若手実力派による、クラシックでチャレンジングなフレンチ

四ツ谷からも市ヶ谷からも徒歩7分ほどの界隈は、防衛省や大手企業の本社などが立ち並ぶビジネス街。周辺にはレストランが少なく、コンビニすらほとんどない食の空白地帯になっている。そんななかに、周辺住民および周辺企業に勤める会社員たち待望(だったであろう)のレストランがオープンした。しかも、渋谷松濤の名店「シェ松尾」やフランスでは星つきの「ティエリーマルクス銀座店」にて研鑽を積んだ若手の実力派による店ともなれば、連日予約でいっぱいなのもうなずける。

ab restaurant 外観
レストランは少し奥まった通路の先にある。

公式サイトによると、テラスには印象派のクロードモネの睡蓮の絵が壁一面に描かれているとあり、開放的なテラスがある建物を想像して行ってみるが、外からはテラスが見当たらない。店はシンプルなビルの細い通路を通った先にあり、シックで隠れ家感にあふれていた。店内はグレーとアースカラーにまとめられた大人の雰囲気に包まれた空間となっており、件のテラスは店内奥にあった。印象的なブルーの蓮の池の絵に囲まれたテラスは、暖かくなれば人気の席になることは間違いないだろう。さらに今後、開閉式のビニール製の屋根を設置し、ガスファンヒーターを置くことで、冬も利用できるようになるという。

ab restaurant店内
店内はシックで大人の空間。この空間を1日3組限定で使う贅沢。
ab restaurant テラス
モネの睡蓮の絵に囲まれた印象的なテラス。

「開けてみてのお楽しみ」の食材からつくる唯一無二の料理

「ab restaurant」のメニューは3つのコースのみ。5,000円の「序-最初の一歩 お試しコース-」、7,500円の「破-スタンダートコース-」、10,000円の「急-スペシャリティコース-」で、旬の食材や客の好みに合わせて組み立てていくオートクチュールスタイルとなっている。
とくに同店では仕入れに特徴がある。野菜は山梨県北杜市の契約農家・中野木さんから収穫したてのものを、魚介類は函館の坂井商店からその日とれたものを、内容を指定せずに仕入れているため、箱を開いて見るまで何が届くかわからないという。おまかせで届く食材をもとに、大村シェフの技術と感性によってひとつの完成されたコースとなり、その日、その人のためだけの料理として供される。

ab restaurant のコース料理(一部)
コースは3コースのみ。オートクチュールスタイルで一人ひとりに合わせた料理を提供している。

“CSR”を掲げるビストロ

食材を指定せずにおまかせで仕入れるという、店の経営面で見るとなかなかに難しいことをしているのは、同店が飲食店としての社会的責任”CSR”と後述する、持続可能な開発目標”SDGs”に基づいて店を立ち上げていることに由来している。例えば、フードロスや、生産者に対する責任など、レストランとしてできることをやっていきたいという思いだ。そのため、大村シェフは生産者に直接会いに行き、野菜であればサイズが違う、曲がっているなど、味に違いはないのに規格外とされて市場に納品できない野菜や、少量の品種などをあえて送ってもらうように頼んでいる。もちろん、規格外だからといって安く仕入れるのではなく、通常の金額で取引する。

 

魚介類も同様なため、ときに“わかめ”などフランス料理店で扱うにはかなりのアイデアが求められるようなものが届くこともあるそうだ。しかし、「それこそ、料理人としての腕が試されます。今日は何が届くのだろうとわくわくします」と楽しそうに笑う。

大村シェフ
渋谷松濤の名店「シェ松尾」やフランスでは星つきの「ティエリーマルクス銀座店」で研鑽を積んだ大村シェフ。

野菜の旨味が引き出された一皿

「破」のコースは全10品からなっており、パンや生ハムなどのほか、冷たい前菜、温かい前菜、魚、肉料理となる。
前菜には野菜の料理もあり、「山梨県北杜市 中野木さんのお野菜を使った一品」はそれぞれの野菜の甘み、旨味が引き出された一皿。この時期は根菜が豊富で、黒大根やビーツ、里芋などがグリルされ、独特の甘さや食感が際立っていた。基本的には野菜そのものの旨味で十分だが、コースで提供しているアワビを煮たときのスープと、野菜の端などでとった野菜出汁のスープを合わせ、オイルで乳化させたソースが野菜たちの味わいをさらに奥深いものにしている。

「山梨県北杜市 中野木さんのお野菜を使った一品」
「山梨県北杜市 中野木さんのお野菜を使った一品」。蒸されたり、グリルされたりした野菜からは深い旨味が生まれている。

酸味としびれのアクセントが光る魚料理

魚料理は「函館直送 坂井さんの真鱈のロースト ab style」。店内で血抜きをし、10日間ほど熟成させて旨味を凝縮させた真鱈のローストと、自家製の発酵キャベツを生ハムで巻いた一品だ。ソースは白ワインのクリームソースのため、アマゾンのハーブでしびれのある味わいが特徴のジャンブーを添えてアクセントを加えている。発酵キャベツのさわやかな酸味としびれが味覚を刺激し、クリームに飽きることなく食べ進めることができる。

「函館直送 坂井さんの真鱈のロースト ab style」
「函館直送 坂井さんの真鱈のロースト ab style」。発酵キャベツの酸味とアマゾンのハーブであるジャンブーがアクセント。

鴨の旨味を余すところなく表現

メインは大村シェフの得意料理のひとつ、鴨料理「銀の鴨の全て」。フランスの鴨料理の習熟度を認定する「メートル・ド・カナルディエ」の資格を持つだけあり、鴨のおいしさを余すところなく表現している。
とはいえ、鴨はフランス産ではなく日本の青森産だ。フランスの鴨のおいしさに感動した生産者が研究を重ねて生み出した、日本産でありながら本場に負けない品質と味を誇る「銀の鴨」を使っている。

