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【THEご褒美スイーツ 〜知っておきたい通な店〜】
「食事と同じくらい、スイーツにも絶対手を抜きたくない!」と、日々美味なるスイーツを探し求める甘いもの好きさんにお届けする本連載。スイーツの歴史研究のみならず、製菓にも精通するお菓子の歴史研究家・猫井登さんが太鼓判を押す、ご褒美スイーツを紹介します。
〈第11回〉「LENOTRE 東京」
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ルノートルは1957年創業の老舗。フランス最高峰のメゾンの一つとして知られる。ルノートルの創始者ガストン・ルノートル氏は、現代フランス菓子の基礎を築いた人物といわれる。これは具体的にどういうことなのか? 詳しくは記事の後半でフランス菓子の歴史とともに紹介したい。
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2019年の銀座三越店に続き、日本における旗艦店として2023年7月28日、東京駅正面の新丸ビル1階に「ルノートル東京」をオープンした。こちらの店舗では、ガストン・ルノートル氏のレシピを受け継ぎ、店内のキッチンでフィナンシェやクッキーを焼き上げて提供。店内4席のほか共用のテラス席もあり、焼き立ての焼き菓子や厳格に温度管理された生菓子をおすすめの飲み物と一緒に楽しむことができる。
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【ご褒美スイーツその①】「〈焼きたて〉フィナンシェ ナチュール」
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こちらのフィナンシェは、アーモンドとヘーゼルナッツを使用し、外は香ばしく、中はしっとりと焼き上げられたもの。口に運ぶとふわっと湯気が立ち、穏やかにバターが香り立つ。通常のフィナンシェよりも生地に膨らみがあり、外側はサクッと、中は水分量が多く、ややねっとり。甘さは控えめ。
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生地はしっとり食感で、食べているうちにアーモンドやヘーゼルナッツの味わいが増してくる。
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【ご褒美スイーツその②】「〈焼きたて〉フィナンシェ・ピスターシュ・アグリューム」
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日本限定、ピスタチオとオレンジのフィナンシェ。「緑の宝石」ともいわれる希少なピスタチオを使用し、隠し味には抹茶が加えられている。オレンジがピスタチオの香ばしさを引き立て、ほのかに香る抹茶が深みを出す。
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口に含むと、まずピスタチオ感が半端ない。ピスタチオは、シチリアのブロンテ産。品質を維持するために2年に1度しか収穫されないという希少なもので、極めて濃厚な味わいだ。こちらに合わせているのが、アグリューム(柑橘の意)。オレンジのゼストが入ったジュレがセンターに入っており、オレンジの爽やかさと酸味がピスタチオの重さを軽やかにし、エレガントな味わいに昇華させている。
【ご褒美スイーツその③】「ルノートル クッキー ショコラ・オ・レ&ノワゼット」
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濃厚なヘーゼルナッツとミルクチョコレートのソフトクッキー。こちらも、お店で成形し焼き上げられる。仕上げにしっかりと火を入れて香ばしさをつけたキャラメルを表面に絞り、粉砂糖を振って仕上げられる。
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表面のヘーゼルナッツのクランブルがガリッと。中の生地はしっとり、大きめのチョコチップがねっとり。食感のコントラストが素晴らしい。濃厚ながらも軽やか。キャラメルソースが香ばしく、ほんのりと苦みを感じさせ、大人の味わいを演出。
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今、パリではソフトタイプの大ぶりのクッキーがモードとなっているが、それをルノートルらしく、うまみの強いヘーゼルナッツを主軸に味を組み立てた完成度の高い逸品。
【ご褒美スイーツその④】「フイユ・ドトンヌ」
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「フイユ・ドトンヌ」は「秋の葉」という名の生ケーキ。50年以上にわたり、不変のレシピとノウハウで引き継がれるルノートルのスペシャリテだ。構造的には、メレンゲをチョコレートのムースで包み、さらにそれをチョコレートで包みこむという、いたってシンプルなものだ。
豊潤なム-スショコラノワールに、さっくりと軽やかな食感のメレンゲがよく合う。濃厚な味わいなのに、軽やかな後味。なんとも不思議なケーキだが、このようなムースを50年以上も前に生み出したガストン・ルノートル氏の才能には驚かされる。
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そしてこのケーキを更なる高みに押し上げるのが、この店のコーヒー「アメリカーノ」だ。現在ルノートルのクリエーション・ディレクターを務めるギー・クレンザー氏は、なんと1988年にシャルキュトリー・トレトゥール部門、1996年にキュイジニエと、2つの部門でM.O.F.(フランス国家最優秀職人章)を獲得している人物だが、2016年にはバリスタ・焙煎士の資格も取得。その彼がお店のケーキに合うようにと用意したのがこちらのコーヒー。単体でコーヒーだけ味わうと、やや酸味が強く感じられるが、フイユ・ドトンヌと合わせるとお互いに引き立て合う、まさに至高のマリアージュとなるのだ。
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お時間に余裕があれば、是非、店内で焼き立てのフィナンシェやクッキーを、そして特製のコーヒーとともにスペシャリテのケーキを味わっていただければと思う。
フランス菓子界の父と呼ばれるガストン・ルノートル氏の功績とは?
