クラフトビール醸造所の稼働率が全国1位となる40箇所(2017年)もあるなど、実はつくりたてのおいしいお酒が最も飲める都市といっても過言ではない東京。そんな、東京生まれ、東京育ちのフレッシュなお酒が飲める、醸造所があるお店を全3回に分けて紹介する短期連載。

 

第2回は、世田谷で採取した蜂蜜を使用した蜂蜜酒、小平で育ったブルーベリーを使用したどぶろくベースのリキュールなど、東京生まれの素材を生かした美酒が顔を揃える「東京港醸造」を紹介。

 

角打ちを「腕試し」の場と表現する杜氏の、酒に対する飽くなき探究心に触れたら最後、きっとその一杯が飲みたくなる。

【東京醸造所めぐりPart2】「東京港醸造」

大通りから一本入った路地にある小さな酒蔵

 

JR田町駅から歩いて5分ほど。雑居ビルが立ち並ぶ中に、茶色い杉玉がつり下げられた酒蔵「東京港醸造」がある。角打ちにともった灯りが夜の街をほのかに照らし出す。常連の会社員が「今日は何が美味しいの?」と立ち寄り、会話を交わす。

 

幕末からの歴史の風格が漂う看板

 

ここは、東京23区内で今や唯一となった酒蔵。その前身は、200年以上前の1812年(文化9年)から約100年続いた酒蔵「若松屋」。当時の若松屋には、江戸城無血開城の立役者となった勝海舟や西郷隆盛が訪れ、密談を交わしたという言い伝えがある。

 

酒蔵を代表する清酒「江戸開城」の酒樽

 

明治時代になり若松屋は酒造業から撤退し、JR田町駅前で雑貨業を営んできたが、7代目社長の齊藤さんは、地元商店街の活気を取り戻すために「酒造りを再開したい」と思うようになる。

 

2007年に、港区の「アクアシティお台場」内にある清酒醸造施設を備えたショップを訪れた齊藤さんは、京都の大手酒造会社社員でこの醸造施設の醸造責任者だった寺澤さんと出会う。「こんなビルの中で酒蔵ができるんだ。うちで酒造をしてもらって酒蔵の復興を手伝ってもらえないか」――齊藤さんは、足繁く通って寺澤さんを説得した。

 

この道一筋40年。酒造りを情熱的に語る寺澤さん

 

寺澤さんは、18歳のときから20年にわたって京都府伏見で醸造の仕事をし、お台場では10年間、酒造りをしていた。「1回、乗っかってみよう」と2009年に酒造会社を辞め、夏場は、この場に拠点を置いて酒蔵をどう造るか、酒造免許をどうやって取得するかを模索し、冬場は地方の蔵を転々とした。

 

寺澤さんが身に着ける前掛けにも「江戸開城」の文字が

 

「地方では、歴史的な蔵元の職人芸の世界を勉強させてもらいました。酒造りをする杜氏は踊り子。蔵元は舞台です。どこで踊るかは自分の判断です」と寺澤さんは話す。

 

一年中稼働する酒蔵は「人の命を預かる」意識で衛生面も徹底する

 

2011年7月に「その他の醸造酒(どぶろく)」と「リキュール」の製造免許を取得。さらには、「清酒を造ってこそ酒蔵」という思いのもと、4階建てビルの全フロアを醸造施設として改造し、コンパクトに清酒を造ることができる設備を整えて2016年に「清酒」の製造免許を取得した。齊藤さんとの出会いから10年目のことだった。

角打ちは、蔵人酒の出来上がりを確認する「腕試し」の場

店頭に並ぶ清酒やリキュール。ひとつひとつに物語がある

 

東京港醸造は、「東京ならではの酒造り」に心血を注ぐ。世田谷にある八房養蜂研究室の希少価値が高い日本蜜蜂から採取した蜜を使用した「Tokyo Mead-Gold」、小平市のブルーベリーを使用したどぶろくベースのリキュール「Blueberry」、また、江戸城の樹齢300年の木の樹皮から採取した酵母で酒母をおこした清酒造りも進行中だ。

 

蜂蜜で醸したミードはフルーティーな味わい

 

使用するのは、伏見と同じ味わいがする東京水。現在は兵庫の「山田錦」、岡山の「雄町」、長野の「美山錦」を主軸とするが、いずれは都内の農家で栽培された酒造好適米を使い、東京づくしのお酒を造ろうと目論む。

 

ぷくぷくと発酵する酒母

 

週に1回のペースで、676リットルタンク1本、米200kg分、一升瓶300本のお酒が出来上がる。

 

「清酒を造り始めて3年目でタンク100本を超えました。作業の手順も構築でき、もっと深く酒造りの内側に入っていけるようになってきました。味のコントロールができるようになり、落ち着いた蔵になりました」

 

蔵人と酒造りの会話も弾む角打ち

 

搾った清酒は、その日のうちに「テイスティングカー」と呼ぶ、店舗向かいの角打ちで出す。通常は蔵の中でしか味わえないお酒が飲める、貴重な角打ちだ。

 

「角打ちでは、他社のお酒も自分たちが造ったお酒も一緒に楽しんでいただいています。他社のほうが売れるなら私の工夫が必要。角打ちは腕試しの場所なんです」

 

熱燗、冷や?  おすすめの飲み方を聞いてみよう

 

寺澤さんを含めて4人が酒蔵とキッチンカーで働く。仕事が終わると角打ちに行き、お金を払って飲むのが寺澤さんの習慣だ。

 

写真左から「東京あまざけ」「純米大吟醸 江戸開城」。清酒は一杯350円(税抜)から楽しめる。

 

「お客さんと同じように350円のお金を払って飲みます。一日働いて出す350円を『高っ!』と思うか、『この味にしては安い』と思うかのテストです。従業員割引なんてする必要はない。お客さんに飲んでいただこうと思ったら、この値段でお渡しする価値があるかを自分で体感しないといけません」

「もう少し飲みたい」と思えるお酒を目指す

目指すのは、「障りなく、味わいのあるお酒」。「“障りなく”というのは、我がなく、水に近いということ。それと“味わいがある”って相反するように思えますよね。そこは時系列で考える。お鍋なんかでも、最初は『おいしいね』と言っていても、だんだんお腹が満たされると『辛いかな』『飽きちゃったね』と思うようになることがあります。

 

でも、いいお酒は、入り口はそんなに薫り高くもなく味が芳醇でもなく『軽いね』なんて言っているけれど、最終的に料理も食べて満足しても『もう少し飲みたい』と思える。それが私にとっての最高のお酒です。人で考えても、そういう人っていると思いませんか?」

 

できたての酒。その日にしか出会えない味わい

 

寺澤さんはもうひとつ例えを聞かせてくれた。大規模酒造会社は、いわばマグロ漁船の遠洋漁業。機関長はエンジンが止まらないように管理するのが仕事。大切な仕事だけど、現場の仕事が見えない。小さく造る今の酒蔵は近海漁。仕事の様子が全部見える。微生物の衛生管理など、人の命を預かる重みもわかる。「小舟だからすぐひっくり返るスリルもありますが(笑)」

 

小さい蔵で、慈しまれて造られたお酒の味は、確かに障りなく、しみじみとした味わいがあった。

取材・文:柳本 操

 

撮影:大谷 次郎