【おいしいパンのある町へ】

Vol.14 東京・葛飾「Boulangerie Auvergne(ブーランジュリー オーヴェルニュ)」

料理やスイーツしかり、ベーカリー業界でも、パン職人がこぞって参加する様々なコンテストが世界中で開催されている。ベーカリーコンテスト界でその名を知らぬ人はいない、というほど、数々の受賞歴を誇る名人のお店を東京都葛飾区に発見。

「ブーランジュリー オーヴェルニュ」が位置するのは、葛飾区役所からほど近い住宅街。最寄駅は京成押上線・立石駅、京成本線・お花茶屋駅/青砥駅、どの駅からでも徒歩約15分。お世辞にもアクセスが良いとは言えない立地ながら、平日もお昼を過ぎると人気メニューは軒並み売り切れ、週末には他県から多くの人々が押し寄せる。人々のお目当てはもちろん、世界中のベーカリーコンテストを総なめしているユニークなパンの数々だ。

格闘家からパン職人になるまで

2003年にオープンした「ブーランジュリー オーヴェルニュ」のオーナーシェフを務めるのは、井上克哉さん。なんとブーランジュになる前には格闘家を目指していたという、異例の経歴の持ち主だ。「高校を卒業後は格闘家を目指しながら、フリーターをしていました。午後から練習時間をしっかり取るとなると、なかなか合う仕事がなくて……。そんな生活にしっくりとハマったのが、朝が早いパン屋でのアルバイトでした」

「だから特段パンが好き、ということもなくて(笑)。でもそんな僕を、お店の方たちがすごく温かく迎え入れてくださった。販売から始まり、徐々に、パン作りも教えてもらうようになりました。働き始めてから2年ほど経ったときに、閉店が決まって。迷わず、次の職場もパン屋を選んでいました。今思えばすでに当時から、パン作りに魅了されていたのだと思います」

格闘技をやめると決心したとき、パン屋以外の職業を考えられなかった

2店舗目に井上さんが選んだ職場は、生まれ育った葛飾の小さなパン屋。そこで働くなか、格闘家としての道を諦めるときが訪れる。「25歳くらいでしたね。結婚を意識しはじめた頃です。格闘家として家族を養うのは無理だな、と思い、転職を決意。パン作りが楽しかったこともあり、それ以外の選択肢は思い浮かばなかったですね。でも個人店だと、学べることに限りがある。本格的にパンを究めようと、中村屋『ファリーヌ』で働き始めました」

「カリフォルニアレーズンコンテスト」でグランプリを受賞した、「カラメルレーズン」。(173円)

 

そこから井上さんの探究心に火がつき、「ファリーヌ」で2年、さらに「ビゴの店」で2年の経験を積んだのち、「ドンク」に就職。そこで、ベーカリーコンテストへの情熱が芽生える。「『ドンク』は社内のコンテストも豊富で、他国で開催されるコンテストへの参加も積極的に後押しする社風だったんです。チャレンジを続けるなか、“パン屋の登竜門”として知られる『カリフォルニアウォルナッツコンテスト』、『カリフォルニアレーズンコンテスト』の2部門でグランプリを受賞。それが自信につながって、独立を意識するようになりました」

いい職人を育てて、パン業界に貢献したい

チーフを務めた「ドンク」での在勤8年目に、独立を決意。「同僚からは都心をすすめられましたが、どうしても地元が良かった。特に意識はしていませんが、やはりこの街に愛着があるんだと思います。15年前、葛飾区は今ほど栄えていなくて、駅前は古くからの飲み屋ばかり。地域の人が集まる区役所の近所で米屋さんの跡地を買取り、この店をオープンさせました」

近くに飲食店がないという好条件もあり、オープン当初からお店は大盛況。ひとりで行っていた調理もすぐに間に合わなくなり、現在では10名のスタッフを抱える大所帯に。パン職人を目指す若きスタッフたちひとりひとりを、「独り立ちできるようしっかり育てる」ことを自らの使命としているという井上さん。教育の一環として推進しているのが、ベーカリーコンテストへのチャレンジだ。

 

「自分自身、コンテストに参加することで、多くのことを学んできました。技術のレベルアップ、意識の向上はもちろんのこと、独立するための自信にもつながる。自分の店から腕のいいパン職人を輩出することが、自分を成長させてくれたパン業界への恩返しだと思っています」

数々のコンテスト受賞歴を誇る井上さんやスタッフたちの、グランプリ受賞商品がずらりと並ぶ店内。世界で認められた絶品パンの数々のなかでも、井上さんが満を持しておすすめするのがこちらの4商品。

