【おいしいパンのある町へ】

Vol.19 東京・つくし野「Boulangerie Niko(ブーランジェリー・ニコ)」

のどかな風景が広がる「つくし野駅」を出て、歩くこと約15分。道沿いには店がほとんどなく、見渡す限りの住宅街。この先に本当にパン屋があるのかとドキドキして歩くと、“焼きたてパンの店”という看板の文字が目に入る。

今回訪れた「ブーランジェリー ニコ」はその立地にも驚くが、さらに意表をつかれるのが店の外観だ。パン屋といえば洋風の店舗を想像してしまうが、こちらはどこから見ても和。オーナーの唐戸秀樹さんに聞いてみると、もとは蕎麦屋だった店を改装したとか。「まさに一目惚れですね。本当はもっと駅近が良かったんですけど、こんな物件、2度と出会えないかもしれない。友人からは“こんな立地で商売をするなんて無謀だ”と止められましたが(笑)」

パン作りの楽しさは“自由度の高さ”

つくし野からそう遠くない港北ニュータウンで生まれ育った唐戸さんがこの店をオープンしたのは、4年前のこと。幼い頃から食べることが大好きだったという彼は高校卒業後、フレンチのシェフを目指す。

 

「調理学校に通っていたときに、姉妹校のパン教室で体験レッスンが開催されたんです。参加人数が少なかったみたいで、先生から“参加しろ”と駆り出されて(笑)。初めてパンを作ったら、驚くほど楽しかったんです。それから趣味でパン作りを始めたのですが、パンって工夫次第で味がガラッと変わる。料理ってある意味“食材ありき”な部分があるんです。小麦粉&水という極めてシンプルな素材で、ここまで変化をつけられるのはすごいなぁ、と」

以降、パン作りにどんどんのめり込んでいったと言う唐戸さん。卒業前に課される1カ月間の実務研修先に選んだのは、フランス料理店ではなく、自身が幼い頃に通っていたというあざみ野のパン屋「もあ四季彩館」。研修を経てパン愛が一層深まり、卒業後は同店に就職。パンの基礎から新商品の開発、店長、新店の立ち上げまでを経験しながら、独立までの11年間を勤め上げた。

圧巻の品揃え!店内にずらりと並ぶ、90種のパン

毎朝8時から営業する「ブーランジェリー ニコ」。開店前から店前で待機していると、オープンをめがけて続々と車が到着。車のナンバーは横浜にはじまり、東京、埼玉とさまざま。決してアクセス至便とは言えないこの地まで、わざわざ足を運ぶ理由とは? しかし店内に一歩踏み入れるなり、すぐさま納得。90種類ものパンが並ぶ光景を前に、誰がワクワクせずにいられるだろう。

「もあ四季彩館」で働くなか他店への体験入店や講習などを積極的に行い、自身が描く理想のパン屋を模索していたという唐戸さん。そんな彼が辿り着いたのが、「毎日食べても飽きないパン屋」だった。「洗練されたハード系、素材を選び抜いた高級パンも、もちろん好きです。でもそういったパンは、お客さんを選ぶもの。シェフとしての喜びを考えたときに、毎日食べたい!と思ってもらうことが、一番の幸せだったんです」

ひとつひとつ計算され尽くした“生活に寄り添うパン”

何かひとつに特化するのではなく、まんべんなくおいしいパンを提供する。その思いとともに作られるパンが「毎日食べても飽きない」理由は、90種類のバリエーションだけにあらず。パンひとつひとつ、「地域のお客さんがどんなときに、どうやって食べるか」ということを研究し、配合や形、食感を変えていると言う。そんな唐戸さんが作る商品は、“生活に心地よく寄り添うパン”という表現がふさわしい。

「例えばバゲットは、お年寄りや子どもには食べにくい。たっぷりと時間をかけて吸水させるポーリッシュ法を用いて、皮を薄く仕上げています。短期間で食べきる方が多いバゲットに対し、食パンで重視するのは日持ちの良さ。まとめ買いするお客さんにも、毎日おいしく食べてもらいたいので。天然酵母を使った中種法で、しっとり感の持続を高めました」

 

どれひとつをとっても計算・研究に事欠かない、「ブーランジェリー ニコ」のパンたち。常連&スタッフ人気の高い商品を教えてもらった。

「カレーパン博覧会」でグランプリ受賞!キューブ形のカレーグラタンパン

もともと人気が高かった「カレーパン」のアレンジ商品。誕生したきっかけは、常連客のリクエストだったとか。「“一家でカレーパンのファンなんだけど、子どもたちにはちょっと辛いみたい”という声をいただいて。でも、3日間かけて仕込む自慢のカレーは変えたくない。どうするべきか悩んでいたときに思いついたのが、自宅で作るカレーグラタンでした。カレーを作った翌日は、ホワイトソースをかけてグラタン風にアレンジするのが定番で。ホワイトソースを加えるだけで、マイルドに仕上がるんですよ」

