「2020年までにインバウンド2,000万人」を掲げていた日本は、その目標値を2016年に達成し、現在は「同年までに4,000万人を目指す」と上方修正するほど、外国人訪問者数は加速度的に伸び続けている。

 

当然、食に関する対応も多岐にわたってくるわけだが、中でもイスラム教徒が口にすることができる“ハラルフード”への対応は大きな課題の一つとなっている。そんな中、2010年という早い段階からハラルフードを導入し、今やインバウンダーたちの間で評判となっている店をご存じだろうか?

 

マレーシアのマハティール元首相をはじめとした各国の要人たちが来店する西麻布の焼肉店、「炭やき屋」オーナーのロジャー・バーナード・ディアスさんに、ハラルを取り扱うレストランとして大切にしていることや、これからインバウンダーたちを迎える機会がきっと増えてくるであろう私たちが知っておくべきことについて伺ってきた――。

 

ハラルに対する理解度はゼロに近かった

――現在、客層の8割が外国人という「炭やき屋 西麻布本店」ですが、焼肉店にもかかわらずハラルの中でもとりわけ厳格な牛肉、鶏肉などの肉類、“ハラルミート”を導入したきっかけは何だったのでしょうか?

 

たびたびイスラム教徒の友人から、「日本で外食をすることはとても難しい」と相談されていました。中には、イスラム教徒の方と結婚したことで、それまでは普通に食べることができたものが食べられなくなる人もいました。2010年当時は、今のように外国人観光客が多くはなかったですから、あくまで最初のきっかけは身近な声だったんです。

カルビ盛り合わせ¥5,000

――ロジャーさんご自身の出身はスリランカですよね。ということはイスラム教徒では……

 

ありません(笑)。私自身はキリスト教徒です。スリランカという国は、仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教などが混在した多宗教国家ですが、キリスト教以外に対する理解度は深いところまで把握していません。ですから、ハラルミートに対する知識はゼロから始まったようなものです。

 

――ということは、イスラム教徒の方とともにメニューをつくりあげていったのでしょうか? 

 

そうですね。「炭やき屋」を通じてイスラム教徒やハラルフードへの理解を深めたいという知人とともに本格的に始動しました。ですが、当時はハラルミートとして扱える肉は、硬くて美味しくない物しかなかった(苦笑)。当時は日本人のお客さんの方が多かったので、どこまで取り扱うか迷いました。

「炭やき屋」オーナーのロジャー・バーナード・ディアスさん

 

――ハラルミートは、イスラム法に則った方法で処理された精肉のことですが、その厳格さに驚きます。動物を神聖なものとして丁寧に扱っていて、日本の方法とは明らかに違っていますよね。

 

一般的な方法では気絶をさせてから血液を抜きますが、イスラムの戒律では絶命した動物を食べてはいけないため、血液を抜く前に絶命するおそれのある処理は禁止されています。もし気絶させようとして絶命してしまった後に血液を抜くと、それはハラルミートではなくなる。厳しい条件を課すのは、イスラム教ならではの動物に対するリスペクトがあるからなんですね。私も学べば学ぶほど、その奥の深さに驚かされました。

「美味しかった」のひと言に自信が持てるようになった

――日本でのハラルミートの量産が見込めない中、やめようとは思わなかったのでしょうか?

 

何度も思いました(苦笑)。でも、熊本にある食肉加工会社さんが、ハラルに則った方法に対応できることを知り、交渉を重ねた結果、卸してもらえることになった。アメリカと日本のハイブリッド牛だったため、これまで提供できなかった美味しいハラルミートを出せるようになりました。

 

――反響も大きかったですか?

 

もちろん! 日本に来る外国人観光客は、「日本には美味しい焼肉があるぞ」と楽しみにやってくるわけです。ところがイスラム教徒は食べることができず、これまでうちで出していた硬い肉のハラルミートの焼肉を食べて、「美味しかった」と言って帰っていく。我々は美味しくないと知っているのに、彼らは「美味しかった」とお店を後にする。その姿に、後ろめたさを感じていました。胸を張って「美味しいでしょ?」と言える肉に出会えたことで、彼らの「美味しかった」のひと言に自信が持てるようになりました。

SUMIYAKIYA YAKINIKUの文字の上にあるのはハラルマーク

――本当に“美味しいもの”に出会うと、みんながハッピーになるわけですね(笑)。

 

私はイスラム教徒ではないけれど、一生懸命に試行錯誤した結果、イスラム教徒の皆さんが喜んでいる……、本当にうれしかったですよね。ハラルミートを始める前は、日本人8割、外国人2割の客層だったのですが、今では真逆になりました(笑)。既存の顧客を失う怖さはありましたが、ハラルミートという個性で何ができるかを考えていきたかった。そこはもう覚悟ですよね。

 

ハラルマークが描かれたお皿もオリジナルで作りましたし、肉の取り扱いに対してもより厳重になりました。例えば、ハラルミートと普通の肉のどちらも取り扱っていた頃は、冷蔵庫の上段にハラルミート、下段に通常の肉を保管していました。

※「炭やき屋」は、現在ハラルミートのみ取り扱っています

 

――??

 

もし上段に普通の肉を置き、その汁が下段のハラルミートに落ちてしまうと、ハラルミートではなくなってしまうんです。たった一滴でもアウト。その部分のみを拭き取ったり、切り取ったりすればOKという話ではない。ハラルミートを扱うということはそういうことなんです。

 

 

後編は、進化し続けるハラルミート

ロジャーさんもゼロから始めたというハラルミート。そこから浮き彫りになったのは、たった一滴でも普通の肉の汁が触れてしまえばハラルミートではなくなってしまうという、我々の想像以上に厳しい取り扱い方法だった。

 

後編では具体的なハラルミートのメニューや、ブランド牛での取り組み、日本との共通点について語ってもらった。

 

取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)