目印は歌舞伎座。わかりやすい場所で隠れ家的店づくりを実践

東京都中央区銀座4丁目11番9号。店名を頼りに歌舞伎座裏の通りを歩けば、どこか隠れ家的な「歌舞伎座裏 まさし」とおぼしき店が見つかる。ただ、目印は入り口そばにひっそりと置かれた店名入りの行燈のみ。そのため、うっかり見落とさないよう、ちょっとばかり注意が必要だ。築35~40年と言われる一戸建てを店舗にした、この和食店。“居酒屋以上、割烹未満”の使い勝手のよさで評判を集める、いま注目の店である。

店名入りの行燈が唯一の目印。分かりやすい場所にある、見落とし注意の店だ。

店主の加藤将史さんは、最初の1年は中華料理店、それ以降の16年は和食畑一筋に働き、今年6月に満を持して独立を果たした。独立前に料理長を務めていた店は、銀座の客単価6,000~7,000円の和食居酒屋で、魚の仕入れで築地市場に通ったことで魚の目利きのおもしろさに開眼。街の雰囲気にも惚れ込み、独立するなら築地のそばがいいと現在地を選んだのである。見つけた物件は銀座と築地に挟まれた東銀座エリアの、2階建て店舗。1階を9席のカウンター席、2階を10席のテーブル席に仕立て、2階は一日一組限定で使用している。

1階席は9席のL字形カウンターで構成。フラットな造りで、臨場感のある調理風景が楽しめる。
2階は最大10席のテーブル席。一日一組限定で、室料もなく気軽に利用しやすい。

2種のおまかせコースとアラカルトの、使い勝手のよい二本柱がうれしい

さて、提供する料理だが、2種の「おまかせコース」とアラカルトで構成し、客の9割以上がコースを注文する。コースは8,500円のものと、6,500円の「軽めのコース」からなり、前者が食事利用、後者が飲酒利用と、目的に合わせて使い分けがきく点も喜ばれている。特に、店側が食べてほしい料理を盛り込んだ8,500円のコースがオススメで、内容は「お出汁」「握り」「旬野菜」「お造り」「もち豚ぎょうざ」「炭焼きお魚」「フルーツの白和え」「炭焼きお肉」「炊き込みご飯」そして「甘味」の全10品。

 

周囲に1万円超えのコースを提供する店が多いと感じた加藤さんは、それよりもカジュアルに、でも、クオリティでは負けない内容に仕立て、“居酒屋以上、割烹未満”のコンセプトを打ち出したのである。その気どりのなさが受け、客層は30~40代と和食店にしては若く、中でもカップル客が中心に。料理も若い世代の客が魅力を感じる要素をひと工夫。内容はその時々で異なり、季節の移ろいを楽しませている。

独自の提供法や起伏のある組み立てが、若い世代の客を魅了

8,500円コースは、最初に「お出汁」と「握り」が出てくるので、ここで胃を温めながら小腹を満たし、ホッとひと息ついてリラックス。次の「旬野菜」は揚げた銀杏や、焼いた万願寺唐辛子、プレミアム椎茸の「天恵菇(てんけいこ)」などの盛り合わせが。

 

続く「お造り」は“仕事”をした刺身。例えば、神奈川の真ダコは活けのものを塩もみし、ほうじ茶で湯がいて、淡路島の藻塩とスダチで食べてもらう。一方、宮城の鰹は藁で焼いてたたきにする。こうすると皮と身の間の脂が溶け、うまみが抜群に増すのである。そして、北海道の鰤は炭火で焼いてたたきにし、おろした大根と玉ネギ、豆鼓を合わせたものをのせる。生魚を醤油で食べる刺身とは異なる自店の味に仕上げた「お造り」が、食べる者を魅了する。

8,500円コースの「お造り」。古伊万里の呉須色(ごすいろ)の皿に盛りつける。深い青色の皿が、刺身の鮮やかさをよりいっそう引き立てる。

次の「もち豚ぎょうざ」は、加藤さんの中華料理店での経験を生かし、コースに起伏をつけたいとメニューに取り入れたもの。使用する豚肉は、加藤さんがこれまで出会った中で一番と惚れ込んだ茨城県産のもち豚。脂の少ない腕肉にこだわり、粗めの挽き肉にしたものを仕入れる。女性客を配慮してニンニクは入れず、代わりに生姜を採用。5月~11月は新生姜を用い、さらにキクラゲ、白胡麻、塩、しょっつるを合わせ、ガツンとくる味に仕上げている。何ともインパクトのある味で、これはもう餃子というよりも立派な“肉料理”である。

