趣のある空間で、時間を忘れて純粋に和食とワインを楽しむ

「時を喰ってしまうようにいろいろなことを忘れて料理とワインを楽しんでいただきたい」という想いで名付けた

歌舞伎座の裏、飲食店がひしめく東銀座に、2019年4月に「時喰み」が誕生した。なんと営業時間が17時半から翌朝4時までという異色の存在だ。オープンしてたった3ヶ月過ぎたくらいなのにすでに評判。特に深夜0時を回ると近所の名だたる飲食店のシェフたちがこぞって訪れる。舌も食材の目利きも鋭い料理人たちをも満足させるとはどんな店なのだろう。

「徳うち山」「銀座くどう」をあっという間にスターダムに押し上げた工藤淳也さん

この店の仕掛け人は工藤淳也さん。老舗割烹「日本橋とよだ」で修業し、「銀座うち山」で手腕を発揮。唯一、暖簾分けを許された「徳うち山」を瞬く間に名店として確立し、「銀座くどう」をオープン。ドイツやイタリアでも経験を積んだ凄腕の料理人だ。その工藤さんの3店舗目がこの「時喰み」。今までとは打って変わってカジュアルな小料理屋だ。

獅子舞のモナカの中はフォアグラ、いぶりがっこ、そして山形銘菓「のし梅」が!

メニューは居酒屋にあるようなものから本格的な日本料理を思わせる逸品まで多彩だが、すべてにひと工夫されており、さすがは一流店の系譜だと思わせる味わい。「フォアグラ最中(2個 1,200円)」は蒸して西京味噌に漬けたフォアグラといぶりがっこ、山形銘菓ののし梅まで入っている。フォアグラに果物を合わせることはよくあるが、のし梅とは驚いた。ところがこの甘酸っぱさがフォアグラにぴったりなのだ。

噛むほどにあふれ出す脂がおいしすぎる蔵王牛

工藤さんは山形県出身。地元愛から山形の食材を多く扱っている。この「蔵王牛三角(2,600円)」もそのひとつ。ジュワッと滴る脂と野性味あふれる赤身肉の旨みが魅力の蔵王牛のポテンシャルを、最高に引き出した焼き方は感動的ですらある。

佐々木さんは話も上手。カウンターに一人でも和ませてくれる

その焼き手の名手は「徳うち山」で修業していた佐々木寛和さん。まだ26歳という若手ながら工藤さんに腕を見込まれ大抜擢、この店の料理を任されている。佐々木さんの料理はとても丁寧だ。特に焼物と揚物はこれ以上でも以下でもない完璧な火の入れ方である。

高級日本料理店の系列だから実現できる贅沢な食材は必食!

インスタ映えする豪華な「時喰みカレー(海老出汁) 特大海老フライ付き(3,200円)」

誰しも必ず歓声を上げるこのビジュアル。豪華なのは大きな海老だけではない。実は具無しのカレーが超贅沢なのである。こちらは食材の仕入れから仕込みまで「徳うち山」「銀座くどう」と同じ。この海老カレーには両店でお客さまには出せない伊勢海老やぼたん海老の頭や殻からとった出汁を使っているのだ。口に入れた瞬間に広がるのは海老の香り、その後ゆっくりとカレーのコクが現れる。なんという、うっとりとさせる味わいなのだろう。

米は山形産の「つや姫」。炊きたてならではの甘みと旨みがある

その贅沢なカレーを炊きたての白米でいただけるという幸せのおまけ付き。こちらでは〆のご飯メニューはすべて炊きたてで提供しているため20〜30分ほど時間がかかる。しかしながら炊きたての米に敵なし! おいしさも倍増だ。

ワインは和食に合うフランス産のものに限定している

こちらは和食とワインがコンセプト。だからワインにはかなりこだわっており、和食に寄り添うクラシカルなものを中心に工藤さんとソムリエの久保岡奈美さんとでセレクトしている。写真の3本はどれも飲みやすく料理との相性も抜群だ。これから真夏に向かっておすすめするのはロワール地方の「ジャンティエ メネトゥ サロン ロゼ 2016」(写真・中)。フランボワーズの香りに心地良い酸とミネラルが感じられるドライなロゼは、しっかり冷やして揚げものと合わせたい。

カウンター5席とテーブル6席は時を忘れて楽しむ大人たちでいっぱいだ

「同業者の方々が、自分のお店が終わってからいらしていただけるのは、緊張しますけど嬉しいですね。徳うち山も銀座くどうも気軽にというわけにはいかない価格ですが、ここは気が向いたときにいつでも寄っていただけるようにアラカルトで深夜までやっている店にしたんです。僕自身がシャンパンを毎晩飲んでいるのですが、もう歳だし(笑)、和食が良いんですよね。だからいつか和食とワインの店を作ろうと思っていました」と工藤さん。「時喰み」はまさに自身が行きたい店を形にしたのである。居心地が良い空間に、おいしい料理とワインに惹かれた客が訪れ、深夜まで賑わいをみせている。

 

※価格は税込

取材・文:高橋綾子

撮影:上田佳代子