近代フランス菓子は、19世紀にアントナン・カレームという天才料理人・菓子職人によって系統的に集大成される。しかし、その後目立った発展はなく20世紀半ばまで大きな変化はなかった。当時のフランス菓子と言えば、しっかりした甘さの重い生地、脂肪分たっぷりのバタークリーム、使われるフルーツも砂糖漬けか、洋酒漬けのものだった。肉体労働が仕事の中心であった時代、お菓子はまさに間食の位置づけ。体を動かすエネルギー源の一つであり、しっかりと満足感が得られる、甘く重厚な味わいを提供することこそがお菓子の役割だった。
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戦後の1950年代以降、本格的な工業化の時代が到来し、さまざまな分野で機械化が進む。肉体労働の割合は減少し、以前のようなエネルギー摂取が必要なくなると、重いお菓子は徐々に敬遠されるようになる。
そこに彗星のごとく登場したのが、ガストン・ルノートル氏であった。ノルマンディー出身で良質な乳製品や新鮮な果物に囲まれて育った彼は、お菓子作りに新鮮なフルーツを使い、クリームも軽やかなものに改良。進歩した冷蔵・冷凍技術を使い、ムースやスフレといった口当たりの軽いレシピを次々に開発。時代のニーズにマッチした、瑞々しいフルーツがふんだんに使われた軽やかなケーキ類はたちまち評判となり、人々から高い評価を得た。さらに、新しいレシピだけでなく、セルクル型などの菓子型を用いて冷やし固める手法なども考案し、厨房作業の大幅な合理化・効率化も図った。
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1957年に彼が妻と2人でパリに開いた店は大成功を収め、やがてケータリングやレセプション事業にも進出を果たす。しかし、氏の最大の業績は何と言っても、1971年に「エコール・ルノートル」という製菓学校を設立し、自身のレシピや技術を公開し、伝授したことにある。今でもほとんどの店が自店の利益を守るため、レシピや技術の公開には消極的だが、彼は当時最先端だったノウハウを惜しげもなく全て明らかにして、丁寧に教えた。これによりフランス菓子は飛躍的な進歩を遂げる。アントナン・カレーム以来、まさに150年ぶりの大きな変革をもたらしたと言っても過言ではないだろう。
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さらに、1980年代になり、経済がグローバル化する中、エコール・ルノートルやルノートルの工房で修業したパティシエたちが世界各国に雄飛。ルノートルにより生み出された現代フランス菓子はフランス国内のみならず、世界各国に広がっていった。余談だが、私がフランス系の製菓学校で学んだ多くのレシピや手法は、ほとんどがルノートルのものだったし、教官もルノートルの工房出身者だった。まさにルノートルは現代フランス菓子のバックボーンとなっているのだ。
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店内でお菓子を食べられるときは、是非天井のデザインにもご注目を! 黄緑色の尖った楕円形が中心から広がるように散りばめられているが、これはお菓子の素材となる小麦の穀粒を表したものだ。天井のデザイン一つにも、ガストン・ルノートル氏の素材へのリスペクトが感じられる。
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撮影:外山温子
文:猫井登、食べログマガジン編集部