【噂の新店】「harvest project」
2025年は何かとフレンチが元気だ。二つ星レストラン出身のシェフが始めたワンオペカウンターフレンチもあれば、アラカルト主体のビストロに実力シェフのイノベーティブ系フレンチ、そして久方ぶりのグランメゾン級レストランなど。注目店が目白押し……といったところだろう。そんな中、また一つ気になる店がオープンした。今年8月8日、麻布十番に人知れず産声をあげた「harvest project」がそれだ。

オーナーシェフは椎名豊太郎さん、30歳。料理人を志したのは高校2年生の時だそうで、もともと、人に感動を与える仕事に就きたいと考えていた椎名さん。最初は映画監督になりたかったそうだが、高校時代に経験した東北でのボランティア活動をきっかけに料理の道へと進むことに。椎名シェフ曰く「この時、知りあったボランティア団体のボスの影響が強いですね。炊き出しをはじめとする取り組みの中で、1人でも、微力ながら人の心を動かせる力があるのは料理なのでは、と思ったんです」とのこと。料理を通して自らのメッセージを伝えたい——そう考えた椎名シェフは高校卒業後、大阪の辻調理師専門学校を経て進んだ修業先が、あの「NARISAWA」。確かに『炭の料理』『土の料理』そして『イノベーティブ里山キュイジーヌ』とメッセージ力にかけては、この日本で成澤由浩シェフの右に出るものはいまい。辻調の先生から勧められたのがきっかけだそうだが、なるほど、先生は椎名シェフの思いをしっかり見抜いていたのだろう。

19歳から丸4年間、ここでみっちりと修業を積み、麻布十番「釜津田」のスーシェフを経て独り立ち。神田の「焼肉美かさ」や牛肉の老舗「銀座吉澤」等々のスーパーバイザーとして働きながら、自らの店を立ち上げたというわけだ。
「店名は僕の名前から。豊太郎の豊は“豊作”という言葉もあるように、作物がよく実る様子や、収穫を意味する言葉。それで“harvest”と名づけました」と、椎名シェフ。ビルのエレベーターを降りて扉を開ければ、そこは成層圏ブルーに包まれた静穏な空間。古代オリエントを起源とし、豊かな自然を象徴するペイズリー柄のテーブルクロスが、きらめくグラスと共に妖艶な趣を醸し出している。

メニューは、全8~9品が出るおまかせ2.2万円のみ。そのコースは「御礼の花束」と名づけられた前菜からスタートする。その名の通り、ひまわりやオクラなどの江戸前ハーブやエディブルフラワーで飾られたグラスは、まさに食べる花束。グラスの底には、トマト水にわさびを合わせたジュレを忍ばせてあり、いわば、これがドレッシング代わり。爽やかな香りと食味は、コースのスターターにピッタリだ。

2品目の「縞えびのタルタル セビーチェ」が出た後、子持ち鮎を用いた鮎の一皿「鮎 茄子 エディブルフラワー ROYALSMOKE」がカウンターに置かれた。ムニエルにした鮎の下には茄子のペーストが敷かれている。だが、これが完成形ではない。

続けて椎名シェフが特注のスモーカーを皿に仕掛けるや、みるみるうちに鮎が煙に包まれ、皿からはもくもくと燻煙が上がっていく。桜のチップの薫香が辺りに立ち込めると共に、燻煙の中から瞬間スモークされた鮎が次第に姿を現すさまはいかにも幻想的だ。こうしたパフォーマンスも魅力の一つだろう。

次に登場したのは「熊海老 トマト ヴァニラ」。そう、成澤由浩シェフ往年のスペシャリテ“オマール海老のロースト トマト ヴァニラ”のオマージュとも言うべき一品だ。

ポワレした熊海老にローストしたトマトとセミドライトマトを合わせ、バニラの香りをまとわせてバターでうまみをまとめあげている。

バニラの甘やかな風味と海老の甘み、そしてトマトの甘酸っぱさが不思議な調和を見せ、フルーティにして華やか、香り高い佳品となっている。

インパクトのある一皿の次に供されたのは「蜆スープ 白海老 江戸前ハーブ」。カウンターに置かれたのは、春菊や水菜、芹、三つ葉などの江戸前ハーブと白海老を入れたスープ皿。続いて、ポットに入ったスープが運ばれてきた。これを目前で注ぐわけだが、その前になんと椎名シェフ、アツアツに熱した太白油をハーブに回しかけたのだ。瞬間、ジュワッという快音と共に脳裏に刻み込まれるかのような香気が立ち上る。そして間髪をいれず、ポットの蜆スープがカップに静かに注ぎこまれた。「100%、蜆と生姜だけで作ったスープです」と椎名シェフ。

グルタミン酸とイノシン酸という2つのうまみ成分を持つ甲殻類に、貝類ならではの強いうまみ成分であるコハク酸が合わさることで味に幅が生まれ、深みのある余韻が味蕾に染み渡るよう。香りとの相乗効果もあり、あっさりとしているようで、実に印象的な佳品に仕上がっている。

この後、メインの魚料理(取材日は“白子ムニエル”)、岩中豚、合鴨(+1,100円)、松阪牛(+3,850円)から好きな肉を選べる肉料理と続き、デザートで大団円。一皿一皿の量感もあり、何を食べたかが記憶に残るコース内容となっている。

併せてワインも、ブルゴーニュを中心にフランス産のみをストック。グランヴァンもしっかり用意されている。グラスワインの用意もあるものの椎名シェフはボトルを推奨。曰く「ペアリングもいいですが、良いワインを1本空けて、時間と共に開かれ、変わっていく香りや味わいを楽しんでもらいたいですね」とのこと。ちなみにグラスワインは1,650円~、ボトルワイン11,000円~。
※価格はすべて税込、サービス料(10%)別


