フードライター・森脇慶子が注目の店として訪れたのは、今年10月、東京・赤坂にオープンした「aniko」。数あるイタリア料理の中でも、マルケ地方に特化したメニューの数々を味わえる、気になる新店の味をとくとご覧あれ。

【森脇慶子のココに注目 第21回】イタリア・マルケ料理専門店「aniko」

イタリアにはイタリア料理は無い。とはよくいわれるところだが、確かに、イタリアに存在するのは各州ごとの郷土料理。私たち日本人がイタリア料理と聞いてイメージするトマトソースのパスタやピザも、いわばイタリアの郷土料理のひとつにすぎない。歴史を振り返ってみれば、数多くの都市国家に分かれていたイタリアが統一されたのは19世紀も半ば。わずか150〜160年前のことである。そう思えば、イタリア料理が各州の郷土料理の集合体であることもよくわかる。

 

最近では、日本でも北はトレンティーノアルトアディジェ州から南はシチリアまでイタリア各地方の料理をいろいろと楽しめるようになってきた。だが、イタリア中部マルケ州の料理に特化したレストランはまだ見かけたことがない。そんなレアな州の料理を味わえる新店がオープンしたと聞き、早速足を運んでみることにした。10月28日、赤坂に店を構えた「aniko」がそれだ。

ご主人の井関誠さんは、現在41歳。25歳で渡伊。イタリアでの10年間の修業のうち、ピエモンテで3年、トスカーナで2年、そして最後に訪れたマルケ州ではおよそ5年の間研鑽を積んで帰国。満を持してこの店を開いた。

オーナーシェフの井関誠さん

曰く「アペニン山脈とアドリア海に挟まれたマルケ州は、海と山の幸に恵まれた土地柄。中部イタリアに位置するので、北と南イタリア、それぞれのいいとこ取りをした料理も見かけますね」。北イタリアの特徴的な手打ちパスタと南ならではの魚介を組み合わせたパスタなどが、その良い例だそうだ。

 

さて、“マルケ州伝統料理”と記されたメニューを見れば、「マルケ州の逸品チャウスコロ」や「オリーブの肉詰めフリット」「ヴィンチスグラッシ マルケのラザニア」「魚介のマルケ風グリル」などなど、アラカルトメニューがずらり。まずは、マルケ州では定番的なワインのつまみという「オリーブの肉詰めフリット」をオーダー。

「オリーブの肉詰めフリット」

オリーブは、 井関シェフが自ら試食して選んだ「ラロッカ」のグリーンオリーブを使用。実を剥いて種を除き、そこに一個ずつ肉を詰めていく作業も手間だが、その肉自体にもかなり手をかけている。香味野菜と共に煮込んだ牛肉のラグーにサルシッチャやパン粉、ナツメグ、パルミジャーノ、レモンの皮などを混ぜ込んでいるのだ。

 

パン粉をつけて揚げたオリーブは、サクッとした歯ざわりの後、オリーブのジューシーさとミンチ状の肉の旨みがほどよく絡みつつ口中に広がり、なかなか乙な味。なるほどワインが進みそうだ。これで6個800円。手間を考えればお手頃だろう。

 

マルケ州独特の生サラミ「チャウスコロ」にも食指が動いたが、寒い夜にはやっぱり温かなスープが一番! ということで、お次は「レンズ豆のスープ」700円に。これがまたしみじみとして素朴。

「レンズ豆のスープ」

聞けば、マルケでの修業先だった二ツ星レストランのシェフのお母さんから習ったそうで、ベースはレンズ豆を煮た煮汁。たっぷりのオリーブオイルで炒めた玉ねぎやセージ、自家製パンチェッタが言うなれば出汁代わりだ。特別な食材は何ひとつ使っていないものの、ほっこりとし優しい味わいはくせになる。まさにマンマの味そのものだ。

 

「マルケ州に限ったことでは無いのですが、イタリア料理にはこうした日常の生活の中から生まれた庶民的な料理が多いですね。マルケ名物の「パッサテッリ」もそのひとつ。いわば余ったパン粉の再生利用料理です」と井関シェフ。

その「パッサテッリ」を使用した「インブロード」1,000円を食べてみることに。すると、おもむろに取り出されたのはポテトマッシャーのような器具。ここに生地を入れ、ギューッと押すと、細長い形のパスタが穴からニョロッと押し出されてくる。茹で上げたパッサテッリは、スープ仕立てでいただくのが常套だ。

「パッサテッリ インブロード」

スープは牛タンを煮込んでとったもので、ややボソッとした舌ざわりのパスタにスープがじんわりとしみた味わいは、どこか心和むおいしさだ。ちなみにこのパスタは、パン粉と小麦粉少々に卵とチーズをあわせたもの。残ったパンを食べきるための知恵から生まれたものなのだろう。余り物でもどうにかおいしく食べようとする。そんな昔の人達の逞しさが味に滲み出ているようだ。どことなく、京都の始末の心にも通じるものがある。

料理のシンプルさは、メインも同様。井関シェフのおすすめは、バーべキューコンロで焼く炭火焼の肉達。豚、仔羊、大山どりとある中で、気になったのは、鳥取県吉田養豚場の「オンリーBooロースの炭火焼」1,900円。

「オンリーBooロースの炭火焼」

清流と独自に開発した良質の飼料で育てた豚は、柔らかくクセのないまろやかな旨みが特徴。シンプルに炭火焼にしたロース肉は、ファーストアタックは穏やかながら、舌に残る余韻の深さに驚かされる。上質な豚の証だろう。

アラカルト中心の同店なら、前菜、パスタ、メインとコースで味わうもよし、ワインを目当てにつまみを少々もよし。その日の気分で使いこなせる便利さも見逃せない。デザートのティラミスを堪能していると、最後に井関シェフが一言。

「店名のアニコとは、マルケの方言で、たくさんを少しずつという意味です。この店で、おいしい料理と気の利いたワインを少しずついろいろ楽しんでいただけたらうれしいですね」。

 

※価格はすべて税抜、チャージ料一人300円

 

 

取材・文:森脇慶子
撮影:外山温子