 

作るたびに初心に戻る、初めての入賞作品

「ドンク」勤務時代の1999年、社内コンテストで初めて入賞を果たした商品が「ドライフルーツと木の実のタルト」。「入賞したときのうれしさは、今でも忘れられません。これを作るたび初心に戻り、頑張る意欲が湧いてきます」

 

「当時はまだ珍しかった、ピスタチオのダマンドを生かして考案しました。食感を加えるために、クルミ、アーモンド、マカダミアナッツを細かく砕き、ダマンドにミックス。生地は、ダマンドと相性の良いブリオッシュ。プルーン、洋梨、アプリコット、イチジクのコンポートをトッピングし、色合いと風味のバランスを整えました」。バターの香り豊かな生地に、ナッツの香ばしさとフルーツの酸味が見事に調和。どこを食べても味わいが異なり、一口ごとに楽しめる。(184円)

三日月形が新鮮!大人から子どもまでハマる3色のメロンパン

監督として参加した“パンのオリンピック”「ibaカップ2015」で、見事優勝。その年のテーマ「サーカス」にちなんで発案したパン数種類のなかから商品化したのが、「カラフルムーン」。テレビなどのメディアでも多々取り上げられ、これを目当てに訪れる人が後を絶たないそう。

 

「コンテストで重視されるのが、味と見た目のインパクト。中のブリオッシュ生地はチョコレートとドライクランベリーを練り込み、甘さと酸味のバランスを調整。メロン皮はそれぞれ抹茶、かぼちゃ、チョコレートを練り込み、彩り豊かに。さらに見る人の意表を突くべく、三日月の形にしました」(260円)

クルミの甘さ、オレンジピールの酸味、緑茶の渋みが絶妙にマッチ!

ハード系のパンで1番人気を誇るのが、スタッフが「2017 カリフォルニア くるみ 製パン・製菓コンテスト ブレッド部門」で最高金賞を受賞した「クルミと緑茶のマリアージュ」。「自家製酵母によるルヴァン種(発酵種)で、生地に若干の酸味があるのが特徴。10種の小麦粉にライ麦をブレンドし、風味をプラス。さらに長時間発酵でコクを出しました」

 

「生地の中にたっぷりと入れたクルミは、緑茶パウダーを混ぜたカラメルでコーティング。生地に緑茶パウダーを混ぜるよりも緑茶の風味を感じられ、カリカリとした食感もいいアクセントに。さらにオレンジピールを加え、爽やかな後味を演出しています」。緑茶パウダーをたっぷりと混ぜた薄生地で包んでから焼き上げることで、クルミやオレンジピールが焦げるのを防ぎ、外はパリッ、中はしっとりとした仕上がりに。(324円)

チーズ好き必食!いつ食べてもとろ〜り食感にうっとり

最近の新作で一番の自信作と語るのが、「ふわとろフロマージュ」。「チーズのパンって、冷めるとカチカチになってしまうのが残念で。時間が経っても固まらない、クリームチーズを使ったのがポイントです。さらにチェダーチーズ、プロセスチーズを加え、味わいに深みを出しました」

「クリームチーズの食感に合わせて、あえてハード系ではなく、食パン生地を採用。通常の食パンよりも甘さを抑えることで、チーズの酸味と喧嘩しないように」。手で半分に割ると、たっぷりのチーズがとろ〜り。ふんわり柔らかな生地とともに、あっという間にペロリと完食。(346円)

井上さんに聞く、葛飾の一押しグルメ

大のお酒好きで、晩酌を欠かさないと語る井上さん。多くの飲食店が軒を連ねる立石駅前で、お気に入りの2店舗を教えてもらった。

ここのホルモンを食べたら、ほかでは食べられない!「三平」

「昔から地元の人で連日、大にぎわいしている人気店。妻もお酒が好きで、ふたりで通っています。ここの売りは、なんと言っても鮮度抜群のホルモン焼き。ぜひとも一度味わって欲しいのが、レバー。もう他の店は行けません」

育ち盛りの息子も大満足!鮮度の高いお肉が魅力の「焼肉ハウス家族亭」

「家族で外食する際は、ここが定番。店の隣にある精肉店から仕入れているお肉はどれもジューシーでおいしく、コストパフォーマンスも抜群にいい。野球部に所属する息子も大喜びして食べています」

撮影:山田英博

取材・文:中西彩乃