくおいしい。ほかのメニューに比べて、値段が高めなんですよね。漬け焼きは、その切り落としを醤油漬けにして焼いているので、値段が割と手ごろ。それでいて酒のつまみにもなるしご飯にも合います。

こだわり炸裂のタピオカミルクティーとシュークリーム

 

食べログマガジン編集部

うまい肴が出てきたところで、甘いもののお気に入りはありますか?

 

土屋さん

以前はコーヒーと一緒に、必ずデザートも頼んでいたんですけど、いまは、タピオカティー1本勝負。3年前に台湾で飲んで以来、すっかりハマっちゃいました。行く先々で試していますけど、浅草なら、「好茶 タピオカ専門店KOCHA」。アイスだと飲み終わるころにはタピオカが硬くなっちゃうので、ホット、そして無糖と決めています。

 

食べログマガジン編集部

太陽がジリジリと照り付ける季節でも?

 

土屋さん

はい、ホットで(笑)。夏にちゃんとホットを置いているかどうかで、店の真剣度がわかります。甘味のないあったかいジャスミンティーやウーロンティーに、ほんのり甘いタピオカが入っているのがいいんですよ。そこにさらにクリーミィなチーズがのったら最高です。

 routast
出典: routastさん
 

塙さん

甘いものといえば、差し入れするときは「みるくの樹」でシュークリームを買っていきます。「浅草 すし屋の野八」さん、浅草で行きつけの床屋さんが“おいしいよ”って紹介してくれて。ここのシナモンシューは、注文してからカスタードクリームを詰めてくれるので、シュー皮がしんなりしないんですよ。

 

土屋さん

ほかにも、「舟和」の芋ようかんとか、「梅園」の粟ぜんざいとか。浅草は、手みやげになる甘いものには事欠きませんね。

師匠や後輩芸人にナビゲートされた、あの店、この店

師匠を持たないお笑い芸人が増える中、浅草で天丼をごちそうになったのをきっかけに(!?)、漫才では内海桂子師匠に、落語では三遊亭小遊三師匠について、演芸場や寄席の舞台で着実に話芸を磨いてきたふたり。最後は、そんなナイツならではの、師匠や後輩との縁で出合ったうまいものを教えてくれた。

後輩芸人を連れて顔を出す、桂子師匠ご贔屓の鰻の老舗「やっ古」

 

食べログマガジン編集部

内海桂子師匠とよく訪れた、思い出のある特別な一軒を知りたいです。

 

塙さん

はずせないのは、鰻の「やっ古」ですかね。桂子師匠が昔そこでアルバイトしていたっていう、すごい歴史がある……。

まいうぜ
出典:まいうぜさん
 

食べログマガジン編集部

それは、知られざる歴史! 十一代将軍・徳川家斉の時代に創業し、江戸のグルメ紙、“江戸前大蒲焼番付”では前頭筆頭に位置付けられたと公式サイトにあります。しかも、やわらかく蒸しあげた蒲焼に江戸っ子好みのあっさりとしたタレをつけた蒲焼は、勝海舟やジョン万次郎も愛したとも!

 

土屋さん

でも、そんなに高くないんですよ。よくランチタイムに行くんですけど、うな重に刺身や小鉢なんかがついたコースみたいなのがあって。お値段も手ごろなんですよね。

 

食べログマガジン編集部

ここも、“昔ながらの佇まいの店”なんですか?

 

土屋さん

そうです。僕も、最近より老舗のよさを感じるようになりました。以前は、古めかしい店は入らないでいたけど、何かのタイミングで入ったとき「うまい! なんで今まで入らなかった!」という店が立て続けにあって。なので最近は、「昔ながらの佇まいだ」と思った店ほど行くようになりました。

 

塙さん

以前、桂子師匠のファンクラブのようなものがあって。それをいつもこの店でやっていたので、師匠も最近までよく訪れていたと思います。あとね、たまに僕が後輩を連れて行ったりすると、昔からいる従業員のおばさんがすっごい喜んでくれるの。師匠にごちそうになったり、ここでお年玉をもらったりしてるのをずっと見てたから、“あんたも一人前になったのねぇ”って。

侮るなかれ、後輩芸人から教わるうまい店

 

食べログマガジン編集部

後輩をおいしい店に連れていくだけでなく、逆に、後輩から新店情報を仕入れたりすることはありますか……?

