ファッション誌『mina』や『SPRiNG』などで活躍するモデルでありながら、豪快な飲み方がなんとも男らしい! お酒好きを公言するモデル・村田倫子が、気になる飲み屋をパトロールする連載。「同世代の人にもっと外食、外飲みを楽しんで欲しい!」と願いを込めてお送りする連載24回目は、東京・学芸大学「TOKIYA」をパトロール。
呑み屋パトロール vol.24「驚きの食体験に味覚も楽しくアップデートの巻」
昨日の夜何食べたっけ? 私にとって、日々の軸となる食事。マルチタスク化した生活を過ごしているからこそ、おざなりにもでき、大事にもできる。
だけど今宵は数ある食体験のなかでも忘れられないディナーを。
学芸大学駅から五本木方面へぶらり。住宅街にひっそりと佇む一軒家ビストロ「TOKIYA」。オレンジのライトが漏れる大きな窓を目印に扉をくぐる。
なんだか落ち着くあたたかな空間。当初は、オーナーの飯村さんのお母様が料理を振るまい、家族で始まった「TOKIYA」。ここ学芸大学に移転してからは、飯村さんが引き継いでキッチンを切り盛りしている。
家庭的なメニューが中心だった初代「TOKIYA」から、お料理も一新。味の核となる部分のDNAは引き継ぎつつ、今はフレンチベースの創作料理が楽しめる。
「ワインが好きで、ソムリエの資格を持っています。なので、おいしいワインに合う料理を出したくて今の形になりました」と、飯村さん。
TOKIYAのディナーメニューはコース形式。今回オーダーした「冬の4皿」4,500円の前菜として現れたのは、「洋梨、下仁田ねぎ、ゴルゴンゾーラ、胡麻、抹茶」。素材の羅列がメニュー名なのも面白い。
まずは挨拶から。華やかなパンジーが咲く草原のような前菜に、第一印象の掴みは完璧。次に気になるのは、性格(味)である。
ソテーされた肉厚な下仁田ねぎの甘みと青さ、洋梨の酸味と甘み、チーズのコクの深さ、抹茶の苦み。全ての要素が溶け合い、不思議と旨みとして着地する。説明のつかないおいしさに困惑する私……。まるでおいしさの因数分解を体感しているようだ。
「僕の中で、色々試行錯誤して完成した確かなマッピングがあって。その素材が生み出す甘み、苦み、酸味といった味成分に着目して、わくわくするような方程式を作っていきます」と飯村さん。ワインを選ぶように素材の要素を抽出して組み立てる、ソムリエ視点のメニュー作り。なんて自由でユニークな発想なのだろう。
そして、一皿目とのペアリングで出してもらったワインが「Cremant D’alsace Le 14 Selectionne Par Marc Tempe Domaine Marc Tempe」。
味の余韻に浸りつつ口に中の広がっていた一皿目の料理の旨みが、きゅっとまとまってすとんと落ちる感覚。
「ワインはTOKIYAの料理にとって最後の調味料なんです。ワインが入って完成するように、そんなバランスで食材の足し引きをしてます」と飯村さんの言う通り、ワインの持つ、苦みや酸味、甘みを計算した上で、一皿設計をするメニュー仕立て。TOKIYAにとっては、ワインも主役級の演者である。
テーブルに運ばれてきた瞬間、思わず絶句……。美しさと、衝撃。異なる感覚がぶつかり合って困惑。
「お客さんに、その時間を楽しんでもらうことをゴールにしています。面白がって、ワクワクして、記憶に残る楽しい時間を刻んでもらえるように」という飯村さんの思惑通りだ。
脂がのった「みかん鯖」(餌にみかんを与えて育てる愛媛産の鯖)に、フレッシュな苺。パセリの苦味がアクセントとなり、いい塩梅に引き算して、まとまる。そう、きちんと、分かりやすくおいしいのだ。なんだこれは……。
視覚情報と、口の中で繰り広げられる旨みの出現に、戸惑い、同時に興奮している。そしてやってきた、今夜のメインであり問題作。
意味が分からない。あのモンブランと鴨肉なんて、現段階ではナンセンスにさえ感じてしまうが、恐る恐る口に運ぶ。
「!!」
成り立っている。不協和音ではない。きちんと「おいしい」が浮き出て奏でる。鶏肉が焼き鳥のタレなどの甘みと相性が良いように、鴨肉も甘みのあるマロンクリームに寄り添う。
しかし、これで完成ではない。中に入ったしいたけが重要な仲介役。だしと旨みが両者を引き合わせ、ドライプルーンと酒盗が深みを誘う。TOKIYAが使う素材には、すべてに意味があってお飾りではない。余すところなくパフォーマーなのだ。
メインの一皿に合わせて用意してもらったのは、ロゼワイン「AD VINUM」。飛び抜けた発想と行動力、アーティスト感覚の才能を持つ醸造家セバスチャン・シャティヨンによって手がけられた、レアかつ人気の銘柄。
「彼は型にとらわれないワインを造る天才なんです。僕も彼のファンで、来日した際に試飲会に参加してサインをもらいました」と、はにかみながら嬉しそうに話す飯村さん。
自由な感性で造られたワインは、同じ熱量を放つTOKIYAの料理に気持ちよく溶け合う。
今日のコースでは珍しくカテゴライズされた一皿。しかし見た目は同様に華やかで、自家性のマーブル模様シート(フランボワーズ、紫いも、パルミジャーノ、竹墨)が愛らしい。ソースに使用される「牡蠣」「マグロ」は、鉄分が豊富。この要素が「鹿肉」とマッチして素材を引き立てるんだとか。
仕上げに、添えられたバゲットを口に含めば……。
そう、カツサンド。サンドはされていないのに、紛れもなくカツサンドなのだ。あー楽しい。なんてエンターテインメントに溢れた料理たちなのだろう。卓上で繰り広げられる実験と検証。予想外の結果にマジックにかかったような感覚。
いやでもこれは、現実の体験。自分がどれだけ既成概念に縛られていたのか……痛いほど突きつけられる。私の中で、何かが弾けて自由になる。
あぁ、衝撃的な食体験だった。もう、どうしたって的確に言語化できなくて悔しい。
シンプルに「楽しくて、おいしい」。「食べる」それは体感であって、もっともっと自由に、肩の力を抜いていいんだ。
忘れられない、素敵な夜になった日。人生楽しいのが一番よね。