〈食べログ3.5以下のうまい店〉
巷では「おいしい店は食べログ3.5以上」なんて噂がまことしやかに流れているようだが、ちょっと待ったー! 食べログ3.5以上の店は全体の3%。つまり97%は3.5以下だ。
食べログでは口コミを独自の方法で集計して採点されるため、口コミ数が少なかったり、新しくオープンしたお店だったりすると「本当はおいしいのに点数は3.5に満たない」ことが十分あり得るのだ。
点数が上がってしまうと予約が取りにくくなることもあるので、むしろ食通こそ「3.5以下のうまい店」に注目し、今のうちにと楽しんでいるらしい。
そこで、グルメなあの人にお願いして、まだまだ知られていないとっておきの「3.5以下のうまい店」を紹介する本企画。今回は、「東京最高のレストラン」編集長・大木淳夫さんが30年前に出会ったビステッカを食べられるイタリアンを紹介。
教えてくれる人
大木淳夫
「東京最高のレストラン」編集長
1965年東京生まれ。ぴあ株式会社入社後、日本初のプロによる唯一の実名評価本「東京最高のレストラン」編集長を2001年の創刊より20年に渡り務めている。その他の編集作品に「堀江貴文 VS.外食の革命的経営者」(堀江貴文)、「新時代の江戸前鮨がわかる本」(早川光)、「にっぽん氷の図鑑」(原田泉)、「東京とんかつ会議」(山本益博、マッキー牧元、河田剛)、「一食入魂」(小山薫堂)、「いまどき真っ当な料理店」(田中康夫)など。
好きなジャンルは寿司とフレンチ。現在は、食べログ「グルメ著名人」としても活動中。2018年1月に発足した「日本ガストロノミー協会」理事も務める。最新刊「東京最高のレストラン2022」が発売中。
ビステッカに惚れ込み約40年「トゥリオ (Tullio)」の伝説的シェフ
広尾「トゥリオ」の猪狩英嗣シェフは、東京の肉文化を盛り上げてきた職人のひとり。1980年代のはじめ28歳でイタリアに渡り、トスカーナ地方を代表する名物料理「ビステッカ アッラ フィオレンティーナ(フィレンツェ風Tボーンステーキ)」と出会い、惚れ込む。帰国後、1986年に青山学院大学の西門前で「トゥリオ (Tullio)」を創業し、現在の食べログ点数は3.07。渋谷や青山など移転しながら、本物の味を広めるためにたゆまぬ努力を重ねてきた。「どうしてもビステッカに適した赤身肉が見つからず、店を閉めていた時期もあった」と猪狩シェフは語る。
※点数は2022年4月時点のものです。
大木さん
30年近く前に信頼する食通の方にすすめられて訪れました。当時はまだ「ビステッカ アッラ フィオレンティーナ」自体が日本ではそれほどメジャーではなかったと思うのですが、サシではなく赤身を愛するイタリア流のステーキのおいしさと、猪狩シェフの肉を焼く迫力に驚いたことを覚えています。日本で初めてビステッカを焼いたとも言われる、まさにレジェンドの店です。
店を閉めてから1年近く、ビステッカに適した牛肉を探し回った猪狩シェフ。「そもそも黒毛和牛は脂肪がつきやすい品種です。なかでもビステッカに使う部位は、サシが入らないよう意図的に育てないとおいしい赤身になりません。A5和牛がブームになった影響で霜降り肉の方が高く売れる傾向になり、わざわざ手間をかけて脂肪の少ない黒毛和牛を育てる生産者がいなくなってしまいました」
国内だけでなく、ヨーロッパ各地やアメリカなどにも出向いたが、理想の赤身肉は見つからなかったという。
「黒毛和牛の赤身肉でないと、どうしても納得できませんでした。そこで、本当は頼りたくなかったのですが……地元である北海道で牛や馬の獣医をしていた父の力を借りることにしました。昔なじみの生産者さんを紹介してもらい、特別な方法で黒毛和牛を育ててもらえることになったんです」
牛1頭に対して十分なスペースを確保し、人間が生活できるくらいの清潔さを保ちつつ、24ヶ月の間ストレスなく育てた雌の黒毛和牛。そのロース肉の塊を、個体ごと状態を見極めながら3週間ほど寝かした「ビステッカに最適な赤身肉」を手にし、猪狩シェフは店の再開を決めた。
大木さん
積み上げた歴史が持つ落ち着き、客層の良さは圧巻です。適度な距離感を保ちながらも、温かく行き届いたサービスと相まって「この店の常連になりたい!」という気持ちが強くなります。大きな塊肉の骨を斧で叩き切ったり、専用のグリラーで肉を焼いたり、猪狩シェフの所作があまりに自然体で、まさに名人芸を見ているようです。肉、特に赤身好きであれば必ず食べておくべき味でしょう。そして定評のあるパスタ、ワインが進む前菜、濃厚なスイーツを堪能できるイタリアンの名店でもあります。