〈サク呑み酒場〉

今夜どう? 軽〜く、一杯。もう一杯。

イマドキの酒場事情がオモシロイ。居酒屋を現代解釈したネオ居酒屋にはじまり、進化系カフェに日本酒バー。どこも気の利いたツマミに、こだわりのドリンクが揃うのが共通点だ。ふらっと寄れるアフター5のパラダイスを、食べログマガジン編集部が厳選してお届け!

渋谷から各停電車で8分の魅力の街

目まぐるしく街が変貌していく、東京・渋谷。そこから東急東横線で4駅目の学芸大学駅は、急行なら6分、各駅でもたった8分でたどり着くことができる。改札でICカードをピッと当てて精算すれば、片道157円のお手頃さ。そして、駅からトコトコ2分ほど歩けば、ちょっと寂しい通りに「大衆酒場 レインカラー」はある。

 

「帰ってきてから飲む街」。店主の手島義朋さんは、学芸大学の街の特徴をそう語る。わざわざ、この街をめがけて飲みに来る人はそう多くはないが、地元の人たちがこの街で飲むことを何よりも大切にしてくれている。そんな意味だ。手島さんは駅の反対側で「ワイン食堂 レインカラー」を営業しており、もっと日常的に利用しやすい店をと開いた2号店が「大衆酒場 レインカラー」なのである。

写真左から、店主の手島義朋さん、スタッフの大西祥司さん。

立ち飲みゾーンと椅子席が共存する、コの字形カウンター席

店舗は正方形の造りで、ファサードはガラスの引き戸が6枚。そのため、外から店内は丸見えだ。住宅地に近づくほど、近所の人にあまり酔っぱらっている姿を見られたくないという意識が働き、丸見えの店は敬遠されやすい傾向がある。だが、同店の場合、メインの通りから奥まった少し寂しい場所にあるため、こうした心配は杞憂となる。

外から丸見えのファサード。店内の賑わいを目にして、つい吸い寄せられる人も多い。

さらに、独自の客席レイアウトが丸見えなのに丸見えでない役割を果たしている。客席は、店内の前方がコの字形カウンター席で、後方がテーブル席。このコの字形カウンター席がちょっと独特で、コの字の手前の1面だけが立ち飲みのゾーンになっている。そのため、カウンター席自体も床から98㎝とハイカウンターのため、店の前を通る人が上から見下ろす構図にならず、酔っぱらっている客の顔を認識されにくいのである。

 

この1面の立ち飲みゾーンがあることで、腰を落ち着けて飲みたい人から、サッと飲んでサッと帰るサク呑みの客まで、いろんな人たちが自分のペースで気がねなく利用することができる。客は若者客から年配客まで幅広く、中でも30~40代が中心。男女比は半々なので、女性客も利用しやすい。

写真の左側の1面が立ち飲みゾーンで、他の2面には椅子を設置する。

大衆酒場で野趣あふれるつまみに舌鼓を打つ

「さて、何を飲もうか? 490円均一の10種もの日本酒が気になるなぁ」。そして、フードのメニュー表に目をやると、「刺身」「おつまみ」「一品料理」「〆の料理」でカテゴリー分けされており、全部で50種以上もの品揃え。どれを頼んでよいのか迷ったら、メニュー表の一番最初に載せてある「レインカラーおすすめの逸品」から、気になるものを頼みたい。ここにあるものは文字通り、全メニューの中から“おすすめの逸品”を抜粋したもの。6種のメニューがセレクトされ、その中には「熊の土手煮」「猪ピー」「名物 鹿のハンバーグ(150g)」といった、野趣あふれるメニューが並ぶ。

どれを食べようか迷ったら、「レインカラーおすすめの逸品」から気になるメニューを頼もう。

「大衆酒場でこんなメニューが食べられるの?」と驚きながら、「名物 鹿のハンバーグ(150g)」を頼んでみると、サツマイモのマッシュポテトの上にドンとのったボール形のハンバーグが出てくる。ハンバーグには赤ワインソースと黒胡椒がかけられ、崩しながらマッシュポテトと一緒に食べると、これが何ともクセになる味で酒がすすむ、すすむ。誰もが小さな頃から“食べなれたハンバーグ”を同店が提供すると、こんな洒落た逸品となるのだ。