 

「さらに食べやすくするために、甘みの強いバターロール生地を採用。ホワイトソースがこぼれにくいようフラットにしつつ、立体感でインパクトを出しました」。商品化されるなり、瞬く間にリピーターが続出。2017年度の「カレーパン博覧会」で金賞を受賞したことを機に、これ目当てで遠方から訪れる人も少なくないのだとか。あっさりとしたホワイトソースが辛味を和らげつつ、スパイスの風味を引き立てる。(190円)

翌日も生でOK!クリーミーな風味の「ニコの食パン」

店名の“ニコ”を掲げる食パンは、店をオープンする際に最も力を注いだという看板商品。「食パンは好きだけど、トースターで焼くのが面倒」と感じていた唐戸さんが生み出したのが、“生でおいしい食パン”。「焼かず、何もつけずにおいしい食パンが作れないものかと。パサつきを防ぐために吸水率を上げ、生クリームをたっぷり使っているのがポイント。最低でも3日は、トーストしなくてもおいしく食べていただけるはず」

さらに練乳と蜂蜜を加え、甘みを強調。「お客さんから“そのまま食べられるから、忙しい朝にぴったり”という反響をいただき、面倒だったのは僕だけじゃなかったんだ!と安心しました(笑)。お土産用として購入してくださる方が増えるにつれて、特別感を出したいなーと。円柱の型で焼きあげた、ロールケーキ風の見た目のものと、2種類を販売しています」。吸水率が高い生地は、耳までしっとり。口に含むとクリーミーな風味がふわっと広がる。(ニコの食パン 一斤340円、ニコのラウンド 1本380円)

オープン時から熱烈支持が絶えない「キャラメルクリームパン」

大の甘党を自負する唐戸さん自ら、「大好物」と宣言。丸いシルエットが愛らしい生地を開くと、中には生クリームとキャラメルクリームがぎっしり! 「大好きなクリームパンを食べていたときに、キャラメルを加えるアイデアが浮かんだんです。でも実際に作ってみたらクドかった。そこで、生クリームを加えました」

 

「キャラメルクリームは、カスタードクリームに焦がしたキャラメルソースを混ぜたもの。甘さを抑えた生クリームは、カスタードに負けないよう弾力をつけました」。生地をコーティングしたアーモンドスライスが、食感のアクセントに。(180円)

スタッフも太鼓判!1個で大満足の「ベーコンとチーズのカンパーニュ」

「ブーランジェリー ニコ」のパンを知り尽くしたスタッフが口を揃えて太鼓判を押すのがこちら。「カンパーニュ生地はもちっとした食感が、日本人好み。でも酸味が強いことで、お子さんや年配の方に避けられがちでした。そこで香りが強いチーズとベーコンを合わせ、酸味をカバー。何もつけずに食べられる手軽さが、好評をいただいています」

 

「通常はフランス産小麦&ライ麦粉で作る生地に強力粉をブレンドして、よりもっちりとさせました。ベーコンは大きく角切りにして、食べ応えと高級感を強調。チーズはカマンベールを中に包み、上にナチュラルチーズをトッピング。外はパリッ、中はとろりと、異なる食感を楽しんでください」(180円)

※現在、2階のカフェの営業は休止

唐戸さんに聞く、つくし野エリアの一押しグルメ

「甘党で、B級グルメ好き」と公言する唐戸さんらしい、2店をチョイス。お店へ行った際に、足を運んでみては。

いつ行っても新しい味に出合える「創作菓子 アトリ みなみ台店」

「甘い物が食べたくなったときは、すかさずここへ。とくにレモンケーキがお気に入りで、うちのスタッフにもファンが多い。夏季限定ですが、自家製コーヒーゼリー&ソフトクリームも絶品。いつ行っても新商品が並んでいて、いい刺激を受けます」

たっぷりキャベツと濃厚スープが好バランス!「うえむらや 霧が丘店」

「スイーツの次に好きなのがラーメン。なかでも一番リピートしているのが、『うえむらや』。おすすめはキャベ玉ラーメン。キャベツ半玉がどーん!とのったインパクトは、何度食べてもすごい(笑)。さっと茹でたみずみずしいキャベツと、濃厚なこってりスープのバランスが絶妙です」

撮影:小野広幸

取材・文:中西彩乃