 

土屋さん

おいしい店に詳しい後輩芸人がいるので、新店に限らず、彼のおすすめの店にはよく行きますね、僕は。

 

食べログマガジン編集部

ちなみに、そのグルメ芸人とは?

 

土屋さん

マロンフェスタっていうお笑いコンビを組んでいる、いただきマスクという人力舎の芸人で、その芸名もそこからきているんですけど。彼が、我が家の近所のおいしい店にむちゃくちゃ詳しくて、この間教えてもらったイタリアン「ラ クッチーナ ビバーチェ」も大正解でした。アクアパッツァ目当てで通っているお客さんも多いらしいんですけど、僕は、生地やソースが6層重なるラザニアが好きでした。

写真:お店から
 

塙さん

僕は、イタリアンは浮かんでこないなぁ(笑)。

落語で江戸ごはんを楽しむなら、「替わり目」のつまみと「時そば」で

 

食べログマガジン編集部

芸人ごはん談義もいよいよ〆。最後に、おふたりが好きな江戸のおいしいものが出てくる落語の演目を教えてください。

 

土屋さん

僕らは、三遊亭小遊三師匠が主任(トリ)の回によく出るんですけど、小遊三師匠がよくやる『替わり目』という演目。酔っ払って帰宅した亭主が、飲み足りなくて、奥さんにあのつまみはあるか、このつまみを出してくれ、おでんを買ってきてくれと、せがむ噺。噺自体も結構いいですし、いろいろなおつまみが出てきて、自分がひとりで晩酌しているような気分になれるので。

 

塙さん

なにかなぁ。落語の噺に出てくるのって、饅頭とか団子が多いんですよ。腹が膨れるのが嫌いなので団子が出てくる『初天神』はイヤだし、『饅頭怖い』も絶対ない。やっぱりそば好きだし、噺家さんたちはみんな、めちゃくちゃうまそうに食べるので「時そば」かな。

おいしい浮世絵展の見どころを、一言ずつ!

そば、寿司、天ぷら、鰻とは深い縁のあるナイツは、これ以上ないほど適役の展覧会サポーター。そんなふたりに「おいしい浮世絵展」の観覧ポイントを聞きました。

 

塙さん

江戸時代は、串を打った蒲焼を手で食べていたのか!? 寿司のシャリ、デカすぎないか!? と、ツッコミながら鑑賞していくと、より深く味わえますよ!

 

土屋さん

いまも昔も、旅の最大の楽しみはおいしいもの探し。東海道五十三次の旅グルメもお楽しみに!

INFORMATION

「おいしい浮世絵展~北斎 広重 国芳たちが描いた江戸の味わい~」

葛飾北斎、歌川広重らの浮世絵に生き生きと描かれた、江戸時代の人々の食風景をピックアップ。浮世絵そのものの魅力を伝えるとともに、そこからいまにつながる江戸の食文化を紐解く、オリジナルの展覧会。浮世絵から垣間見える当時の食材や調理法、レシピの再現、料理書の紹介など、おいしいもの好きにもたまらない展示が盛りだくさんだ。森アーツセンターギャラリーにて開催予定。

会場:森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)
会期:2020年7月15日(水)~9月13日(日)
会場時間:午前10時~午後8時(入館は閉館30分前まで)
※7月21日(火)、28日(火))、30日(木)、8月28日(金)のみ午後5時まで。
※混雑緩和のため事前に日時指定券の購入が必要です。入館に関する注意や詳細は下記、公式サイトにてご確認ください
問い合わせ先:ハローダイヤル 03-5777-8600

公式サイト
https://oishii-ukiyoe.jp/

 

PROFILE

ナイツ

ボケの塙宣之(はなわのぶゆき)と、ツッコミの土屋伸之(つちやのぶゆき)による漫才コンビ。ともに創価大学落語研究会の出身で、2001年に結成。内海桂子の弟子として舞台で力をつけ、2008年あたりから“ヤホー漫才”でメディアでも人気を集める。テレビ、ラジオ、舞台のほか、今年You Tuberデビューも果たしたばかり。

 

取材・文:齋藤優子

撮影:Kobayashiworld