「銀の鴨の全て」
青森産の銀の鴨のおいしさを余すところなく表現した「銀の鴨の全て」。

じっくりと火を通した鴨の胸肉は、柔らかくしっとりとした食感。鴨の旨味はありつつも、クセが少なく、とても食べやすい。そこに、黒にんにくのペースト、銀の鴨のレバーペースト、そして十五穀米のリゾットが添えられている。おもしろいのは、銀の鴨の餌も十五穀米である点だ。雑穀を食べて育っているからこその、雑穀と肉の相性の良さが感じられる。ソースは奇をてらわないペリグーソース。クラシックなフランス料理を学んできた大村シェフだからこそできる、王道の良さと大胆なアレンジとの使い分けだ。

なお、コースでは鴨料理の前に、鴨の骨や筋などを使ったコンソメのスープを提供。まさに銀の鴨を余すところなく使い切るメニュー構成となっている。

「銀の鴨の全て」と自然派ワイン。
ワインのペアリングは3種と7種があるが、実際には量を減らしてより多くの種類楽しむこともできる。

素材や食に関わる人たちへのリスペクトを表現したレストラン

「ab restaurant」は、オーナーシェフの大村さんとソムリエでサービスを担当する小山さんの2人がこだわりぬいてつくり上げている店だ。シェフとして食材と向かい合い、複数の店を経験して結果を出してきた大村さんが感じたのが、レストラン経営には多くの人が関わって成り立っている点だった。特に素材を提供する生産者たちへのリスペクトは大きく、そこを大切にしたレストランをつくりたいと行動を開始したときに出会ったのが、ソムリエの小山さんだ。
生産者や食の流通を支える人たちにも確かな利益を提供し、最高の料理に仕上げていきたいという思いを聞いた小山さんは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」を紹介し、それらに挑戦していくレストランというコンセプトが生まれた。

オーナーシェフの大村さん(左)とソムリエの木村さん(右)。
オーナーシェフの大村さん(左)とソムリエの小山さん(右)。

その挑戦は随所にみられる。壁にはコーヒーの出がらしを再利用したボードを活用。テーブルは竹の端材を圧縮したボードを使っているほか、ワインセラーの柱は流木だ。「銀の鴨の全て」で使用する皿は、ロイヤルコペンハーゲンが、売上の一部を海の浄化の活動を実施する団体に寄付する「HAV(ハウ)」というブランドのものだ。また、コース内で出すお重を包む風呂敷は、障害を持つ人たちがクリエイターとして活躍するブランドのものを利用している。そういった活動があることを知ってもらうためにも、料理の提供時には食材や料理だけでなく、皿やカトラリーなどについても説明をしている。

ab restaurant 店内
左奥はウォークインのワインセラー。柱には流木を利用している。

ワインのペアリングからも見える、客に寄り添ったサービス

オープン当初はランチも営業していたが、あまりにも人気がありすぎて2人での対応に限界を感じたことから、しばらくはディナーのみの営業となっている。1日3組に限定しているのも、サービスの質を落とさずに対応できるのが3組までとの考えからだ。
例えば、「ab restaurant」ではコースに合わせてワインのペアリングも注文できるが、お酒を飲む人と飲まない人では味の感じ方が異なるため、塩分などの加減をそれぞれで調整しているという。また、メニューとして出すためにワインのペアリングは3杯と7杯のセットがあるが、実際には少しずつたくさん飲みたいという要望に沿い、提供する量を減らしてより多くの種類を提供することもあるという。このように一人ひとりに寄り添ったサービスをしていれば1日3組もうなずける。

「破-スタンダートコース-」7,500円のコース一部。
メインディッシュの皿は売上の一部が寄付されるロイヤルコペンハーゲンのブランド。魚料理の皿は日本の作家のもの。

ワインはフランスの自然派ワインを中心に、500種類ほどを取り揃えている。また、ペアリングの最後にはお茶も用意されていて、これもインドのお茶や台湾茶、緑茶など複数種類から選ぶことができる。このお茶は、お酒を飲まない人向けのペアリングとして注文も可能だ。また、多くの店で、お酒を飲まない人向けにはガス入り、なしのミネラルウォーターが有料で用意されているが、「ab restaurant」では無料のお水にもこだわる。取材した日は、国産ジュースを販売する「Citron et Citron」の愛媛県宇和島産レモンにミントなどの香りを移したお水が提供された。皮ごとお水に入れることができるのは、防腐剤のついていない国産レモンならでは。随所に2人のこだわりが散りばめられている。

ab restaurant のテラス
暖かくなれば、人気の席になること間違いなしのテラス。

大村さんは、「まだまだやりたいことがたくさんある」と言う。近くに東京視覚障害者生活支援センターがあることから、目の不自由な人が感じて楽しめる料理を考えていたり、最近では病気が理由で塩分をとれない人の予約を受け付け、塩を一切使わない料理にチャレンジしたりしている。2月には、ソムリエ小山さんが長年考えていた、生活困窮者の方々にフードロスの食材を使ったコース料理を無料で提供する計画もある。

レストランによる食を通じた社会貢献は、客にとってはおいしいものを食べているだけなのに、食を通じて持続可能な社会を応援していることになる。自分たちも、いつの間にか社会貢献。そんなことができてしまう店だ。

 

※価格はすべて税・サービス料別

取材・文:岡崎たかこ(grooo)
撮影:松村宇洋