「もち豚ぎょうざ」の断面。コースは1個づけだが、アラカルトは4個づけを900円で提供。

コースは「炭焼きお魚」「フルーツの白和え」「炭焼きお肉」と続き、最後は「炊き込みご飯」で締めくくる。「炊き込みご飯」は熱伝導と蓄熱性に優れた鋳物ホーロー鍋で炊き上げ、おいしさと見栄えをプラス。こうした現代的なセンスのよさも、若い世代の客を引きつけている要因であろう。調理工程は、出汁でご飯を炊き、蒸らしの段階で炭火焼きした鮭を入れ、最後にイクラ、万能ネギ、三つ葉、みょうが、白胡麻を加えて客席へ。ふたを取った時の客のうれしそうな笑顔が、これから口にする期待感を如実に表わしている。

「炊き込みご飯」は8,500円コースに入る、締めのご飯もの(写真は2人前)。6,500円コースは、これが「細巻と赤出汁」に替わる。

アラカルトもアルコールも客心理をとらえた秀逸さが光る

一方、アラカルトメニューは当初21時以降の提供だったが、現在は全時間帯での提供に変更。
「生ハム・白和え」800円「鴨ロース・唐あげ」900円など1,000円以下のものも充実。量の違いはあれど、コースに組み込む料理も少なくない。炭焼きの「長崎 大穴子」は一年中提供可能だが、特に夏の終わりから秋にかけて脂がのって一段とおいしさが増す。白焼きにして海苔、昆布の佃煮、塩、わさびとともに盛りつけ、思い思いの食べかたで楽しんでもらう。穴子の骨せんべいが添えられているのも、呑ん兵衛にはポイントが高い。なお、8,500円コースなら「穴子とノドグロのどちらにしますか?」など会話をしながら内容を決めていく。

アラカルトの「長崎 大穴子」1,900円。量を変えてコースの「炭焼きお魚」にも組み込む。

「海老タル焼サンド」は、富山の白海老をカリカリに揚げ、奈良漬け入りのタルタルソースと合わせてすり潰し、炭火で焼いたパンに挟んだ、和食店ならではの工夫の光る焼きサンド。一味唐辛子をふったザーサイの浅漬けが添えられており、これが実に焼きサンドと合うのである。白海老の唐揚げがものすごくおいしかったことから、何か応用できないかとアイデアを練り、パンとの組み合わせを思いついたそうだ。和食の楽しみを広げる、驚きの新発見だ。

「海老タル焼サンド」900円はアラカルトのメニュー。SNS映えする要素も、若年層に好評を博する。

アルコールは日本酒が売りで、メニュー表には固定銘柄を4種載せ、他に10種ほどを裏メニューとして用意。こちらは売り切れ次第、順次銘柄を入れ替えていく。客は食べている料理に合わせ「これに合うものをください! 」と注文するパターンが多く、おまかせにすることで最高の組み合わせを堪能できる。ワインは加藤さんの「どんな環境で作られているのかわかっているもののみを提供する」との考えから、栃木県にある「ココ・ファーム・ワイナリー」の日本ワインを揃えている。

 

カウンター席の天板は奥行き55.5cm、高さ106cmに仕上げており、調理風景がどの席からもよく見える。また、座った際に料理人と目線の高さが一緒になるため、ライブ感もハンパない。気づけばドキドキ、ワクワクの食の“観劇”は、やがて閉幕とともに“感激”へと変わっていく。「歌舞伎座裏 まさし」とは、そんな粋な和食店である。

写真右から、店主の加藤将史さん、料理人の鎌田康資さん。鎌田さんは15年もの寿司のキャリアがあり、加藤さんとは前職で一緒だった間柄。

※価格はすべて税込

 

取材・文:印束義則(grooo)
撮影:松村宇洋