「名物 鹿のハンバーグ(150g)」790円。

単品メニューを合体させ、調和の取れた一品に仕立てる

大衆酒場に欠かせないポテサラも同店が手がけると、ここにしかない独自の一品に早変わり。それが、「〆鯖とクレソンのポテトサラダ」である。〆鯖とポテサラという、それぞれ単独で成立する料理同士が合体。クレソンも交えて一緒に食べると、さらに調和の取れた味に仕上がるというあんばいだ。

 

ポテサラにツナが合うのなら、その他の塩味のきいた魚介でも合うだろうとの発想で考案したこのメニュー。現在は〆鯖を用いるが、コハダでも、イクラでも、キャビアでも、バリエーションはまだまだ可能であると、手島氏はいう。今後、いったいどんなポテサラが登場するのか? これはもう、興味津々。

「〆鯖とクレソンのポテトサラダ」590円。

満足感の高い、3種に絞った厳選刺身

酒場に欠かせないメニューといえば、その代表格が刺身である。だが、魚をメインに扱わない店からすると、常に鮮度のよいものを提供したいがロスの問題も心配だ。そのため、刺身を提供しないという選択肢もあるが、やはり何品かでも置いてあると呑ん兵衛にはうれしい。「せめて、マグロブツとタコブツでも置いてあれば……」。つい、そんなことを考えてしまう。

 

そんな呑ん兵衛の心理を知ってか知らずか、同店では「本日のお刺身」として3種の刺身を提供する。例えば、ある日のメニューには「カンパチ」「平目」「タコブツ」が登場。さらに、それらを盛り合わせた、「刺身3点盛り合わせ」も用意する。刺身の種類を絞る代わりに厳選したものを提供しており、この一品さえあれば大満足だ。

「刺身3点盛り合わせ」1,200円。

〆にならない、〆のメニュー

もう十分に満足したので、そろそろ〆のメニューを注文しようかとメニュー表に目をやると、ここにも同店の魅力がぎっしり詰まっていることに気づかされる。そこにあるのは、「なめろう茶漬け」「ラムとパクチーの四川風麻婆豆腐」「本日のレインカラーのパスタ」の3品。茶漬けはわかるにしても、麻婆豆腐やパスタまであるなんて! これらをつまみにもう一杯飲みたくならないのだろうか?

 

そんなことを考えながらパスタを注文してみる。「本日の」と謳うぐらいだから、当然、種類もいろいろある。「あげなすの完熟トマトソース」のときもあれば、「貧乏人のパスタ」のときも。それにしても、「『貧乏人のパスタ』って、凄いネーミング!」と驚いていたら、何でもイタリアにはこうした名前の庶民的パスタがあるという。具材は卵とニンニクだけで、仕上げにチーズをふりかける。

本日のレインカラーのパスタ「貧乏人のパスタ」790円。

卵は目玉焼きを作ってから小さくくずし、パスタと合わせる。チーズは特定のものを用いず、いまあるものを使用。さっと、おろしながら一面にふりかけ、黒胡椒もちらしてメリハリのある味に仕上げる。これだけシンプルなパスタであるにもかかわらず、これが何ともうまい。実は、このパスタ。バキッと半分に折って麺を茹でるため、箸でつまんでちょうど食べやすいサイズ。そのため、つまめばつまむほど、リズムよく箸がグングンすすんで、〆のつもりで頼んだのに、やっぱりもう一杯飲みたくなる。いやはや、何とも罪作りなパスタである。

「どうする、もう一杯飲む? 『生レモンサワーセット』でも注文する?」。サク呑みで終わらせてくれない魅力が詰まった同店には、何かと誘惑がいっぱいだ。こんな素敵な店を、地元の人たちだけに独占させておくのはもったいない。渋谷から電車で10分とかからず着くのだから、わざわざでも足を運びたい。本当に困った……。いや、呑ん兵衛には本当にたまらない魅惑の大衆酒場である。

「生レモンサワーセット」490円。
【本日のお会計】
■食事
・名物 鹿のハンバーグ(150g) 790円
・〆鯖とクレソンのポテトサラダ 590円
・刺身3点盛り合わせ 1,200円
・本日のレインカラーのパスタ 790円
■ドリンク
・日本酒 490円
・生レモンサワーセット 490円
合計 3,860円

※価格はすべて税抜

 

取材・文:印束義則(grooo)
撮影:岡本寿